*23* 灰色メランコリック
街を包む空模様は、灰色マーブル。
朝から降り続くシャワーの下で、カラフルな傘の蕾が次々と花開く。
「ありがとう、恵みの雨」
「湿気なんぞ乙女の敵だ」
「猫っ毛ユキさん、ごちそうさまです」
「殴りてぇ……」
「え、逆に殴んないの? いつも容赦ないユキさんが!?」
「あんたを喜ばすだけってことに気づいたからだよ、このドMやろう!」
5月も半ばを過ぎた。
近頃、駄犬の性癖が悪化してきたように思えてならない。
形はどうあれ、あたしとのスキンシップは至極のひととき。
そう豪語する楓の前では、肘鉄・膝蹴り・ビンタ・右ストレート……自慢の必殺技も〝愛の〟という冠詞がもれなく追加で、威力が激減されてしまう。
今では、あたしとのじゃれ合いを「んへへ……」と思い出してるうちに、白ご飯2杯は行っちゃう有様。
母親のような微笑みでご飯を盛ってあげていた雪に、真実を伝えるべきか否か非常に悩んだ。
これが、今朝の話である。
(あ、ここも巻いてら。くっそー……)
結論、触らぬ駄犬に被害なし。
そう踏んだあたしは、絶賛反抗中の髪の毛と格闘を開始した。
基本ストレート。そのクセ湿気を含むと、先っちょだけ内巻きになる厄介な髪質だ。はぁ……
「楓」
「いかがなされましたか、お師匠様!」
「髪質交換して」
「お安い御用で! おでここっつんでビビビ方式と、ハグでビビビ方式、どっちがいいですか!」
「ボケが本格的すぎて引いたわ」
「とか言いつつ、突っぱねないユキさんマジ尊いです!」
ポジティブにも程がある。
大輪のヒマワリのような傘の下。
大人しく楓と並んで収まってるのは、濡れないため。
あと、寒いから? 傘のすきまから入り込む雫も、風上側にいる楓が受け止めてくれるし、何より重宝なのは人間湯たんぽ。
楓って、地味に使えるやつだったんだな……なーんて。
犬属性ばかりが先走っているが、考え直してみよう。
日本人離れした長身に、母親譲りという綺麗なお顔。
運動神経バツグン。受験のとき、あたしに理数系科目を一通り教えたくらいには頭も回る。
シメは快活な冗談好きと来た。女性恐怖症とシスコンを除いたら、タダのハイスペックイケメンじゃないか。
……ぶっちゃけると、あたしじゃ釣り合わなくないかって、たまに思ったりする。
――ユキさんは、俺の大事な家族だよ。
楓が笑うから、口には出さないけど。
漫才したり、物思いにふけったりしてるうちに、大学へ到着だ。
「講義は?」
「夜までみっちり。だからユキさんと帰れない……憂鬱だわ……」
「今夜はおでんだな……」
「いやーっ! 俺いないのに夕飯の話ヤメテ! しかもちょうど食べたいと思ってた日に!」
「バカやろう。おダシが染み込むほど美味しくなっちゃうミラクルレシピだろうがよ、おでんさんは」
ここで楓が「あ」と声をひとつ。ようやく気づいたな?
「帰り、電話する」
「おう」
「俺、ちくわと、こんにゃくと、煮玉子が好きだな!」
「で、大根はからし抜きね」
「さすがユキさん、俺のことよくわかってるぅ!」
「ハイハイ、さっさと行っちゃいな、お子ちゃま」
「行って参りますです!」
憂鬱だ、とのたもうたときのブルーオーラはどこへやら。
ビシィッと敬礼をして軽快に駆けてく後ろ姿。
山吹色の傘が見えなくなると、開いたばかりの傘を持ち直す。
正門をくぐって間もなく、パラパラ登校する学生をよそに、ちょこんと道の隅で控えめにしている女の子を発見だ。
「ゆ、幸ちゃんおはよう!」
「おっはー苺花。もしかして、あたし待ってた?」
「私も来たばっかなの。そしたら、幸ちゃんが来るの見えたから!」
にこっ! とかわいらしいスマイルひとつ。
でもね苺花ちゃん、あわあわしてる感が隠しきれてないですよ?
(あたし、なにかしました?)
昨日までは普通どおりだったし、今日なんか、つい今しがた、楓と登校してきただけで…………ん?
「苺花ってさ……楓のこと苦手?」
「えっ!? つつっ、月森先輩!?」
……おお、ビンゴかな。
ものすっごい勢いで顔逸らしたよ、この子。
「苺花ちゃん、ちょっぴりおバカな発言が目立つアホな子だけどね、うちのかえくんは素直でね?」
「月森先輩はいい人だよっ!」
苺花が叫んだ。そりゃあもう、あたしの語尾へ食いつかんばかりに。
キョトンとするあたしの前で、当の苺花はハッと口をつぐみ、真っ赤な顔で首を縮める。
「月森先輩は、ぜんぜん悪くなくて……私がその……男の人、苦手なだけだから……」
おっとぉ。楓が女性恐怖症ならば、苺花は男性恐怖症とな?
雪には紹介済みのマイフレンド・苺花ちゃん。
残る我が家の忠犬とも打ち解けてほしかったあたしだが、互いがソレでは……うーむ、ゆゆしき事態ぞ。
年上の雪ならまだしも、同い年のほっしー相手に話してるときすら、テンパッてたもんねぇ……
「……ん? そーいやほっしーは?」
「私が見た限りでは、まだ来てないみたい」
「珍しいね? ほっしーってしっかりしてるから、いつも先に来てるイメージあるけど」
「あ、だったらもう教室にいるとか」
「早く来すぎてるパターンか!」
くしくも今日は、開始一発目から学科長の講義。
おじいちゃん先生だけど、ナメたら痛い目を見る。
さすが元国語教師なだけあって、日本語が大変流暢であらせられる。
流暢すぎて、講義スピードが鬼なのだ。
激闘を前に、早めに来て大量のノートと格闘……あり得る、ほっしーなら充分あり得るぞ!
ようやっと焦り始めたあたし。
ほっしーに倣おうと駆け出しかけたところで、ハッと気づいてしまう。
「……やっば」
「どうしたの?」
「ルーズリーフ補充すんの忘れてた。あちゃー、途中で切らすわ絶対……」
「私の分、あげよっか?」
「いいよ。苺花ノートでしょ? 破くの申し訳ないし、マッハで買ってくる!」
先に行ってて、と口早に告げ、傘を握り直す。
そうしてあたしは、雨の中、売店へ向かって走り出したのだった。
おでんの具は餅巾着推し。
異論は認めます。




