*29* エンカウント 楓Side
雨降りの昼下がり。それ以外はいつも通りである俺たちの庭、体育館にて。
「茶髪、金髪……」
友人の笑みが深まるのにつれて、雨粒のせいではない悪寒に、身震いをひとつした。
「おー、今年はグレーに青のメッシュとかいやがんのか。あっははー、ナメくさってんな1年ー」
「人格変わってんぞ、下田」
「いいぞ下田、やっちまえー」
おい誰だ、火に油を注いでいるのは。
「って木村? おまえなにしに来たんだよ……」
「ふっ……愚問だな」
もったいぶって、伊達メガネのブリッジを押し上げる。
木村が妙にインテリぶったら、十中八九ろくな返答はない。
「下田によって地獄絵図と化すであろう、保健体育科、恐怖の1・3年合同授業の見学だよ」
「はいはい……ウチの理学部は、ヒマを持て余してるんだな」
「失敬な。今日のために、徹夜で研究終わらせてきたわ」
「別のところに力を尽くせよ。つーか一応講義中だぞ。どうやって入り込んだんだよ」
「おまえんとこの教授の雑用してきた。ドヤァ」
「おまえ、マジで力の尽くし方間違ってる」
俺の言葉など、どこ吹く風。
床に座り込んだ木村は、防音加工の壁を背もたれに、見学する気しかないらしい。
超にこやかな笑みを浮かべて1年に近づく下田へ、追い風のごとき声援を送ってやがる。
やめろ、煽るな。後片付けが面倒だから。
「おーし1年、整列しろー。チンタラしやがったら、そのお花畑な頭刈り取って、吊るし上げっからなー」
下田のヤツ、普段は気さくなくせに、体育になると豹変するのやめてくんないかな。なにも知らない1年が哀れだ。
「月森、1年は集め終わったかー?」
「今からですー!」
よし、あっちの1年には気の毒だが、俺はこの辺のヤツらを担当しよう。
(スポーツテスト指導か。実習前練習には、持ってこいだな)
あいにくの天候で急とはいえ、この講義変更は正直ありがたい。
臨地実習じゃ、もっと年下で手のかかるヤツらが相手なんだもんな。
このくらい慣れとかねーと、上手くは行かないってことだ。
「とりあえず、適当に集めるか」
ぐるりと見渡す。
下田が気に入らない1年を片っ端から呼びとめているので、手持ちぶさたな同級生たちは、苦笑を浮かべている。
俺も腫れ物にはさわらないよう、下田とは反対方面で頭数をそろえることに。
(うん……シメ上げたい気持ちはわかるがな、ちゃんとしてるヤツもいるんだぞ、下田)
たとえ黒髪が浮いていたとしても、黒髪はそこにちゃあんといるんだ。こいつらのことはしっかり認めてやってだな……
なんて考えていると、その希少な黒髪1年が、カラフル花畑の間を縫って歩み寄ってくるではないか。
ほら来た。今時珍しく、やる気のあるヤツがいるじゃないか。
「ご指導願えますか? 月森セーンパイ?」
やけに見覚えのあるツラだな。
あぁ……忘れるはずもない。
「星宮……弟のほうか」
クローンかってくらい、あのいけ好かん兄貴とまったく同じ顔、声、体格。
つーことは、女顔。Tシャツの袖からのぞく腕もほっせぇ。折れそうだ。
なのに軟弱そうには見えないのは、底知れない妖しさをはらんだ漆黒の瞳が、俺をじっと捉えているからだ。
「まさか、ウチの科だったとはな」
「あれ、思ったより驚いてない?」
「おまえの話なら聞いてるよ、雪兄さんから」
「あぁ……あの人ね」
雪兄さんの名前を出したとたん、星宮を取り巻く空気が変わった。
気温が1~2℃下がったとでも言うのか。目元だけが微動だにしていない、冷めた笑み。
「悪いんですけど、俺の前であの人の話はしないでくれます? 大ッキライなんですよ、昔から」
「奇遇だな。俺もこれっきりにしようと思ってたとこだ。テメーに兄さんの話題なんざ、もったいなさすぎて泣けてくるわ」
「じゃあ、もっと楽しい話をしましょっか」
後ろで手を組んで、こてん、と小首を傾げる。
こういうのを、お姉さま方が覚え酒でもさせてお持ち帰りするんだろう。
そりゃあ、イチコロなのも納得だわ。なんせ雪兄さんと同じ血を引いてるんだからな。
だがシャクに障ってしょうがないのは、その愛らしさが、計算し尽くされた産物だとわかるからだ。
グレーに青のメッシュの目撃情報は、作者の実話。




