*1* 甘やかし警報発令中
ピピピピッ、ピピピピッ――……
「……んむむ……」
やかましいアラームを黙らせ、寝ぼけまなこを無理やりこじ開ける。
白い朝陽。カーテンのすきまからのぞく、桃色の花吹雪。
「……ねっむ」
なかば強引に起き上がろうとして、あれ? 身体が動かない?
そしてお待ちになって? 腰に巻きついているものはなにかしら? ウソでしょ、待て待て待て……
恐る恐る首だけでふり返れば、ふわりとかすめる、やわらかい黒髪がありまして。
「……うー……んぅ、あさ…………?」
「せっ……!?」
ふわぁ、とあくびをして、ふにゃあ、とゆるむ頬。
「ユキちゃん、おはよぉ……」
ゆるんだ腕が、あたしを反転させてまた腰に巻きつく。
おかげで睡魔なんぞブッ飛んだわ。
「だから……勝手に入ってくんなって言ってんでしょーが、雪!」
桜咲く春。
どうやら恋人の頭も、お花畑になっているようです。
* * *
「わざとじゃないんですー……」
160センチちょいの小柄で、ベビーフェイスで、声変わりしたのか? ってくらいアルト寄りのテノール。
ひとりじゃお酒も買えなさそうな小動物が、あたしの彼氏、月森雪。
長い耳をシュンと垂らしたウサギが、リビングにて絶賛言い訳中である。
「お夜食作ろっかーって様子見に行ったら、幸ちゃん机で寝てて……風邪引いたらいけない! って、ベッドまで運んだだけで」
「月森さん、ウソの供述はよくないですよ」
「う……寝顔がかわいかったんだもん……ながめてるうちに、ぼくも眠くなってきちゃって……そこから記憶がないです」
「寝ぼけた末キッチリベッドに入るとか、あんたどんだけ行儀いい子なの」
「そう、悪気はなかったの!」
「開き直るな!」
一喝すれば、雪はまたシュンとソファーで縮こまる。
その落ち込みよう、こっちが悪者になったみたいで厄介だわ。
「生活リズムが全然違うんだから、あたしに合わせなくてもいいんだよ?」
「ううん幸ちゃん、ぼくはきみの保護者でもあるんです。気にかけるのは当然のことなのです!」
最終兵器を投入してきやがったな。
保護者の威厳なんてカケラもない雪だが、経済力があるのは事実で。
(まさか雪がねぇ……)
未だ半信半疑なのは、ここだけの話。
「あ! パン焼けてるよ」
「うん」
「コーヒー淹れるね。徹夜明けはブラックだっけ。ヨーグルトは最近アロエがお気に入りだよね」
「えっと」
「今日のお昼、お弁当作ってるから持ってってねぇ~」
面倒見るとは言われたけど……テキパキ準備する雪は、彼氏というか母親だ。
男手ひとつで弟の面倒見てきた実績があるから、もはや手慣れたもの。ってか。
「楓は?」
「あれ? 幸ちゃんが着替えてる間に、起こしに行ったけど……」
「……うわぁああ! 寝すごしたぁあああ!!」
「ウワサをすればなんとやら」
バァンッ!
肩をすくめ終わらないうちに、けたたましい音を響かせてドアが開け放たれた。
毎朝ダメージを受けて、よく壊れないものだと感心する。
「おはようユキさん、雪兄さん!」
「おはようバカ弟子」
「おはようかえくん!」
リビングに特攻してきた縦に長いイケメンは、雪の弟、楓。大学3年生になりたてホヤホヤ20歳だ。
徹夜明けは寝坊で大騒ぎだわ、それ以外も寝ぼけてあたしに抱きついてくるわの、困ったちゃん2号。
前者は単純にうるさい。後者は雪がうるさい。
まったく、この家の連中は、穏やかな朝を知らないのだろうか。
「爽やかスマイルで誤魔化そうって魂胆なんだろうが、寝グセついてるぞ」
「うわっ、マジ!?」
どこどこっ? と焦がしキャラメル色の頭をさわりまくるバカ弟子に、前、と教えてやる甘々師匠ではない。
おおよそ、パソコンとにらめっこしてるうちにテーブルとコンニチハしたんだろう。
寝グセ直しよりも先に、やることがあるんじゃないのか、という冷めた視線を送信。
「……あぁそうだ! 今日提出のレポート、考察まだだった!」
ウソでしょ、受信したよコイツ。
「ユキさんごめん、俺先に行ってるわ!」
「かえくん! ご飯は?」
「行きに買ってく。ありがと兄さん!」
行ってきます! と慌ただしくリビングを出て行く楓。
騒がしい足音、それから玄関ドアの開閉音がして、遅れて静けさがやってくる。
「嵐が去ったか……」
一息つき、ほわほわ湯気が上がるコーヒーを口にする。
とここで、ハッとしたように固まった雪に気づく。
「……ん? どうしたの」
「どうしよう幸ちゃん……かえくん、お弁当忘れてる!」
言われてみれば……たしかにありました。キッチンカウンターのはしっこに。
丹精込めて作ったんだろうお弁当の包みを手に、雪は真っ青だ。
「……おバカ」
左手で眉間のシワを揉みほぐしながら、右手で預かる。
残りのトーストはコーヒーで流し込んで、カバンを肩に。
さーて、行きますかね。
「待って幸ちゃん!」
「む?」
玄関で桜色のスプリングブーツを履いたころ、タタタと駆けてきた雪が腕を伸ばしてくる……って。
ギュッ!
反射的に目をつむった。
けど、実際はサラッと髪を流される感触だけ。
「隠れてたよぉ」
ハッとまぶたを上げれば、雪が手慣れた仕草で、ネックレスチェーンを整えてる。
「見えるとこに、つけててね?」
にっこり笑いかけられて、なんだか肩透かしを食らった気分。
「ああそれと!」
――ちゅっ。
「これで忘れ物、なしっと!」
……まさかのフェイント。
頬にしたのは、せめてもの手加減?
だとしても、まんまと不意をついたやわらかさに、ジワジワ熱がこみ上げてくる。
「朝っぱらから、やめてほしいです……」
「わぁ、失敗したぁ……幸ちゃん学校に行かせたくなくなってきた」
「バカ言ってんじゃないの! 仕事あんでしょ!?」
「あはは、冗談だよぉ。行ってらっしゃい!」
遊ばれてる……なんか悔しいから、フイッと顔を背けて。
「行ってきますっ!」
変なところで律儀になってまぁ。
降水確率は0%。だけど雪の甘やかしすぎ警報は、本日も発令中です。
お越しいただき、ありがとうございます!
おそらく作中一の男前であるヒロイン・幸ちゃんによる、イケメンばかりの逆ハーキャンパスライフストーリーです。
圧倒的ツッコミ不足のラブコメ9割、たまに思い出したようなシリアス1割でお送りいたします。基本幸ちゃんと雪くんがイチャイチャしてます。
「こういうしょうもないラブコメ好きよ」という方、☆評価やブクマ等いただけますと励みになります! ごゆるりとお付き合いくださいませ。
※本作のみでもご覧いただけますが、前作「ユキイロノセカイ」では、幸ちゃんの生い立ちや月森兄弟との出会いを描いています。合わせてご覧いただけますと嬉しいです。お、温度差だけにはご注意を……!




