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30/39

*30* 番犬の出番です 楓Side

「楽しい話……ね」


 なるほどな。まずは〝あいさつがてらに〟……か。

 いいぜ、付き合ってやる。


 右手を腰に当て、続きを促す。

 俺を見上げる星宮の唇が、ニィッと三日月形に曲がった。


「月森セーンパイ、猫ちゃんは好きですかー?」


「はぁ?」


 いきなりなに言ってんだ、こいつは。

 だが、そこはあの星宮の弟。俺に怪訝な顔をされても、表情ひとつ変えやしない。


「俺ね……今朝、猫を拾ったんですよ。キレーな黒猫の女のコです。独占欲丸出しの首輪が、唯一気に食わなかったですけど」


「飼い猫じゃねーか。おまえのじゃないだろ」


「俺が拾ったから、俺のですよ。あんな無防備に放し飼いされてたら、もらってもいいでしょ? すっげーかわいい声で鳴くんです。一目惚れしました」


「猫相手に、ずいぶんとご執心だなぁオイ」


「……くくっ!」


「んだよ、気味わりぃな……」


「その猫に、センパイだってゾッコンじゃないですか?」


「――っ!」


 俺はバカか。

 星宮の意図に、今ごろ気づくなんて。


「ユキさんに、なにをした……!」


「やだなぁ、ちょっと遊んだだけです」


「はぐらかすな……!」


「あっはは! 耳とか首、弱いんですよねぇ! 真っ赤になって、ビクビクしちゃって……誘ってるとしか思えませんでした」


「星宮ッ!!」


 もともと、下田は声を張り上げてキレるタイプじゃなかったからか。

 俺の怒号が、体育館の端から端へと駆け抜けたころ、俺自身は、胸倉をつかむ勢いで星宮に詰め寄っていた。


「え? おこなの? まさかの月森激おこなの?」


「熱が入ってるなぁ~、はっは!」


「おー月森ィ、おまえも殺る気になったかー」


 ……下田や教授たちに、気取られてはいけないな。

 息を吐き出し、頭の熱を冷ます。


「よかったですね。〝熱心な〟月森センパイ。日頃の行いってヤツですか」


「うっせ、黙れ。兄さんの面影で薄ら笑い浮かべんな、腹立つ。テメーにゃその骨格は釣り合わねぇ」


「……だーかーら、あいつの話はすんなっつっただろ」


 雨粒のせいじゃ、ない。

 ぞわりと肌が粟立つほど凍てつくオーラは、間違いなく目前の野郎が発したものだ。


 にらみ返せば、打って変わってにこり。

 コロコロ変わる表情が、風に流れる雲のように掴みどころがなく、不気味だ。


「ねぇ月森センパイ、ユキちゃん、俺らにくれません? 手荒なマネは極力したくないんですよ。疲れるのイヤなんで」


「誰が渡すか……!」


「まぁ、そうなりますよねぇ……じゃあ、力ずくで奪っちゃうことにします」


「ふざけやがって、なにが目的だ……!」


「梨乃があの子を欲しがってる。だから俺も動いてあげるだけ」


「なんだと……!」


「あぁ……ひとつ補足します。俺もあの子を気に入っちゃったんで、半分こできないかなって、梨乃にお願いしようと思ってます」


「ユキさんはモノじゃないっ!」


「確かに、愛らしい猫ちゃんだ。俺と梨乃で可愛がってあげますよ。あんたら兄弟なんかよりもずっと喜ばせる方法で……ね」


 うっとりと瞳を細めて……記憶の中のユキさんをなぞってるんだろう。

 もう否定しようがない。こいつら兄弟は、危険だ。

〝愛情〟とは違う執着を抱いたこのガキは、特に。


「ユキちゃん……あぁ、また困らせたいなぁ……オドオドしたあの困り顔……超かわいい。俺ホントにもう、だいすき!」


「……変態が」


「っはは! 俺からしたら、センパイも変態なんで」


「そりゃドーモ」


「くくっ……勝負しましょ、セーンパイ? かわいいかわいいユキちゃんを賭けて」


 こんな見え透いた挑発、乗るのはバカくらい。

 だがな、ケンカにしちゃあ、お高い代物だったからよ。


「……下田」


「なんだー月森ィ」


「俺はこのクソガキをシメたいんだけど、あとの1年は任せてもいいか」


「上等だ、任せとけー」


 お望み通り、買ってやる。

 見え透いた挑発に乗るバカでも、この際知ったことか。

 ホイホイユキさんを差し出すくらいなら、どんな汚名だってかぶってやるよ。


「ナメんなよ1年坊主――センパイが直々に礼儀ってもんを叩き込んでやる」


「ハッ、やれるもんならどーぞ? どーせユキちゃんは、俺たちのモノになるんで」


 平和をこよなく愛する俺だが、緊急事態だ。



「番犬の出番です……ってな!」



 せいぜい、余裕ぶっこいてな。

 犬が狼に豹変する瞬間すら理解しないうちに、その曲がった根性、噛みちぎってやるからよ。

いいぞかえくんもっとやれ。

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