*18* もやもやレイニーデイ
今日の講義を終えて、苺花、ほっしーと教室を出たら、だよ。
サァ――……
窓ガラスの向こうは、まさかの雨。昼間の晴れ空がウソみたいだ。
夕方から下り坂でしょう! そんな天気予報、観る前に家飛び出したわ。
ビニール傘買いに行こうにも、売店別棟だし。
「ふたりとも、傘ある?」
「うん、持ってきてるよ」
「僕も。夕方から雨って聞いたから」
うおーい、あたしだけ持ってないんかーい。
「何分か待ったら止まないかしら? ……無理か」
チュニックにネックレスを避難させて、さほど期待せずバッグから取り出したスマホ。
あたしの予想を裏切って、チカチカと、赤いお知らせランプが点滅してた。
「ん? ……あっ!」
「幸ちゃん?」
「どうかした?」
苺花に引き続き、ほっしーも画面にかじりつくあたしをのぞき込んでくる。
「帰り、何とかなるかも!」
「なんだか、嬉しそうだね」
「おーよほっしー。忘れてたけど、今日は第3金曜日だからね」
「第3金曜日……がどうしたの?」
「ふふふー、ねぇおふたりさん、この後時間あったら、ちょっと付き合ってくれない? 会わせたい人がいるんだ」
「僕は構わないけど?」
「私も大丈夫だよ~」
「そうこなくっちゃ!」
金曜は金曜でも、第3金曜日。それは、図書館の定休日です。
つまり休日となる雪が、学校のお迎えに来てくれる――高校のときから続いてること。
そして、今日こうして迎えに来てくれるってことは、あたし念願のお友達を、紹介できるってこと!
サァ――……
彼を見つけるのはすごく簡単。
弟からプレゼントされたお気に入りの傘が、目印ですから。
「雪ー!」
実は、かなり耳がいい雪。
正門が見える軒下に出て呼べば、雨が降りしきる中、クリスマスカラーのタータンチェックがくるりと回る。
元々丸い目をなぜかまん丸にしてたけど、すぐにふわっと笑って歩み寄ってくる。
「学校お疲れさま、幸ちゃん。傘のお届け物ですよー」
「うむ、ご苦労」
傘を渡し終えると、くりくりっとしたチョコレート色の瞳が右側の苺花に移った。
「こんにちは。幸ちゃんのお友達かな?」
「あっ、はい! 黒岩苺花っていいます! えっと……?」
「ぼくは月森雪です。幸ちゃんのお家の人です」
「え、月森さん……?」
「あたし親いないから、色々あって、保護者してもらってるんだ。これでも成人してるからね」
「そうなんですか!?」
「あはは、よく驚かれます~」
「ちなみに歳は……」
「ダメだよ幸ちゃん! そこは堪えようね!?」
「こんな感じに、隠すほど行ってます。まぁ気軽にふれあってください。我が家自慢のゆるふわウサちゃんです」
「よろしくで~す!」
ちょ、雪、歳さえバレなきゃ、小動物扱いされても平気なのか。
「もー、変にノリがいいんだから……あ、そうだ。こっちのかわいい系男子なんだけどね、ほっしー……星宮くんって言って」
「…………ホシミヤ?」
「そうそう、何度もお世話になって……」
言葉が途中で切れたのは、聞き返した雪の声色がカタくなったから。
雪の視線をたどって固まったのは、振り返った先で、ほっしーがさっきから一言も発していないことに気づいたから。それも、無表情で。
ドクン……
妙な胸のざわめき。
これが、まさかまさかの展開への合図だった。
「もしかして……ユノくん?」
……え?
「雰囲気違うから驚いたぁ……久しぶり! おっきくなったねぇ。元気にしてた?」
ニコニコと、とりとめのない世間話だ。
だけどね雪、ちょっと待って?
「ねぇ、ユノって、誰?」
今度は、雪が言葉を失う番。
続けたのは、ほっしーだ。
「お会いするのは初めてですね、雪さん。僕は星宮梨乃です。父がお世話になっております」
まったくの他人じゃない。だけど初対面。どういうこと……?
「ユノは、僕の双子の弟です」
「あっ……そうだったんだ! ごめんねぇ、ぼくったら勘違い! はじめまして~」
「ほっしー双子だったの!? てか、え? なんで雪知って……?」
「うんとねぇ、ぼくのお母さんが、梨乃くんのお父さんのお姉さんなんだ」
……ちょっと待て、それって!
「雪とほっしー、従兄弟ってことじゃん!」
「そうなりまーす」
なるほど……だからか。
ほっしーと話してて、たまに胸がむず痒くなったわけ。
それは、雪と笑顔の面影が重なったからなんだ。
可愛らしい顔立ちも、色合いこそ微妙に違うけど綺麗な黒髪も、血筋なのかも。
無意識に見上げたそばから、お得意の爽やかスマイルを頂戴してしまう。
……ん? ほっしーが、笑った?
ということは、今まで〝笑ってなかった〟……?
「佐藤さん、聞いていい?」
「……へ、あ、なにっ?」
「雪さんと月森先輩って、どういう関係?」
あれ……? 親戚って言っても、その辺の事情は知らないんだ?
「兄弟だよ。義理のだけど、ビックリするくらい仲いいんだから」
「へぇ……じゃあもうひとつ。佐藤さんとは、どんな関係?」
恋人だよ。
なんてサラッと言える度胸はなくて、「えっと……」と視線を泳がせる。
ほっしーは、それで充分だったらしい。
「変なこと聞いたね」
その苦笑が、なんだか寂しげで……はたと顔を上げたほっしーは、一歩分あったあたしとの距離を詰めた。
可愛らしいと思っていた顔立ちは、仰ぎ見なければ、うかがうことはできない。
首を反らした先で、どこか雪と似た、でも決定的に違う彼の黒曜石の瞳が、深い色合いをにじませて笑む。
「引きとめちゃってごめんね。今日は、早めに休んで? 身体、お大事に」
一言一言が、やけに強調されたように聞こえたのは、気のせい……?
そんな疑問も、ほっしーの「バイバイ」で、降りしきる雨の中へ行き場を失くしたのだった。
月森さんちから大学まで、徒歩20分です。