*30* 番犬の出番です 楓Side
「楽しい話……ね」
なるほどな。まずは〝あいさつがてらに〟……か。
いいぜ、付き合ってやる。
右手を腰に当て、続きを促す。
俺を見上げる星宮の唇が、ニィッと三日月形に曲がった。
「月森セーンパイ、猫ちゃんは好きですかー?」
「はぁ?」
いきなりなに言ってんだ、こいつは。
だが、そこはあの星宮の弟。俺に怪訝な顔をされても、表情ひとつ変えやしない。
「俺ね……今朝、猫を拾ったんですよ。キレーな黒猫の女のコです。独占欲丸出しの首輪が、唯一気に食わなかったですけど」
「飼い猫じゃねーか。おまえのじゃないだろ」
「俺が拾ったから、俺のですよ。あんな無防備に放し飼いされてたら、もらってもいいでしょ? すっげーかわいい声で鳴くんです。一目惚れしました」
「猫相手に、ずいぶんとご執心だなぁオイ」
「……くくっ!」
「んだよ、気味わりぃな……」
「その猫に、センパイだってゾッコンじゃないですか?」
「――っ!」
俺はバカか。
星宮の意図に、今ごろ気づくなんて。
「ユキさんに、なにをした……!」
「やだなぁ、ちょっと遊んだだけです」
「はぐらかすな……!」
「あっはは! 耳とか首、弱いんですよねぇ! 真っ赤になって、ビクビクしちゃって……誘ってるとしか思えませんでした」
「星宮ッ!!」
もともと、下田は声を張り上げてキレるタイプじゃなかったからか。
俺の怒号が、体育館の端から端へと駆け抜けたころ、俺自身は、胸倉をつかむ勢いで星宮に詰め寄っていた。
「え? おこなの? まさかの月森激おこなの?」
「熱が入ってるなぁ~、はっは!」
「おー月森ィ、おまえも殺る気になったかー」
……下田や教授たちに、気取られてはいけないな。
息を吐き出し、頭の熱を冷ます。
「よかったですね。〝熱心な〟月森センパイ。日頃の行いってヤツですか」
「うっせ、黙れ。兄さんの面影で薄ら笑い浮かべんな、腹立つ。テメーにゃその骨格は釣り合わねぇ」
「……だーかーら、あいつの話はすんなっつっただろ」
雨粒のせいじゃ、ない。
ぞわりと肌が粟立つほど凍てつくオーラは、間違いなく目前の野郎が発したものだ。
にらみ返せば、打って変わってにこり。
コロコロ変わる表情が、風に流れる雲のように掴みどころがなく、不気味だ。
「ねぇ月森センパイ、ユキちゃん、俺らにくれません? 手荒なマネは極力したくないんですよ。疲れるのイヤなんで」
「誰が渡すか……!」
「まぁ、そうなりますよねぇ……じゃあ、力ずくで奪っちゃうことにします」
「ふざけやがって、なにが目的だ……!」
「梨乃があの子を欲しがってる。だから俺も動いてあげるだけ」
「なんだと……!」
「あぁ……ひとつ補足します。俺もあの子を気に入っちゃったんで、半分こできないかなって、梨乃にお願いしようと思ってます」
「ユキさんはモノじゃないっ!」
「確かに、愛らしい猫ちゃんだ。俺と梨乃で可愛がってあげますよ。あんたら兄弟なんかよりもずっと喜ばせる方法で……ね」
うっとりと瞳を細めて……記憶の中のユキさんをなぞってるんだろう。
もう否定しようがない。こいつら兄弟は、危険だ。
〝愛情〟とは違う執着を抱いたこのガキは、特に。
「ユキちゃん……あぁ、また困らせたいなぁ……オドオドしたあの困り顔……超かわいい。俺ホントにもう、だいすき!」
「……変態が」
「っはは! 俺からしたら、センパイも変態なんで」
「そりゃドーモ」
「くくっ……勝負しましょ、セーンパイ? かわいいかわいいユキちゃんを賭けて」
こんな見え透いた挑発、乗るのはバカくらい。
だがな、ケンカにしちゃあ、お高い代物だったからよ。
「……下田」
「なんだー月森ィ」
「俺はこのクソガキをシメたいんだけど、あとの1年は任せてもいいか」
「上等だ、任せとけー」
お望み通り、買ってやる。
見え透いた挑発に乗るバカでも、この際知ったことか。
ホイホイユキさんを差し出すくらいなら、どんな汚名だってかぶってやるよ。
「ナメんなよ1年坊主――センパイが直々に礼儀ってもんを叩き込んでやる」
「ハッ、やれるもんならどーぞ? どーせユキちゃんは、俺たちのモノになるんで」
平和をこよなく愛する俺だが、緊急事態だ。
「番犬の出番です……ってな!」
せいぜい、余裕ぶっこいてな。
犬が狼に豹変する瞬間すら理解しないうちに、その曲がった根性、噛みちぎってやるからよ。
いいぞかえくんもっとやれ。




