*22* 鏡の中のふたご星 梨乃Side
クシャクシャに頭を掻き回して、視線を上げる。
濡れたタオルからのぞく、左右反転した自分の顔。
頬はほんのり染まり、いつもシャワーを浴びたって温もらない身体の芯が、今日は一番熱い。
袖を通したばかりなのに、Tシャツの首元まで伝導するようだ。
「ユノ――ねぇ柚乃、いるよね」
僕の問いかけに、鏡越しに映るもうひとりの僕が、口元を歪めた。
「珍しいな、嬉しそうな梨乃なんて。いいことあった?」
「白々しい。柚乃も見てたんでしょ」
「ハッ……見てたよ。梨乃が大・大・大好きなユキちゃんだろ? キレーな女のコじゃん。胸もあって」
「……そういう目で見るのやめてくれる」
「おーこわ。刺されそう」
クツクツと笑ってちゃ、反省もなにもあったもんじゃないと思うけど。
弟が飄々と受け答えをするのはいつものこと。
細かいことを気にしたほうが、負けなのだ。
「佐藤さん……幸さん……ユキちゃん」
魔法の言葉を唱えてみる。
あぁ……綺麗な響きだ。
きみを想うときだけ、僕の〝ココロ〟は熱を持つ。
昔から変わらない――
「おまえ的には面白くないんじゃないの? 今の状況」
「柚乃は面白がってるよね。ユキちゃんには乱暴しないで」
「クク……わかってる。ユキちゃん〝には〟手を出さない」
ゆらり――……
影に、背中から包み込まれるような感覚。
呆れ半分、諦め半分でため息ひとつ。
この影は、一度絡みついたら離れないから厄介だ。
「柚乃は、すぐ抱き締めたがる」
「梨乃LOVEだもん。あと俺、寂しがりだから」
「知ってるよ。……知ってる」
僕らはふたりでひとり。
柚乃は、大事な大事な、もうひとりの僕だ。
柚乃を受け入れるということは、自分を受け入れることと同義。
「おいで」
「ワーオ、梨乃がやっさしー。明日は槍でも降るかな」
「来たくないの?」
「お兄ちゃんダイスキー!」
言い出しっぺだから、大人しく後ろから抱きしめられる。
僕の肩にすりすりと額をこすりつけて、柚乃はここぞとばかりに甘える気だ。
「っふふ……こーんなに梨乃を上機嫌にさせるなんて、ユキちゃんはイケナイ子だ」
「とってもいい子だよ」
「梨乃に好かれるってことがどういうことかは、知らないんだろ? だから楽しくオトモダチごっこができちゃうんだよ」
そう……彼女は知らない。
僕の気持ちも、それが持つ意味も。
「罪な子だよなぁ……梨乃に愛されて、梨乃を愛さなきゃいけない責任があるのにさ」
なんでもお見通しな柚乃は、さも自身の身体のように僕の右腕を取る。
器用に操って、僕の指で、僕の前髪を掻き上げる。
〝ほっしーの黒髪、綺麗でうらやましい。なんか……夜の空みたい〟
あまたの星を包み込む、夜空の色だと言うなら――この額に刻まれた創傷を、きみはどうたとえてくれる?
ゆるく描かれた弧を、〝三日月のようだ〟と笑むのかもしれない。
人を蔑むことを知らない、綺麗なきみだから。
ねぇ……ユキちゃん。
この三日月をなぞるだけで、指先から熱が生まれるんだ。
いつだって、ついさっきのことのように思い出せるよ。
きみが、なにもかも冷えきってしまった僕に、印を刻んだんだ。
一生消えることのない、烙印。
この身を焦がす、恋という幸福の印を。
「僕は……ユキちゃんが、好き」
……好き。
好き。
好き。
大好き。
のどのすぐそこまで来ていた言葉を、何度飲み込んだことか。
「いっそのこと、そういってやれば?」
「ダメだよ。僕らは〝友達〟なんだから、困らせたくない」
「って、思ってたけど?」
「状況が変わった」
まったく、予想外にもほどがある。
腹立たしいくらいに。
「月森雪と月森楓がそばにいるなんて、危険すぎる。ユキちゃんが穢されてしまう……」
〝なら、俺が医務室に〟
思い返すだけで、あぁ……シャクに障る。
遅参者が、よくものうのうと口にできるな。
誰が渡すものか。彼女は、僕のものだ。
「梨乃は、どうしたい?」
「ユキちゃんを守りたい」
「それが、泣かせてしまうことになっても?」
「関係ない。心の傷は僕が全部埋めてあげる。僕のことしか考えられないようにしてあげればいい」
彼女をさらう輩がいるのなら、遠慮する必要はない。
不条理な世界が、僕らを幾度となく引き離してしまったけれど、もう絶対に繰り返さないために。
「彼女は、僕が愛すんだ」
誰がなんと言おうが、譲るつもりはない。
「俺は、梨乃の願うがままに」
ギュッと強くなる力は、俺を使えとの意志表示だ。
返事なんか聞かないクセに、こんなときだけ、ね。
「そうだなぁ……月森雪が一番気に食わないが、まずは、弟のほうか」
ハッ。
耳元で漏れたのは、嘲笑。
「妹のファーストキスを奪っちゃったイケナイお兄ちゃんに、思い知らせてやろうか」
スイッチが入った柚乃は、なかなか止まらない。
だけど、止めようとは思わない。
鏡に映る僕の瞳も、ギラついているから。
「待ってて……ユキちゃん」
恍惚として笑むのは、僕か柚乃か。
そんなこと、今はどうでもいい。
「きっと……思い出させてあげるから」
寂しければ抱きしめてあげる。
きみが望むなら、キスだって。
僕なら、打算のない無償の愛情を、一身に注いであげられる。
だから僕を見て?
僕のことだけ考えて?
そして願わくば、三日月が満ちて、蜜月となるよう。
梨乃くん、隠れヤンデレ発動……!




