付録4 雀蛾
「は? 手掴みで雀蛾を捕獲した?」
シオンがまたもや訳のわからないことを言っているみたいなので、俺は思わずそう聞き返した。
俺の名前はザバック。父も祖父も冒険者業をやっている、冒険者一家の出だ。冒険者になるのが当たり前の環境で育ったので、一攫千金を狙ってやってきた大多数の冒険者よりもむしろ落ち着いてると自負してる。
勘違いしている人間が多いようだが、冒険者業に大切なのは珍しい魔獣を討伐してレアアイテムで大金持ちになることではない。基本をおろそかにせず地道に討伐できる内容の幅を広げることが大事なのだ。
宝くじなどではない。冒険者とは生業だ。そうやって地に足をつけて討伐をこなしていけば、一攫千金なんかよりもさらに多くの富を生涯で稼げるはずだ。
そう考えながら日々討伐依頼を順調にこなしていたあるとき、妙な奴――シオンに出会った。
◇
こいつは合同討伐のためにギルドの広間に寄せ集められた、討伐の参加者の中にいた。
人よりも頭一つ分以上高く、赤茶けた髪を高い位置で一括にしているので余計に目立っていた。
少し近づいて確認したところ、体格は良さそうだったが肉付きがいいというよりかは骨太という感じで、骨格がしっかりしているなと感じた。顔つきは精悍だ。
(こいつ、確か『シオン』……だったか?)
ある意味で近年では一番有名な冒険者かもしれない。討伐区域の入り口らへんで遠目に何度も見たことがある。でかいなとは思っていたが、近くで見るとよりデカかった。ずっとFランクエリアにいるので『最弱のFランカー』だとか、『永遠のFランカー』だとか言われていたはずだ。
しかし、一番はじめに聞いた噂はそれではない。『最速でFを抜ける冒険者が出るかもしれない』。そう言われていたのも、確かこいつだったはず。
何がどうなって今『最弱』などと言われているのかはわからない。しかし、こうして間近で見てみると、立っているだけで只者ではない雰囲気を感じる。体のデカさもだが、芯のブレない立ち方、自信があふれているというよりも確信に満ちた気配。
周りの人間も、プライドからはっきりとは口にしないが、近寄るのを躊躇しているようで、シオンの周りには不自然に空間ができていた。
しかし本人は全く気にしていないようだ。
冒険者一族の一員としての本能が俺に知らせていた。『こいつには何かがある』と。だから、声をかけてみることにしたのだった。
◇
合同討伐でバディを組んでから数日後。俺が参加しなかった合同討伐で、またしてもシオンが変態的な行動を取ったらしい。
シオンたちの酒場での打ち上げの場にたまたま俺も居合わせたのだが、俺は参加していない依頼だ。口は出さないようにしていたのだが、その話を聞いてどうにも無視できなかった。
雀蛾を素手で鷲掴みして捕獲したとシオンは隣の冒険者に話していたのだ。
ちなみに雀蛾というのはCランクの魔獣だ。Cランク以上の冒険者であれば、討伐や追い出しなら何度かやったことがあるという、比較的難易度の低いものとなる。
しかし、こいつには厄介な特徴があった。
それは遥か上空をテリトリーとし、こちらから見えない位置から唐突に襲ってくると言う特徴だ。それも弓矢よりも早く飛んでくる。
襲ってくるとき、ついでになぜか冒険者の武器類も奪っていくので、怪我をしなくても致命的な状況に陥ることになるというおまけもついてくる。
そのため、雀蛾が出没するエリアでは、物影に潜みながら進んだり、布を被って進んだりと、余計な神経を使わなければいけなくなる。
そしてさらに厄介な特徴がある。それは、奪った武器をコイツらが集団で上空を運んできて、一斉に落とす。つまり、突然空から無数の剣やら弓やら槍やらが降ってくるのである。刃雨とこの現象は名付けられている。
刃雨に遭遇した冒険者が『あの光景は地獄絵図だ。そして、あいつらは鬼畜だ。血も涙もない』そう言っていた。
そんな厄介な魔獣をシオンは手掴みしたという。
◇
「いや、そんなに難しいことはない。あいつらは光に反応して襲ってくるだろう? つまり、わざと刀で光を反射させてやればいい。そうすれば、タイミングと到達地点がわかる。道筋さえわかってしまえば後は合わせるだけだ」
シオンはそんなこと言っているが、それが難しくないわけがない。光に反応して襲ってくるという情報も初耳だ。合わせるだけというのも訳がわからない。
そんな俺の心の声を代弁するかのように、打ち上げに参加している周囲の冒険者たちが一斉に突っ込む。しかし、シオンは全く堪えた様子がない。
「あれも単に巣作りのために光り物を持って行きたいだけなんだ。だから、光るけど雛にとって危なさそうな剣とかは一旦コロニーの端にためてあった。定期的にまとめて巣の外に捨ててるみたいだ。それが刃雨となるんだろ。えっ? なんでそんなことわかるのか? って? ああ。実際見てみたからな。雀蛾を追いかけて見たんだ。そしたら巣までたどり着いた」
巣作りのためだとかコロニーだとかはこの場の誰一人として知らない情報だった。そもそも雀蛾を追いかけてみようとは思えない。生息地は謎だし、だいぶ奥地にあると考えられていた。
Cランクの魔獣を倒すのにAランクのエリアに入りたいと思うものはいないだろう。そしてAランカーたちにとっては雀蛾は旨味のない魔獣なので、特にその生息地を探すために動く人間はいなかった。
雀蛾の討伐セオリーは、夜に誘因作用のあるお香を焚いて、近寄ってきた弱った奴を燃やすか、撃退作用のお香を焚いて散らすかだった。
シオンはそのどれでもない方法を使った。余計な道具も使わずに、通常の武器とその身だけで、対象を無傷で生け捕りにしたそうだ。そう、素手で。
飽くなき探究心。行動力。それがこいつの才能の一つなんだろう。そしてそれがこいつの魅力ともなり、一人また一人と周りの人間を虜にしていく。本人はそれと気が付かないままに。
それと同時に気がつく。シオンの行動は突飛に見えるが、地道な調査とそれに基づく冷静な分析。そして大胆な行動に伴う実力。それがあって初めてなせる所業だ。本人にとっては極めて合理的な行動なのだろう。
それは俺が求めていた冒険者像そのもののようだった。地に足のついた討伐。シオンはそれができていた。
これ以降も度々シオンに声をかけ、一緒に討伐をすることが増えた。その一度一度に得るものが山ほどあった。
俺も知らない間にこいつの虜になっていた。




