4.あたしの失恋文庫
タイトル回収です。
ラストです。
※noteにも転載しております。
気のすむまで。
何度もおわらせたいから、その恋を手ばなせないのよ。
だから、とうのあたしは、こんなざまなのだ。
読みかけの小説をあきらめることにした。
ちっとも、あたまにはいってこないんだもん。
お気に入りのSFシリーズの文庫版。
栞がわりにしてた、新作情報の紙片の位置をずらそうとして、やっぱりやめる。
いいよ。また、さっきのところから、読みかえすから。
小説は、何度読みかえしてたって。ストーリーや、そのエンディングが変わることはない。
でも、恋は小説とちがって。
おわっちゃったものを、もういちど、はじめようとしたら。
おなじストーリーや、エンディングをたどりなおせるわけじゃない。
脱け落ちや、加筆を重ねて、改訂版みたいになっちゃうんだ。
あたしは、たいてい、まえの版のほうが好きだよ。
小説でも、恋でも。
おなじエンディングじゃないから、って。
バッドエンドが、ハッピーエンドに描き替わるのを期待して。みんな、おなじ恋を、くりかえしひらいてしまうのだろうか。
そのたびにもっと悪い、バッドエンドを更新していくだけだってば。
なんで、わかんないのかな?
ううん、ほんとはわかってるんだろう。
ほんとに、わかんないのは。
ハッピーエンドに、ころがりこむはずのないのが、わかってるくせに。また、おなじ恋を、ひらいてしまう理由だ。
そのたびに、ページが脱け落ち。加筆もされてたとしても、脱け落ちたぶんを、埋めるほどじゃないでしょ。
きっと、あたしの恋は。ハードカバーなんかじゃなくて、文庫本。
減ったページたちが、紙のカバーのなかを、すかすかにして。
さいしょに、手にしたときとは、まるでちがう一冊になっちゃってる。
こんなふうになるまえに、ふつうなら、新しい恋を。新しい一冊の小説を、手にすることを選ぶのだろう。
恋が、ちがう一冊に変貌してしまうまえに。
あ、なんか。
はじめて、わかった気がする。
これが、失恋なのだ。
あたしは、おあずけをくらわせておいた、二本目の彼に、キスをせがむ。
これは、さっきみたいなやつではなくて、獣のキス。
彼の下唇に、かみつくようにして。そのなかみを、ふたたび、あたしのなかに移しかえる。さっきの500mℓちょっとじゃあ、足りない。
人間のからだって、何パーセントが水なんだっけ?
そのうち、さらに何パーセントが、涙なのだろう。
あたしのなかの水の、ほとんどが涙だったとしても。
嬉し涙や、悔し涙。いろんなつかいみちが、あるのであろう、それらを。きょうは、ぜんぶ、こっちへまわしてもらおう。
こんなとき。あたしは、いつも、ウォーキング・クローゼットから、さっきの段ボールをひきずり出して。
あたしから、流れ出ていくであろうぶんの水を。彼らとのキスで、あらかじめ、あたしのなかに注ぎこむ。
かさかさに、かわいてしまわないように。
またひとケース、買っておかなきゃ。
きょうも、ベッドじゃなくて。そこらで、ごろんとなって眠ろう。
浅い眠りは、長い腕をはやしていて。
あたしがウォーキング・クローゼットから、段ボールをひきずり出すみたいに。あたしの胸の奥に、ずぶすぶと沈めておいたものを、ひきずり出すって。ちゃんと、わかってるけど。
のうのうと、お布団のなかで眠る気分になんて、やっぱり、なれない。
あたしは、失恋するのだ。
好きです。
好きですか?
もし、好きでしたら?
これで、むかえるバッドエンドは、失恋なんかじゃない。
ただ、恋に破れただけ。
恋を失ったわけじゃない。
おなじ恋を、くりかえしひらいて。
そのたびの脱け落ちと、加筆が。
やがてその恋を、まるでちがう一冊に変えてしまう。
このときだ。
ほんとうに。あたしが、その恋を失うのは。
恋が、失われてしまうまえに、本棚にしまいこんでおいたのなら。
そのひとの、恋の歴史は、そこに綺麗にならぶことだろう。
あたしの本棚には、脱け落ちて、カバーがすかすかになった文庫が。
自立もできずに、たおれこむままに、ならべてある。
失恋文庫。
なんて、ざまだ。
これが、あたしの恋の歴史。
この本棚に、あたしは、愚かにも、新しい一冊をくわえようとしている。
ページが残っているうちに、もうにどと、ひらくことはせず。この一冊を、本棚にしまうことをえらんだら。
あたしの、みじめなコレクションも、ちょっとは、ましになるのかもしれないけど。
でも、いいや。
あたしは、ちゃんとした、失恋がしたい。
あたしには、きっと、ちゃんとした恋は、難しいのだろう。
だったら、せめて。
失恋くらいは、ちゃんとさせてくれたっていいじゃないの。
こうやって、あたしの本棚には、カバーがすかすかになった、失恋文庫がならぶ。
まだ、飲みかけの、二本めの彼と。いまから、眠れぬ長い夜を過ごすつもり。
気のすむまで。
何度もおわらせたいから、その恋を手ばなせないのよ。
気がすんだら。
もうひらくことはないけど。
それでも、その失恋を手ばなすことさえ、あたしにはできずに。
失恋文庫は、あたしの本棚で数をふやしていく。
だから、とうのあたしは、こんなざまなのだ。
おつきあい。
ありがとうございました。