*32* 呼んで、呼ばせて
柚乃のことがあり、どう接したものか迷っていると、苺花がふと気づいたように口をひらいた。
「幸ちゃん、ずっと前から気になってたんだけど」
「ん? どした苺花?」
「すっごくステキなネックレスしてるよね! 指輪? 綺麗な雪の結晶だね。ダイヤモンドみたい!」
雨風にさらすのがイヤで、ここ最近服の中にしまい込んでいたお守りの指輪。
それが今日に限っては、ブカブカなパーカーの前が大きく開いていたことで、あらわになっていたらしい。
「いやね苺花ちゃん……ダイヤモンドなの」
「え?」
ついホントのことを口走り、しまったと後悔。
「本物、です……」
あたしたちみたいなしがない学生が、ファッションで買えるような代物じゃない。
雪からもらったお守りだと正直に話しても、そもそもどうしてもらったのかとツッコまれたらそれまで。
明らかに贈り物だと思われるダイヤモンドの指輪。
この年の女子にそんなことをする人も、理由も、シチュエーションも、おのずと絞られてくる。
さすがに苺花も悟ったみたい。頬を染めて絶句している。
「ステキな話じゃない」
前に〝彼との関係はなにか〟とたずねてきた青年の反応は、実に落ち着いたものだった。
「きっと、佐藤さんを幸せにしてくれるんだろうねぇ」
にこにこと、ほっしーは笑みをたたえている。
だけど、なんだろう……なにかがおかしい。
背筋を這う妙な寒気……楓と話していたときに、似ているような。
「そろそろ行こうか。佐藤さん、黒岩さん」
後片付けを終え、椅子から立ち上がるほっしーを見上げる。
ギクッとした。
指輪を一瞥した黒曜石の瞳が、雪を映していたときのように、無表情だったから。
「あっ……ノートありがとね、ほっしー!」
「どういたしまして、あ、そうだ」
荷物をバッグに詰め込んで続こうとするも、ふと何かを思い出したようにほっしーが振り返る。
「僕のこと、名前で呼んでほしいな。柚乃もほっしーだし」
「ちょっ、軽いね! めっちゃ拒否してなかった!?」
「もうどうでもよくなっちゃった」
「あのー……」
「ね、呼んでくれる?」
あたしがおねだりに弱いってこと、きみは知ってるんですかね。
「り……梨乃」
「うんっ、ありがとう!」
陽光が射した彼の表情は、蕾がほころんだみたいだった。
無性に恥ずかしくなったあたしに、きみは追い討ちをかける。
「ユキちゃん」
「ふぁいッ!?」
な、名前? あたし今、名前呼ばれました!?
「急にどうしたの!」
「〝お友達〟と、仲良くなりたいなぁと思って」
今日のほっしー……じゃなかった梨乃は、なんだか余裕綽々だ。
ときたま見せるオドオドっぷりは、どこへ旅に出たんだろう。
「ダメかな? イチカちゃん」
「きゃあ!」
無自覚の矛先は、苺花にまで向けられたよう。
どうせなら、さりげなく名前呼びに移行してほしかった。
面と向かって「ダメかな?」なんて聞くから、変に恥ずかしくなるんだよ!
「すっ……好きに呼べば!?」
……なに逆ギレしてんだ、あたし。
苺花はというと、コクコクコク……と高速であたしに賛同して。
「わ、私、ちょっとお手洗いに行ってきます!」
ついにキャパシティオーバーを起こしたのか、真っ赤なリンゴ顔で全力エスケープ。
お友達といえど、男の子に名前を呼ばれることに、やはり免疫がなかったみたいだ。
教室には、あたしと梨乃のふたりきり。
「驚かせちゃったかな」
くすりと笑いを漏らして、黒曜石の瞳があたしを返り見る。
「取って食べたりしないよ」
おもむろに細腕が伸ばされる。
華奢な指が1回、2回、とあたしの髪を梳く。
おしまいに、頭をポンポンして。
「僕たちも行こっか、ユキちゃん」
「……っ!!」
好きに呼べと返したのはあたし。梨乃はそれに応じただけ。それはわかってる。けど……
にわか仕込みの産物じゃない。
慈愛、親愛、敬愛――
たとえるならそれは、あのノートのように中身の詰まった、ユキちゃんだった――……
梨乃くん覚醒。




