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一の件(3)

それはそれとして、今は他人をはした金に替えて遊び歩くどこぞの若旦那をどうするか決めなければならない。


「凛はどうしたい?」

「あたしはどうやら売られずに済みそうだから別に構わないけど……もう売られちまったって子たちのことが気になるね」


となると、左右輔たちに任せっぱなしで、手出しをしないで黙っているわけにもいかない。

この件はもう、幻三郎の事件でもあるのだ。

「その子らがどうしてるのかを調べよう。左右輔が手早くこなしちまうだろうが、しないよりマシだ」

「ひょっとして左右輔が自分だけでいろんな厄介事に首を突っ込んでると思ってるの? 幻ちゃん」

「違うのか」


「あいつは自分でできることとできないことをちゃんとわかってる。たとえば剣術やっとうなんかはからっきしで、だから口だけで勝負してるんだってさ。だからってんじゃないけど──幻ちゃんには幻ちゃんのできることがあるんだとあたしは思うよ、うん」


「じゃあ……やっぱり剣術やっとうこそ己の出番ってことだな」

と、凛は言いたいのだろう。

似合いもしないことをしようとしないで、どっしり構えていろと言うことだ。


左右輔が悪党どもに向ける謀略の邪悪さは幻三郎も良く知っている。

だがもし、あの若旦那が、左右輔の考えを上回る邪悪さを秘めているとしたら?

千に一つでも、口車や人脈よりも剣がものを言う場面があるなら、幻三郎がくみすべきところはそこにほかなるまい。


「凛ちゃーん、今度こそ上手く行ったか~い?」

などと言いつつあっけらかんと左右輔が『しゃもじ』を尋ねて来た今のような時などでは決してないのだ。


「……うん」

なんて言って頬を紅に染め上げて頷く凛をあえて無視して、「やいコラ左右輔、てめぇーこの野郎っ」

と、半ばやけっぱちの幻三郎が無二の悪友に詰め寄る。


「おおっと、暴力反対──幻三のダンナはああでもしなきゃ、テコだって動かせやしねぇんだから。礼のひとつ言ってもらいてぇもんだよな。それに、幸秀屋こうしゅうやの若旦那が女の子を売り物にしてる件はマジのマジなんだからさ」


「……もう調べがついてたか。御上おかみより手が早ぇえのァどういうわけでぇ、ったく……」

「ダンナの兄貴たちと他の何十人かは例外としても、幸秀屋こうしゅうやからの賄賂まいないを当て込んでる役人が多いみたいだからねぇ。一早矢に頼んで色々しっちゃかめっちゃかにしてもらった方が早いかも知れねぇな」


「じゃあ、お得意の一芝居かよ?」

「そうなるねぇ」

凛が気を利かせて供した杯をくいっと傾け、蓮見左右輔が笑みを深める。

何かまた邪悪な計画を思いついた(あるいは既に実行中)のだろう。そういう時の表情だ。


「さる貴人が取引に来るってぇ出鱈目デタラメをな、あの若旦那に吹き込んであるんだョ。ダンナの都合のいい日でいい、なってみねぇかい?」

「その、さる貴人ってのにかよ? 己がか? この頭で?」

「笠でも何でも被りゃバレねぇよ。衣装もおいらが仕立ててやるし。はっきり言うが、凛ちゃんに好い所見せる好機だぜぇ?」


「まじめに言ってる……んだろうなぁ……。はぁぁもー、分かったよ! わざわざ俺の得意が活きるような筋書きにしてくれたんだろうよ、お節介焼きめが!」

「何べんも言うがョ、ダンナぁ──役人どもが真面目に取り合おうともしない件なんだゾ、これ。真面目だろうが滑稽芝居に仕立てようが結果を出さなきゃあ。おいら達で若旦那を懲らしめなきゃあいけねぇんじゃねぇかよ? それとも役人どもを飛び越して、土梯のお殿様のお手を煩わせる気かい?」


「ちっ……分かったっての、うるせぇなぁ。さっさと手筈を教えやがれ」

「よーっし決まりだぁ。凛ちゃん、ちょっとご亭主を借りてくぜ!」


勢い込んだ左右輔が幻三郎の武骨な手を捕まえ、引きずるようにして『しゃもじ』を去る。

幻三郎はといえば、真っ赤になってうつ向いたままの凛を励ます言葉を一言ふた言ほど叫ぶので手一杯だった。


こうだと決めたらあらゆる力が身体の底から沸き上がるなんて話を今の今まで信じちゃいなかったが──自分が本格的に巻き添えになって初めて、蓮見左右輔という男のことをもっと知っておくのだったと激しく後悔する幻三郎であった。


彼の得意の場面は本当に巡って来るのだろうか?

2021/12/22更新。

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