*16* そばにいたいよ
「窓、少しだけ開けておこっか。風が気持ちいいよ」
「うん……」
自前弁当をちょっとだけかじったら、薬を流し込んで、後はひたすら横になる。
ちょっとしたら学校医の先生が席を外したから、医務室には、ふたりだけ。
白いカーテンを引いてくれた星宮くんが、イスに戻ってくるのを確認して、口をこじ開ける。
「……ありがとね、星宮くん」
「ふふ、どういたしまして」
お昼もまだだったろうに、嫌な顔ひとつせず助けてくれるんだな。
ベッドに横たわったあたしを、イスの上からのぞき込んで、満足げにニコニコ。
「とてもありがたいのですが……その」
「うん?」
「勘違いされちゃうよ? ああいうの……」
ぱちぱち。
まばたきをした星宮くんが数秒を経て、バッ! と上体を引く。
「ごめん! いっ、嫌だったよね!」
「えっ、今?」
まさかの天然さんでしたか。
あわあわと部屋のあちこちに視線を泳がせるけども、行くアテなんかないと理解したのか。
首を縮め、おずおずとあたしのところへ戻ってきたとき、男の子にしてはやわらかい頬の輪郭線が、赤味を帯びていた。
伏せがちのまつげだって長いし、ホントに女の子みたいだよなぁ、星宮くんって。
「まぁ……嫌っていうか、ハートが鍛えられたかな……」
「ホントごめん! 僕、もう夢中で……佐藤さんを助けたくて……」
うん、悪気はなかったんだよね。
「一生懸命になってくれたんでしょ? ありがとう」
バツが悪そうにうつむいていた星宮くんは、ハッとあたしを見て、頭を掻いた。
うんって、くすぐったそうにつぶやきながら。
「はぁ……あたしは何回シフォンケーキあげればいいのかねぇ」
「気持ちだけもらっておくよ」
「それだと、割に合わないよ!」
「気にしなくていいよぉ~」
思わず食い下がろうとして、ふにゃあ、とほころぶ笑顔の蕾に、一時思考停止。
(……まただ……)
無性に、胸がむず痒い。
ふと、アーモンド型の瞳がやわらぐ。
黒曜石を彷彿とさせる夜色。
一方で、カーテンのすきまから射す陽光より、あたたかい……
「……僕さ、昨日佐藤さんが休講してるとき、ホントは心配でたまらなかったんだ」
黒曜石の視線があたしを捉え、しなやかに伸びてきた両手が、あたしの左手を包み込む。
血が行き届かない冷たさを、和らげるように。
「佐藤さんが辛いと、僕も辛いよ……だから、さ、今日は一緒にいてもいい?」
「星宮くん……?」
「元気になるまで……そばにいたいよ」
ギュッと手を握られて、ちょっと、わけがわからなくなる。
「なんで、そこまで気にかけてくれるの?」
あたしたちは、昨日知り合ったばかりなのに。
いくら彼が親切とはいえ、その一言では説明できない何かが……そこにあるような。
「きみが、きみだけが、僕の支えだから。……今も昔も」
「……え?」
「言葉の通り、だよ」
人が笑うのは、大抵嬉しいとき、楽しいとき。
なのに、だ。今まで例外じゃなかった星宮くんの微笑みが、急に変わった……気がする。
人の思考って、こんなに読み取りづらかったっけ……?
せっかくの連休なので、どしどし更新します!