*14* スマイル再び
お茶を買い足しに、学内の売店へ足を運んだ帰りだった。
ヤツが、強襲をかけてきたのは。
「佐藤さん、一緒にお昼食べませんか? ……って大丈夫!? 死にそうだよ!」
お弁当を顔の前で掲げていた星宮くん。
せっかくの爽やかスマイルが、一瞬で消えました。
そんな驚きなさんな。ちっとばかし壁にへばりついてるだけさ。
にしても、サラッと支えてくれる辺り、きみはホンマにええ人でんな。
「……また、痛いの?」
「あははー、へーきへーき」
だってうぬぬ! とかぐぎぎ! じゃない人語が話せるんですもの。脚も微笑の程度ですし!
「薬飲めば治るー」
「ご飯は食べた?」
「もちろんのことー」
「ウソ」
星宮くんがお弁当をショルダーバッグにしまう。
次の瞬間、ふわり、と浮遊感。
「少しでも食べないと、効かないよ」
「……ほぇ?」
急に近くなった声。
両足はふよふよ宙に浮いて、背中はグッと支えられて。
肩を貸す、とかじゃなく、あたし、抱きかかえられて……る?
「どんどん僕を頼ってよ。佐藤さん」
恐る恐る見上げたすぐそばで、大粒の黒曜石みたいな瞳が、あたしを映し込んでいたのだった。
極限に追い込まれたとき、食事を抜くのがあたしの悪いクセで。
たとえば受験のとき。
「幸ちゃん、お夜食作りましょうか!」
「寸暇が惜しい……」
「そう言って昨日も食べてないでしょ!?」
雪が「幸ちゃん死んじゃうよ! ふええー!」と泣き出したら、お次は楓の出番。
「よし、じゃあプランBに移行し」
「雪の前で実行してみろ、テメーは駄犬に格下げだ」
「サーセンっしたぁ!」
「プランBってなぁに?」
「兄さん、聞かないほうがいいことは、世の中たくさんあるんだよ」
「……プランBってなんなの!?」
とまぁ、こんな風に一騒動ありまして。
最終的に「食べてください。どうかお願いします」って過保護兄弟にステレオで懇願された。
……だからでしょうね。
「佐藤さん、無茶はよくないよ」
ピシャリと言い放つ星宮くんに、怯んじゃったのは。
それも優しさなんですよね、わかります。けどね!
「星宮さん、下ろしてくれたり……」
「しません」
「Oh……」
俗に言う〝お姫様抱っこ〟をされてるあたし。
お姫様気分? とんでもない!
あのね、さっき壁とお友達だったあたしを 「なにやってんだ」って半目で見てた学生さんたちがね……
「ななな、なにやってんだ!!」って目ぇカッ開いてガン見してるんです。
要は!
恥ずかしくて!!
死にそうなんです!!!
「佐藤さん、暴れないで。身体に悪いでしょう?」
うん、オッケー! なんて言えるわけあるかっ!
女の子みたいな顔してるからって、油断してた。あたしをひょいっと抱え上げちゃうし。
ビックリしてジタバタ暴れようものなら、意外に強い力でいとも簡単におさえ込まれちゃうし。
パーカーの上からでもわかる細腕のどこに、そんな筋力があるのやら……
悶々と考えている間も、星宮くんは待ってくれないわけで、大学内を突き進む。
あたしにとっては、もはや市中引き回しの刑。
星宮くんのパーカーに顔を埋めて、隠蔽工作。ムダなあがきとはわかっています。
もうやだ恥ずか死ぬ。ここで知り合いなんかと鉢合わせたら……!
「ユキさんどうしたの!?」
楓ぇええ!!
Q.なんでいんの?
A.売店の前だから。
ああ……手に持ってるそれ、ペットボトル。飲み物ね……お茶買いに来たのね。
こ ん な と き に っ!
プランB「無理やりにでも食べさせる(具体的には口移し)」
※前作『ユキイロノセカイ』より引用