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第14話 テストが終わって、君と

チャイムが鳴る。

「はい、終了ー!シャーペン置いて」

担任の声が響くと同時に、魔法のようにクラスの緊張感が溶けた。

「はぁー!」「ふぅー!」とため息のような声があちこちから漏れる。結花は大きく伸びをして、真衣をちらりと見た。満足そうな表情。よかった、テスト上手くいったみたい。

結花自身も、少しは前より手応えがあった、気がする。


全ての教科のテストが終わった。

「結果はともかくとして、この開放感、いいよね!」と皆が思っているらしい。浮かれている雰囲気。誰かが窓を開けた。朝から小雨だったのが曇りになり、今は光が差してきている。

ドラマみたい、と結花は思った。梅雨の湿気に皆の焦りが混じっていた重い空気が一掃される。

なんでも上手くいくような気がした。


お昼過ぎには帰宅出来る、それがテスト期間のいいところ。しかも最終日とあってはテンション爆上がりなワケで。「終わってよかったねー」と話をしている時に、

「駅前のクレープ屋寄っていかない!?」

詩織が目を爛々《らんらん》と輝かせながら誘ってきたのも致し方ないところだった。


うーん、クレープ……行きたい、でも。

今帰ったら、家には誰もいないはず。光は保育園、母と俊樹は仕事。静かに部屋でごろごろすることをなんとなくここ数日妄想していた。「静かに」というところがポイント高い。レア度で行ったら放課後暇があったら寄れるクレープ屋さんより上だ。

迷ってると沙紀が「ごめん、テスト終わったら買いたい本があったんだ。本屋行って直帰するわー」と断る。


「えー真衣は?」

詩織が普通に話しかけるので結花はどきっとする。真衣はもうバッグを肩にかけ、教室を出ようとしていた。塾にはまだ早いでしょ、どうするんだろと思っていると

「職員室寄るから、バイバイ」

笑顔で詩織と沙紀に手を振る。その流れで目が合った。真衣の少し笑顔がこわばる。すぐ廊下に姿が消えた。


しょうがない、しょうがないけども。

この一喜一憂、恋みたいだと最近思い始めた。それも、振られっぱなしだ。

私は仲直りしたいけど、真衣はどうなんだろう。

詩織と沙紀の前では普通にしててくれるから、絶交したい、なんてことはないだろうけど。


「えーん、真衣っちにも振られちゃったよぉどうしようクレープ」

泣く真似をする詩織。さっきから左右にふらふらしている。

「詩織大丈夫?なんか顔色悪くない?」

「えー大丈夫だよぉちょっと睡眠不足なだけで」

「何時に寝たの?」

もう帰ろうとしていた沙紀が怪訝けげんそうな顔で座り直す。

「えーっと、よじ?」

咄嗟とっさに反応できず頭の中で変換する。

よじ。4時。午前4時。

結花が前に光から起こされたときより早い。瞬間、沙紀が素早いツッコミを入れていた。

「寝なよ!」

「帰って寝なよ!」結花も続く。

「やめてよーなんか芸人トリオのツッコミみたいじゃんー2時間しか寝てないくらいで大げさなぁ」

へらへら笑ってるけど目がうつろだ。

「ダメだこいつ」

「早く何とかしないと」

「とりあえずクレープはまた今度にしなよ」

「大丈夫だって言ってんのにぃ~」

沙紀と2人で、「帰るよ!」と言いながら不満げな詩織を引きずって教室を出た。


靴箱まで行くにつれて、詩織の体が重くなっていく。

「真っ直ぐ歩いてよー」

「あー引っ張られてるの楽ー」

「今朝からちょっとテンションおかしいなと思ってたんだよね」と沙紀がぼやく。

「詩織ー頑張れー駅までは起きててー」

「今更ながらに眠くなってきたわー」

「おいここで寝んな」

沙紀のちょっとドスのきいたツッコミはこわいものがあるけど、詩織はやっぱりふにゃふにゃしている。靴を履け履け、と言われてのろのろと履いている。


推しのライブのために詩織は睡眠時間削ってまで頑張ったんだろう。推しがいるって、ちょっとうらやましい。寝不足はやだけど。

さて駅まで送り届けたらコンビニスイーツでも買って自室で優雅なひとときを……。


なんて一瞬妄想していたら、急に声をかけられた。

「瀬戸さん、ちょっといいかな」

「へ?」

松崎君だ。頭が妄想の世界に行っていたから反応が遅れた。詩織が結花にもたれかかっているのを見て彼の細い目がわずかに大きくなる。

「あ……取り込み中かな」

「えと……」

結花は靴を持って履こうとしていた。どうしよう。接点もない彼が、なんの用事なんだか検討もつかないし。


ところがそれまでナマケモノのようにウダウダしていた詩織が急にシャキッ!として「起きた!」と大きな声をあげた。

「起きたー!もうしっかり目ェ覚めたわ!駅まで行けるわダイジョーブ!そんなわけで松崎君、結花をお貸ししますよー」

「えっちょっ」

「いいよいいよ、私が連れていくから」

沙紀にも言われ、シッシッと追い払われるように「はよ行け」と手を振られた。

扱いが雑じゃないか、と思ったけど2人はやたらニヤニヤしながら校舎を出ていく。

「ごゆっくり~ぐふふ」

気持ちの悪い声ともに手を振って、詩織は何度も振り返って行った。しっかり歩いている。むしろ弾んでいる。なんなんだ。

「お待たせ。で、何かな?」

結花はようやく彼の方を振り返った。



ベッドに横になり、天井を見つめ、さっきまでの出来事を反芻はんすうする。

真衣にLINEをする、2人で会う約束をしたい。

それだけのことなのに、ケータイの画面を開くと新しく登録された「松崎始まつざきはじめ」が目に飛び込んできて「ぎゃっ」と叫んだついでにケータイを取り落としてしまった。そして気づく。


あれほど楽しみにしていたコンビニスイーツ買ってくるの忘れた。帰りに寄ればスムーズに買えたのに私のバカ。

それもこれも、あんなことがあったから……。

思い返す、松崎君の顔。真っ直ぐ結花を見つめる目。

また顔が赤くなるのが自分でもわかった。どうしたらいいんだ、この気持ち。

「あーもお!」

足をジタバタさせてから反動をつけて立ち上がり、制服の上にパーカーを羽織り、またベッドでゴロゴロするかもしれないと思ってパーカーを脱ぎ、制服もハンガーにかけてTシャツとジーンズに着替える。そろそろ夏物も買い替えたい。去年の服は丈が短く感じられる。身長が伸びたのかな。そうだといいけど。

――松崎君、近くで見るとホント背が高かったな。私と身長差けっこうあるんじゃ。

「いやいやいやいや!!」

手をブンブンと振る。1人なのに大きな声を出してしまった。


玄関に降りて、左右違う靴を履いて履き直し、家の鍵を閉めて、今朝は車で通勤したらしい俊樹のチャリを借りようとして鍵を間違えているのに気づいて、また家の鍵を開ける。足が焦ってドアが開き切る前に額をぶつけた。

「いったー!」

誰にも見られていないことを確認し玄関に入った結花はそのまましゃがみこんだ。

「なにやってんですか結花さんもおおお……」

自分で自分にツッコむ。頬に手を当てると顔が赤い。

「松崎君め……」

つぶやいてみる。彼は悪くないけど、こんなにあたふたしてしまうのは、間違いなく彼のせいだ。



あの後。

靴箱前は他にも生徒がいたので「ここじゃなんだから」と体育館との間の渡り廊下まで移動した。校舎沿いに植えられた紫陽花が午前中の雨で艶やかだ。

テスト期間で部活は禁止だけど、まだ浮かれた生徒が少し残っているらしい。辺りに人気はないものの、離れた教室から笑い声が聞こえた。


さて。結花は考えた。

松崎君になにか呼び出されるようなことあったかな……同じクラスってだけで、あまり話したこともなかった気がするけど。

「話って何?」

自分で言っておいて(どっかで聞いたようなセリフだな)と思い、結花は気がついた。

――これって、少女漫画とかで、呼び出された人が発するセリフだ。シチュエーションだって、人気のない学校の渡り廊下とか、完全にそれっぽい。


ということは、まさか。

急にドキドキし始める。

真正面に立つ松崎君は、嘘のようにその「まさか」の言動を取り始めた。

「あのさ、瀬戸さんのこと前々から気になってて……好きなんだ、と思う」

「えっ」

思考フリーズ。ほんとのほんとの、ほんとに?

「付き合ってほしい。最初は友達からでもいいから」

「……な、なんで?」

今度は松崎君が「えっ」と言う番だった。

「私、ものすごい美人でもないし、そんな取り柄もないし……」

家族に振り回されてる、と思ったけど実際は愛されてるし幸せな環境にいた、そのことに最近気づくくらいの鈍感な奴だし、松崎君みたいに自信満々に自分の気持ちを言えるほど人間できてない。親友と思ってた子とも傷つけて傷ついて……喧嘩中だ。

――なんて、そんなこと、言えないけど。


「俺、瀬戸さんのことは……その、か、可愛いと思ってるよ」

まっすぐな目を見ていられなくて、視線を落としていたので、彼の握った拳がわずかに震えているのに気がついた。そんな可愛くないよ、と否定するのも違う気がした。彼は、勇気を持って私に告白してくれているんだ。こんな私のこと、好きだと言ってくれている。

結花は顔を上げた。


「ありがとう。……あの、正直あんまり話したことないから、なんて返事したらいいか」

あなたのことあまり知らなくて、という言葉を飲み込んだ。それは失礼な気がした。


家族と友達のこと、進路のこと。今の結花には考えることがありすぎる。正直キャパオーバーだ。

でもどの悩みも、彼の想いを断る理由にはならない。そしてそれ以上に、「好きだ」と言ってもらえて嬉しかった。困惑でも嫌悪でもなく。


自分自身が感じたその気持ちに、正直に向き合おう。


「ホントに友達からでいいなら……よろしくお願いします」

「マジで!!?」

ぱっ!と目に見えて松崎君の顔が明るくなった。


あれ、大人しい男子と思ってたけど、こんな顔するんだ。

「やった!すっげー嬉しい!ありがとう!!」

にっこりと笑う。

なぜだかそのとき詩織の推しのアイドルのキメの笑顔を思い浮かべ、しかもそのとき以上にハートを撃ち抜かれたような気がした。


――あれ、これ一目惚れじゃないよね?いやいや、俊樹さんじゃあるまいし、「好き」って言われたから動揺してるだけだって。そうだよね私……私?私今何考えてるの?自分で自分が分からないんだけどとりあえず顔があついよ。


「LINE交換してもいいかな」と言われてふわふわした頭でケータイを出す。

「よろしくね」

「……ヨロシクオネガイシマス」

「はは、なんで敬語」

緊張していたのだろう、OKの返事をしてから松崎君はずっとご機嫌だ。

週末連絡する、と言われて別れた。



思い返しているうちに、コンビニのデザートコーナー前。お目当てのマンゴージュレが載ったミルクゼリーをレジに持っていく。


テスト終わったら、真衣と仲直りする。

そんなことを決意してたのに、その前に。

彼氏……いやまだ友達か、男友達?ができてしまった。沙紀たちに宣言したのが出鼻をくじかれたみたいだ。松崎君が邪魔したわけではない、というのはもちろんわかってる。


しかし「テスト終わったら」と同じ時期に決意を決めていたあたり気が合うのかしら。いや、私の方は詩織からアドバイスもらって決めたんだっけ……。


結局まだ真衣に連絡もできていない。早くしたいんだけどこんな浮かれた気持ちでなんて文面送ったらいいかわからない。ちょっと、もうちょっと落ち着いてから。


雨雲はどこへやら、今は夏らしい入道雲が青い空にえている。うっすら汗をかきながら家へと自転車のペダルを漕いだ。


明日は沙紀の家に遊びに行く約束をしている。

冷静沈着な沙紀に、話を聞いてもらおうかな。そう思った。

読んでくださりありがとうございます!

ポイントいただけたら、すごく嬉しいです!

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