*9* 雪×お酒=アカン
「せっ……んっ!」
最初の1回は、力を奪う。
崩れるあたしを抱きとめて、下から見上げるように、2回目。
重力すら味方につけて、あくまであたしに〝させる〟雪。
深い深いキスを受け止めたきみは、あたしの吐息を、食べてしまうの。
ふいに、甘い香りがした。甘酸っぱい香り……
気持ちばかりの息継ぎを経て、3回目が訪れたころには、それは、少し苦味を連れ鼻を抜けていった。
……たぶん、合ってる。
雪が呑んだのは、苺のお酒だ。
クラクラしちゃう、キケンな、オトナの香り。
「……ゆ、許してください……」
「もう、終わり?」
「無理っ……いつもと、ちがう……っ!」
「ぼくは、幸ちゃんとこうしたいって、いつも思ってるよ……?」
……地雷を踏んだ。
「たくさんたくさん、愛してあげたいなぁって……」
お酒に、人を変える力はない。
ただちょっと理性を溶かして、素直にさせるだけ。
これは紛れもなく、雪の本心なんだ。
「髪、伸びたよね……」
出会ったときは、肩にかかるくらい。
今は鎖骨を隠すソレを、優しい手つきで背中に流す雪。
「今度、髪留めを買ってあげようか……」
器用な雪のことだ、いじりたいのも、理由のひとつだろう。
その中で、最大の理由は?
「ちゃんと、見せつけなきゃ」
胸元で輝く、雪の分身。
ダイヤモンドの六弁花。
「そうしたら、声かけられなくなるでしょ?」
「……もしかして、気にしてた?」
「大学でのも、さっきのも……ね。極論言うと、かえくんにギュッてされてるのも、やなんだから……」
「ひぁっ!」
低い声が、耳朶を。
やわらかい黒髪が、首筋を。
責めるように、かすめる。
「やだ雪っ……くすぐったいっ!」
「んっ……逃げちゃダメ」
愛くるしい姿に騙されてはダメ。
今更気づいたって、ふところに潜り込まれた後。
「……ぼくをひとりにしちゃ、ダメ……」
寂しがりやなウサギさんは、賢く、あたしを追い詰めるの。
「ずっと……きみを抱いてたいんだ」
愛おしげに、頬を撫でる右手。
「ぼくは、きみを……」
グッと、腰を絡め取る左腕。
なす術のない身体は、前へ傾ぎ――
「ただいまっ! 兄さんの具合どう!?」
リビングのドアが、開け放たれた。
「……あれ? ユキさんどうしたの?」
「知るかボケェ!」
間一髪で背もたれにダイブ。
結果、ソファーに正座してるあたしの後ろ姿は、それはそれは奇妙に思えたことだろう。
「なにしたわけ、雪兄さん……」
そしてムダに勘のいい忠犬に、トドメを刺された。
「さっさと部屋に連れてけっ! バカ弟子ッ!」
「ハイお師匠様、ただ今っ!」
楓に抱え上げられた雪の様子は、振り返らなくてもわかる。
ふにゃふにゃ頬をゆるめて、眠ってるんだろう。
(終始お楽しみのようで、よかったですわね!)
楓があの上司さんに食ってかかる理由が、よぉくわかりました。
この後、「まさか、カクテル1杯でなぁ……」というつぶやきに、戦慄。
(今後一切、雪には飲酒を勧めまい)
固く心に誓いたかったけど……ドックンドックンやかましい鼓動は、当分聞き入れてくれなさそうだ。
……あたしはまんまと、骨抜きだよ。