戦闘で頭を打ったので彼との記憶がなくなりました
最後になくした記憶が何か分かります。
体を強打したせいか動けない。地面に仰向けになったまま私は空を見た。トロールとの戦いになって殴られて飛ばされたところまで覚えている。
「体が動かない。意識はあるけど、あまり記憶がないわ」
「無理もないトロールに殴られて、だいぶ飛ばされた」
髪の長いエルフが私の体に光を当てている。治癒魔法のようだ。
「私はなぜここに?」
「パーティーのメンバーと一緒にセーラルトの村を救いに来たがトロールが出てきて敗走した。今は森の中だ」
リョウに抱えられながら記憶がだいぶ戻ってきた。
「シールドを張ったからモンスターからは隠れて見えない」
魔法使いの女がリョウに言うと見張りのため離れていった。
「アイは突然現れたトロールに切りかかって吹き飛ばされたんだ。アイが突撃しなかったら魔法使いもヒーラーも死んでいただろう」
頭を打って意識が朦朧とする中、金色の髪の青年が剣術学校の後輩だったということを思い出した。リョウは剣術学校の一つ後輩でいつも私の後をついてきた。
このパーティーに所属したのも私がいるから入って来たのだ。
「ごめん。俺がトロールに突っ込めばアイが怪我しなくて済んだのに」
「いいの。怪我くらい。冒険者ギルドにクエストの失敗を連絡して出直しましょう」
ヒーラーのエルフが回復魔法をかけてくれたので体の痛みもなくなっていく。
パーティーのリーダーだった私は冒険者ギルドにクエストの失敗を報告してから、剣術学校の同級生の女子四人とカフェでお茶をした。
「アイ、まだリョウと付き合っていないの?」
「アイのことを追いかけてパーティーにまで入って来たのにリョウがかわいそうだわ」
リョウはドラゴン研究会の後輩で私のことを慕っていたようだった。冒険者になったのもこのパーティーに入ったのも私に気があるからだと同級生達は言った。
ドラゴン研究会は私が三年のころに部員数が最大になった。それには理由がある。
三年生の女子には清楚なお嬢様タイプのサクラ、胸の大きなお姉さまタイプのリサと、ロリータタイプのメガネっ子のアミ、活発でボーイッシュなタイプのヒトミ、そして活発な体育会系女子の私の五人がいたので男子部員が増えた。
たいていの男子は五人のうちの誰かに告白するのだが、後輩の中で背が高く端正な顔立ちをしていたリョウは女性経験もないらしく誰にも告白をしなかった。
「誰もリョウのことを手をつけないなら私が付き合うわよ」
女子のロッカールームで清楚なお嬢様タイプのサクラが他の四人に宣言してリョウと付き合うことになった。
街の路地に半屋外のテラスのあるカフェでお茶をしようとサクラがリョウを誘った。
「私はアールグレイの紅茶にするけどリョウは何にする?」
「それと同じのを飲むよ」
「アールグレイの香りが好きなのよね。リョウは紅茶は飲む?」
「家では紅茶は飲まないよ」
(レモンティが好きとか、ミルクティーが好きとか、会話が繋がるものと思ったが紅茶の話はわずか数秒で途切れた)
「リョウは本とか読むの?」
「いや、あまり読まない」
「私は冒険ものが好きなの。ライトノベルはよく読む?」
「ライトノベルのことは聞いたことはあるけど良く知らないんだ」
(僕はこんなことが好きとか付け加えてくれれば話がつながるんだけどなぁ)
三ヵ月ほどしてサクラはリョウと別れた。
「会話が続かないのよね。ずっと私を見つめているだけで、何も話題を振らないの」
サクラが不満そうな顔をして頬杖をついた。
「でもカフェに誘うと一緒に来るのでしょう?」
お姉さんタイプのリサが不思議そうな顔をして聞いてくる。
「すごく嬉しそうな顔をするけど。会話を楽しもうとはしないのよ。相手が読んでいる本の内容とか気にならないのかしら」
「そうねぇ。相手の好きなことがわかれば話題ができるのにね」
「会話が膨らまなくて辛いわ」
ロッカールームでサクラが言うとアミがなぜ? と言う顔をした。
「会話ならあなたが誘導してあげればいいじゃない。男子はおしゃべりになれていないんだよ。きっと」
「それだけじゃないの。彼、キスが下手なのよね」
「それならさ、サクラが誘導してあげればいいんじゃね」
ボーイッシュなヒトミがつっこみをいれた。
「私から誘導するなんて出来ないわ」
清楚系のお嬢様タイプのサクラが困惑した顔をした。
「サクラがいらないなら、リョウのこと私が誘惑しちゃおうかな」
胸の大きなお姉さまタイプのリサがリョウの彼女になると立候補した。
リサは積極的だった。昼休みに剣術学校の裏山にある公園のにリョウを誘い出すとベンチに座って一緒に弁当を食べた。
「料理が上手なんだね」
「美味しかった? 喜んでくれると嬉しいわ」
「おなかが一杯になるとなんだか眠くなっちゃうよ」
「それなら、私のひざ枕で寝てみない」
リサがそう言って膝の上にハンカチを敷くとリョウの頭を膝の上に乗せた。リョウの目には青空に雲が浮かんでいるのが見えた。
その雲がリサの顔で隠れて顔に覆いかぶさる。
リサの体に抱きつくでもなく、リョウの手はリサの体に抱きつく寸前で止まっていた。
(何もしないのね。つまんないわ)
ドラゴン研究会の女子のロッカールームで報告会が始まる。
「そこまでして抱きついても来ないなんて不思議ね。時間の流れに逆らう男だわ」
「恥ずかしかったのかしらね」
「続きをしないなんて男としてどうなの?」
「お酒でも飲みに行ったらどうなの?」
「リョウはお酒ものすごく弱いらしいよ」
剣術学校のドラゴン研究会と魔術学校の魔術研究会の部員たちで集まって合同のコンパが行われた。
魔術研究会には同じパーティーにいる魔法使いとエルフの二人がいたので、男子が多い剣術学校との交流会をセッティングしたのだ。
酒に酔ったリョウは公園でいっしょに弁当を食べたお姉さまタイプのリサと間違えてボーイッシュなヒトミに絡んだ。
「ねえ。この前の続きをしよう」
リョウがヒトミに酔って抱きつこうとした。
「この前の続きだって? 誰と間違えてんだ!」
ボーイッシュなヒトミは格闘技を子供の頃からしていた。抱きつこうとしたリョウの腕を掴んで背負い投げすると床にたたきつける。
失神したリョウに気のある魔法学校のヒーラーの女子数人が治癒魔法をかけていた。
(他の学校の女子にはもてるのね)
次の日にリョウが女子のロッカールームに謝りに来た。扉を開けるなり土下座をして私と間違えて、ロリータタイプの甘えん坊のアミの前にひれ伏した。
リョウはアミの目を見ずに謝った。
「酒に酔ったみたいで昨日の記憶が一切ないんだ。ごめん。本当にごめん」
「ヒトミにこの前の続きをしようと言ったみたいだけど、なんの続きのこと?」
「ヒトミ? え? その あの」
アミが慈愛に満ちた顔でリョウを見つめる。
「何の続きかは分かんないけれど、私に謝らなくていいよ」
潤んだアミの瞳に吸い込まれてリョウがキスをする。アミはキスされながらリョウの目をじっと見るとリョウが慌てて離れた。
「ごめん。謝りに来たつもりが、つい体が勝手に!」
リョウは慌てて立ちあがると女子のロッカールームから走って出ていった。
「えーっ! つまんないのっ」
小悪魔の顔をしたアミがリョウが出ていったドアを見つめた。
ドラゴン研究会のロッカールームではリョウがアミにも手を出したことで、リョウは誰でもよいのではないかという話になった。
「そもそもリョウはアイが好きだったのではないの?」
「サクラと付き合ってリサと公園でデートして、飲み会でヒトミにちょっかいを出して、ロッカールームでアミにキスして逃げるんだから、私の他の全員が好きなんでしょ」
「リョウはアイのことを追いかけてパーティーに入ったんだよね。たぶん私にキスしたのは気の迷いだよ」
「そうよ、私が公園でリョウにキスしたとき抱きつこうとして途中でやめたもの。自分と闘っていたんだわ。きっと」
ドラゴン研究会のお姉さんたちは憎めないリョウのことを寛大に見守ろうという話になった。なんだかんだ言ってリョウのことがみんな好きだった。
「みんなのリョウにしようよ」
アミが提案すると全員が頷いた。
冒険者ギルドにいくとセーラルトの村の救出クエストがまだ貼り出されている。
「もう一度チャレンジしようか?」
前回のクエストで一緒だった魔法使いとヒーラーを見ると彼女たちは頷いた。
リョウが少し間を置いて頷く。
「今度は俺が先に攻めていくから。アイは中間に位置してくれないか」
「私が先頭になったほうが良いと思うけど、分かったよ」
セーラルトの村にいくとモンスターに村人が捕まっている。大分村人が減っているようだった。
リョウと私がモンスター達を剣で倒していきながら、後衛の魔法使いが魔法攻撃で遠くのモンスターを駆逐していく。
モンスター達がほとんどいなくなると巨大なトロールが家の陰から出てきた。
(思い出した。あの時と一緒だ)
巨大なトロールに向かってリョウが走りこんでいこうとしている。
(リョウがやられてしまう。だめ。リョウが死んだら、私は生きていられない)
リョウは自分が先に戦うと言ったけれど、私の体は勝手に動いていた。
魔法使いの爆撃魔法が10mはある大きなモンスターの体に打撃を加える。リョウと同時にトロールに走りこんでいく。
「アイ! 俺に任せろ!」
リョウの言葉を無視して、トロールに走り込んで剣を叩きつける。想像以上に硬く、跳ね返されたが頭に少し傷をつけた。
リョウが飛び上がると頭の傷のついた箇所に的確に打撃を加える。トロールの頭が砕けてうつぶせに倒れた。
「クエストクリアだ!」
魔法使いが飛び上がって喜んだ。ヒーラーのエルフが私に近づいてきて転んだ時についた傷を治癒魔法で癒した。
リョウは嬉しそうな顔をしていなかった。
「どうして先にトロールに攻めていった! 俺が先に行くと言ったじゃないか」
「だって、リョウ。私は」
「だってなんだよ。この前みたいになったらどうするんだ」
クエストをクリアしたのに怒るリョウに魔法使いもヒーラーのエルフも黙っている。
「なによ! クエストクリアしたからいいじゃない」
「よくないよ! アイが怪我したらダメなんだ」
「私のことを好きでもないくせに! 心配なんかしないで!」
「アイのことが好きだから、だから心配するんじゃないか」
「嘘つき! 私はみんな知っているのよ」
「みんなって?」
「ドラゴン研究会の三年生の女子全員と付き合ってるじゃない」
「全員って? 三年生はアイしかいないよ」
「え? サクラやリサやヒトミやアミがいるでしょ」
「そんな人はいないよ。アイ」
「アイ。リョウの言う通りよ。剣術学校のドラゴン研究会の三年生にはあなたしかいないわ」
リョウが涙を流しながら私を抱きしめてきた。
「まだ、頭が治りきっていなかったんだね。だから、アイはいつもカフェで誰かと話していたんだ。一人で誰かと話をしていたから、おかしいと思っていたんだ」
同級生はいなかった? リョウと付き合っていたのはだれだろう。
「嘘よ。サクラは喫茶店でリョウとデートしたって言ってたし、リサは公園で一緒に弁当を食べたって、それにアミはロッカールームでキスされたのよ。ヒトミに酔って抱きついたのだって、二人も見ていたじゃない!」
魔法使いとエルフもリョウが酔った現場にいた。目撃していた二人とも首を横に振った。
「リョウが酔って抱きついたのはあなたよ」
ヒーラーのエルフが真顔で言う。
「喫茶店にいっしょにいたのも、公園で弁当を食べたのも、ロッカールームで土下座したのもアイとの思い出じゃないか!」
リョウとの思い出は前のトロールとの戦いで頭を打ったときに消えたのだ。
私はリョウの腕の中で泣いた。
「ごめんね。記憶がないの。この間の戦闘で頭を打ったみたい」
エルフのヒーラーが光る手を頭にかざすとリョウとの思い出が蘇ってくる。すべて私との思い出だった。その他にもリョウとの思い出はたくさんあった。
四人の同級生なんかいなかった。すべて私だったのだ。
「リョウとの思い出を忘れてごめん」
「いいんだ。俺が強くなって君の思い出を守るから」
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