*13* 春風とシフォンケーキ
決定的な証言もあり、弥生さんから解放されたあたし。
どうせ行き先は同じということで、星宮くんと大学に向かって街を歩いています。
「ごめんね……弥生さん、恋バナ大好物だから」
「いえいえ、お気になさらず」
その気もない子と恋人扱いされて、嫌がるどころか笑顔で許す。
大海原のごとき心の広さだな。そうか、星宮くんは海の神様か!
「星宮くんってさ……ぶっちゃけモテるでしょ?」
「……えぇっ!? 急にどうしたの!」
「親切だし、神様だし」
「神様……?」
「そ、神様!」
あたしの高校時代を思うと、校則とかあってなかったようなもんだったのよね。
強いて言うなら、卒業前にやんわり苦言を呈されるレベルだ。
そんなナリじゃあ進学が、就職が、うんぬんかんぬん……と。
同年代といえば、男女問わずチャラい集団の中で3年を浪費したあたしだ。
とどのつまり、常識とか親切心にあふれた星宮くんが、よりいっそういい人に見えるって話ですよ。
あたしの初トモには、恐れ多いくらい。
「で、どうなの? モテてたの?」
「うぅ……モテるわけないよ」
「なぬ、この好青年を女子が捨て置くだと!? あ、もしかして男子校だったり?」
だったら納得! 視線を向けた先で、密度を増してきた雑踏へ、星宮くんは苦笑混じりの眼差しを飛ばした。
「いや、共学の普通科校だったけど……」
「けど?」
「その……僕、季節の変わり目に弱いんだ。始業式とかに、よく熱出しちゃったり……」
「あぁー……」
なるほど、理解しました。
入学式とかクラス替えのときに限って寝込んじゃって、スタート出遅れちゃうパターンね。
数日経っただけで、ある程度のグループ出来上がったりするからなぁ。
あたしが今までに見てきた星宮くんの性格上、ガツガツ行かなさそうだし。
むしろ変に遠慮しちゃって、距離置いちゃったりとか?
つかず離れずの一定の線引きが、星宮くんにとっては楽だったのかもね。
「……はっ! ならあたしも? 色々と図々しかったでしょ? ごめんね、苦手そうな話題振ったりして。これからめっちゃ空気読むんで、半径何mくらいなら許容距離か教えてくれる!?」
ピタリと足を止めた星宮くんは、あたしへ顔を向けておめめぱちくり。
「……ははっ!」
で、おかしげに肩を震わせた。
「え? 笑っちゃうほど遠ざかってほしかった!?」
「ううん、逆。気にしなくていいよ、そういうの」
「へ? どういうの?」
「実は僕もね、こんなふうに友達と話すの、佐藤さんが初めてなんだ」
「……うそん」
「ホント。だから佐藤さんにまで距離置かれちゃうと……悲しいかな」
照れくさそうに笑う星宮くんは、こう言ってくれている。
線引きは、必要ありませんって。
「もしあたしが距離置いたら、泣いちゃう?」
「泣いちゃう。号泣しちゃう」
「それは回避せねばなりませんな!」
「ぜひそうしてください!」
どちらともなく、吹き出した。
ひとしきり笑い合う間に、同じようなことを感じていたと思う。
きみと友達になれて、よかったって。
どこか気恥ずかしい沈黙の中、口を開いたのは星宮くんだ。
「さっきのって……佐藤さんの理想の人の話かなにか?」
さっきの、とは、弥生さんに振られた恋バナの件だろうか。
あんだけずいっと聞いちゃったからね、あたしだけはぐらかすのは、不公平だろう。
「やー、そんなわけないよー」
理想っていうか、現実にいるし。そう続けようとした言葉は、
「そっか!」
ふにゃあっとゆるんだ笑みを前に、なぜか飲み込む。
(あ、れ……?)
胸が、妙にむず痒い。
なんとかして話題を変えたくて、そういえば! と思い出した。
「星宮くん、星宮くんやい」
「はーい?」
「昨日のお礼です!」
首を傾げなさっておるところに、バッグから取り出したクラフト箱をフォーユー。
大きさは、両手におさまるくらい。
セロファン質の小窓から中をのぞいた星宮くんは、黒目がちの瞳を輝かせる。
「黄、緑、茶、ピンク……おー、カラフルだね!」
「ハニー、グリーンティー、ショコラ、ラズベリー。幸せいっぱい、シフォンケーキ詰め合わせです」
アーモンド風味なんて、ひとクセあるミルクティーを好んでたくらいだ。コーヒーとか、紅茶類が好きなのかも。
だったらお茶うけに! っていうあたしの作戦は、大成功のよう。
「シフォンケーキ好きなんだ。ありがとう」
にこっ!
……おぉっ! なんだ、この安心感は!
「幸ちゃ~んっ!」
と所構わずハグしてこなければ、
「ユキさんユキさんユキさんッ!」
と突進もしてこない。
そうだ、これが普通だ。お友達、イズ、心のオアシス! イェー!
「ソレおいっしいよ。苺花と一緒に選んだとっておきだからね」
「イチカ? あ、黒岩さん! 仲良かったんだ!」
「うふふー」
打ち解けたの、ぶっちゃけ昨日だけど。
いいんだ、楽しくガールズショッピングしたし!
「……嬉しい」
「ん?」
「シフォンケーキ、美味しくいただきますね!」
「おー、どうぞどうぞー」
喜んでくれたみたい。よかったぁ。
単純なあたしは、気づかなかったんだ。
「――ユキちゃんが嬉しいなら、僕も嬉しいんだよ」
鴉羽色の髪をなびかせる春風のごとく、ふわりと現れた笑顔に、まんまと目をくらまされてたってこと。
シフォンケーキもいいですが、り○ろーおじさんのチーズケーキを焼いているところを目の前で見て、感動した作者です。プルンップルンやん……