付録5 ゴーシュ
「皆が考えることを、僕は考えないみたいなんだ」
珍しくそう弱音を吐くゴーシュ。今は討伐を終え、帰り支度をしているところだ。
今日はゴーシュの口数が少なかったから静かでいいと思っていたのだが、ふいに『ねえ、シオン。シオンは僕のこと変わってると思う?』と話し始めた。とりあえず黙って聞いておく。
「『何で皆がやるようにできないんだ?』って。『普通はこうするだろう?』って。そう言って周りの人はよく僕を怒るんだ」
ゴーシュは自分の作業を続けながら話す。
「でも僕には無理なんだ。その皆が考えることっていうのが、僕には思い浮かばない。でも、皆って誰さ。僕が同じように考えない時点で、全人類が同じことを思うわけじゃないってことだろ? だから、『皆そうする』っていう人は、たまたま多数派だったってだけなんだ」
ゴーシュの独白は続く。俺が返事をしなくても続けるところを見ると、特に反応は必要ないのだろう。好きなように続けさせる。
「それだけの話なのに、僕が違うことをすると、そういう人はたいてい怒り出すんだ。なんでだろうね。ちょっと理由を考えてみたんだけど、その人は多分、自分が否定された気持ちになっちゃうんだ。『その人の選択を僕はしなかった、それはその人の選択をぼくが否定したということなんだ』って。そう考えちゃうのかもね」
ゴーシュは手を止めずにそう話していた。そうかと思ったらこちらを見て、
「ただ意見が、考え方が違うだけなのに。可笑しいよね」そう言ってゴーシュは少し寂しそうに笑う。
「それに。僕が考えることも、ほとんどの人は考えないみたいだけど」
最初は後始末に苦戦していたゴーシュだが、手慣れてきたようで、手際よく作業をしながら話している。まれに下を向いたまま話すものだからよく聞き取れない部分もある。
「だから、僕は意見が分かれることには慣れてるんだ。僕と同じことを考える人はほとんどいないからね。意見が違うのが当たり前でさ」
ゴーシュの話は止まらない。仕方ないので、俺はしまった武器を取り出し、手入れを始める。
「でも多数派の人は大変だよね。意見が同じ人がなまじ多いものだから、『皆同じことを考える』のが当たり前になっちゃってるんだ。だから、自分と違う人がいるとすぐ怒る」
「そう考えると、僕は少数派で良かったのかも。いろんな考え方を否定しないでいられるから」
何か折り合いがついたのだろうか。ゴーシュは今度は先程より晴れやかな顔で笑ってこちらを見た。
ゴーシュは討伐したワラトルを並べていた。ワラトルはタガメをとてつもなく大きくしたような魔物だ。
今回は瀕死状態での捕獲依頼だったので比較的楽だった。俺はやることを終えて帰り支度を始める。ゴーシュはやりたいことがあると言って、作業準備をしていた。
そして俺が集めてきたワラトルをゴーシュは並べて、一枚一枚甲羅を剥いでいっていた。
そうしながらの独白だ。
ワラトルは生きたままなので、甲羅を剥ぎ取る瞬間悲惨なことになる。その体液を浴びながら独白するゴーシュの姿を見て、多少は引きながらも、否定しようとも特に思わなかった。
(俺も、少数派かもしれない……)
そう思った。




