*5* 初トモは星の男子様
あたしには、〝スマイルウィーク〟と呼んでいる1週間がある。
なかなかにキャンパスライフへ馴染んできたころ、月に1回のソレが、やってきた。
「ああ……う、産まれるぅ……!」
誤解のないように言っておこう。
スマイル――笑っているのは、あたしの両足だ。
スマイルウィーク。月イチの憂鬱週間。女子なら誰もが通るケモノ道。
あたしのソレは、酷いときはまともに立てなくなるほど痛む。
というわけで、昼下がりの青空キャンパス。
金属製の手すりを鷲掴み、んぎぎ……と身体を折るあたしの形相は、きっと般若。
相談できる女友達? いないよ! ぼっちだから!
「う……ぐ、んぬぬぬ……!」
もうやだ、乙女なんて名乗れない……
色んな意味で叫びたくなった、そのときだった。
「大丈夫!?」
パタパタと、誰かが駆け寄ってくる気配がする。
「具合が悪いんだね? 立てる?」
「……あ、ぅ……?」
レンガ造りの階段を睨みつけていたところに、ひょっこり現れる可愛らしいお顔。
反面、覆いかぶさる影は、あたしよりいくらか大きい。
ハスキーボイスのカワイコちゃんだなぁ~なんて、現実逃避してみたけど。
「熱……にしては顔が真っ青だ。僕に掴まって? 医務室に連れてくよ」
嗚呼……なんということでしょう。
生理痛で悶え苦しんでいるところを、男子に助けられるなんて。
* * *
「さっきよりは楽になったかな?」
「……おかげさまで」
医務室は、現在地から遠かったために断念。
――とりあえず、横にならせてほしいです……
虫の息で訴えると、神系男子、略して神男くんは、近くのベンチまで肩を貸してくれたとさ。
「風邪じゃないんだよね? お腹……が痛そうだけど、なにが原因かなぁ?」
あ、問診ですか?
症状によって、処置変えてくれちゃう系ですか?
どーもすいませんねぇ。
「……トップシークレット」
そうとだけ言えば、
ポク、ポク、ポク……チーン。
木魚が似合いそうな、日本式シンキングタイムを経て、神男くんの頬が、カァッ! とリンゴみたいに熟します。
「ご、ごめん! 気が回らなくて!」
「うん……もういいよ。この際なんでも……」
「えっと……あ、あったかい飲み物あげようか。口つけてないから安心して!」
慌ただしくショルダーバッグを漁った神男くん。
横たわったあたしの手に、ペットボトルを押しつけてくる。
「鎮痛効果もあるかも、だし……」
で、ゴニョゴニョと濁しながら、ベンチの端っこに、ちょこん。
「アーモンド風味の、ミルクティー……」
「き、嫌いだった?」
「いや……どっちも好きだけど。これ、どうしたの?」
「さっき買ったんだ、たまたま!」
そうだとするなら、オサレな男子大学生ですね、キミは。
鈍痛が続く下腹部を庇いつつ、ベンチから起き上がる。
「……お見苦しいところを、お見せしまして」
「ごめんより、ありがとうが嬉しいかな?」
「……ありがと」
「うんっ、どういたしまして!」
なんだろう……空気が、清浄だ。
ぶしつけながら、神男くんを観察する。
藤色フードの黒パーカーに、黒のジーンズ、スニーカー。
いつかのナンパやろうとは正反対で、清楚だ。
パッと見は大人しそうだけど、話してみると結構明るい。
「だいぶ血色が戻ってきたみたい。痛みはどう?」
「それが、しつこいんだよね……」
「ねぇ佐藤さん、提案なんだけど、次の講義は休んだらどうかな」
「まぁ確かに、必修科目じゃないけど……」
……ん? 〝佐藤さん〟?
あたし、名前言ったっけ……?
「佐藤幸さん、だよね? 初めまして。僕、星宮って言います。きみと同じ教育学部の1年で、もっと言うと、同じ国語科だったりします」
「なんか……めっちゃゴメン星宮くん」
「気にしないで! 僕が一方的に知ってるだけなんで!」
あたしを……? 聞き返そうとしたら、そよ風が吹いた。
サラサラなびいた髪に、思わず見入ってしまう。
(綺麗な黒髪……)
少し青味がかった、サラサラストレート。
鴉羽色って言うのかな? 雪とは別種の黒髪だ。
「佐藤さんの出席、僕が書いておくよ。講義は……ほとんど教授の雑談に脱線すると思うけど、なにかあったらノート貸すし」
「星宮くんは、神様かい?」
「いやっ、当たり前のことをしてるだけなので、そんな!」
謙虚だ。日本人の鑑だ。
「そういうわけなので!」
「待って星宮くん!」
ペコッとお辞儀して行こうとする神様を、引き止める。
「星宮くんの、下の名前は?」
当たり前だよね、恩人の名前を聞くことは。
そう思ったけど、星宮くん本人は苦笑。
「……の……」
「の?」
「梨乃……です。僕的には、苗字で呼んでほしい、です」
もしかして、女の子っぽい名前、苦手なのかしら。
だとするなら、可愛らしいとさえ思った顔立ちについてふれることも、タブー?
「わかった。今度お礼するよ、星宮くん」
「ホント、気にしないで!」
「あたしがしたいだけだから」
「……じゃあ、楽しみにしてます」
柔和な感じで、にこり。
おぉ、マイナスイオンありがとうごさいます。
「お大事に。またね、佐藤さん」
なんか、普通に会話できてることに、今更ながら気づいた。
遅ればせながら手を振り返して、一息。
「……友達できたかも、雪!」
感動のあまり、生理痛なんて忘れて、人知れずガッツポーズするあたしなのでした。
ミルクティーもいいけど、チャイもよき。
なぜ売っていない……