*3* 駄犬もたまには役に立つ
「はっ!? ちょ、ヤバくないっ? 怖くない!?」
そりゃあな。身長186cmの巨人が、50m走6秒台で猛ダッシュしてくんだもん。
「つかアレ、教育学部の月森じゃね?!」
「マジだ、学部イチのイケメン月森じゃん!」
あ、そんなイケメンだったんだ。
毎日見てるとわからんもんだな。
「ヤバいヤバい! モテオーラに殺されるゥ!」
「イケメンなんか滅びろ~!」
あ、一応イケてない自覚はあったんだ。
なにはともあれ、やかましい小バエが退散したので結果オーライ。と、ここまではよかった。
「ユキさん平気っ? さわられてない!?」
「視線が不快だった」
「俺が見つめて浄化してあげる!」
「雪にやってもらうからダイジョーブ」
「胸クソ悪いオーラまとわせたまま午後の講義受けんの? ダメだよ毒される! お兄ちゃん頼っていいんだよ! 応急処置!」
助けてもらったはいいが、こっちはこっちで面倒ったら。
「離れろシスコン、人前だ!」
「うっ……!」
膝蹴り一丁。
腹筋がカタイので、実はあんまし効いてない。
その証拠に、楓は軽くうなっただけ。
「ビックリさせて悪かったね、黒岩さん」
それまで置いてけぼりだった女子、黒岩さんは急に話を振られ、ビクゥッ! と過敏なくらいに肩を跳ねさせた。
「あの、あのあの……!」
真っ赤な顔であわあわする姿は、なんとまぁ純情な乙女なんでしょう。
とかなんとか考えてたら、隣の楓もピタリと固まったことに気づく。
おぉ……そうだ、コイツもだった。
「そのっ……ごごっ、ごめんなさいぃいっ!」
「あ、ちょっと!」
言うが早いか、黒岩さんは亜麻色のポニーテールを振り乱しながら、一目散に逃げてしまった。
なんだろ、こう……ちょっぴり寂しい感じがあるね、うん……
「…………ぷはぁ」
「息しなよ。あの子は無害でしょ」
「なんかね……うん、長年染みついたものは、なかなか治んなくてですね」
「発作は?」
「なんとか……鳥肌の程度っす」
「花粉症より厄介だな」
いつだったか、焦がしキャラメルだとたとえたらウザイくらい歓喜した髪を、特別になでてやる。
女性恐怖症ってのは、どうあがいたって気持ちの問題だから、あたしもこんなことしかしてあげられないけど。
気持ちよさげに目をつむるくらいに強張りがほどけたところで、背伸び終了。
「ユキさん、さっきの子って?」
「同じ学科の黒岩苺花さん。人見知りがあるみたいで。あたしが物怖じしないぼっちなら、あの子は物怖じするぼっち」
「あ、納得です」
「殴るぞテメー」
「申し訳ございませんでしたッ!」
いきなり友達はステップ飛ばしすぎたか。
あわよくばこのまま、って考えも甘かった。
うーむ……対人関係とは難しい。
「ま、気長にやるさ。で? こんなにも遅くなった理由は?」
「ごめんっ! 体育が押しちゃいました!」
確かに、今の楓は黒地にオレンジラインのジャージ姿。
汗は柑橘系の爽やかな香りがするし、なるほど、これがイケメンとやらか。
飽きるくらい顔合わせてると、マジでわからんもんだな。
「まーいいわ。はい、お弁当」
「さすがユキさん、マジ天使!」
「雪にはちゃんと謝っときなよ」
「菓子折り片手に?」
「マシュマロでよかろう」
「ユキさん天才! あ、そだ、午後の講義って夕方まで?」
「この後、ひとコマあったら終わりだけど?」
「俺もなんだ! よかったらさ、マシュマロ選び付き合ってくんない?」
「なんで?」
「ちょうど用事あったし、どうせ行くつもりだったからさ。見たいでしょ? 雪兄さんの仕事風景」
と言い終わる前に、楓の腕をガシリとつかんでいた。
「超見たい」
たまにはいいこと、言うじゃないか。
かえくんは、チョコレートを食べさせても大丈夫なわんちゃんです。むしろくれ。