6-54 懐かしい味
辺り一面が暗く光が届かない空間にシーターは居た。彼女は川底に寝そべりプカプカと浮かんでは沈む事を繰り返す。ここは彼女の夢の中。浮かんでいる彼女はふと横を振り向いた。
そこには光り輝く幼き日の幸せな思い出。何も知らず、何にも囚われず夢へ真っ直ぐだったあの頃。目を背けたくなるほど眩しい時の頃だ。
そして、反対に妖しく煌めく学園へ来たばかりの記憶。両親の反対を押し切り不安と希望を抱いた学園は絶望が蔓延する酷い場所だった。
あぁ、今直ぐ両親に謝りたい。夢から醒めた現実は両親の言った通りだった。こんなに辛い思いをするならオレは魔法学園へ行くべきでは無かった。
こんな馬鹿で身勝手な娘だけどもう一度だけで良いから無性に会いたいと思った時、身体が水面へ引き上げられるのを感じた。
ーーー
ーー
ー
「う……うぅ……ここ、は……?」
見慣れない天井だった。肌に感じるシーツは学生寮にある自分のモノとは比べ物にならないほど肌触りが良くシーターはこの場所が何処なのか? 何故ここにいるのか? 記憶を確かめていた。
「目覚めたか」
「……!? おまっ……!? 何でオレの部屋にっ……!?」
耳元に聞こえたフィデリオの声にハッとするとシーターは混濁する記憶から自身の部屋にいる事にとても驚き警戒を強めた。
「良く見るの。ここは学園寮じゃ無いの」
「っ!?」
フィデリオの側にはミルクもいた事で混濁した記憶が段々と晴れて行く。そうだ。自分は目の前の女に不意打ちビンタをくらい気絶したのだ。
そう思うとシーターはフィデリオ達が自分自身を家に連れて行った考えられる理由を想像して、その警戒心から何が何でも抗ってやると一矢報いる為にベットから飛び起きた。
「落ち着け。ここは俺の拠点にしている家だ。寮長へは門番経由で外泊届けを出しているから大人しく今日は泊まっておけ」
「っ!? っざけん……!?」
フィデリオへ殴り掛かろうとしたシーターだったが疲労気味の体調不良により膝から力が抜けてフィデリオに抱き支えられる。
「おっと、だから言わんこっちゃない。まだ疲労が抜け切ってないんだ。無理はするなよ」
「そうなの! 着替えさせた時に気が付いたらけどお肌や髪の毛があちこちボロボロだったの!」
「!? 何勝手なっ……!! お前、まさかっ……!?」
言われてみればとシーターは自身の格好を気が付いた。普段は動き易いパンツスタイルの格好なのに今はヒラヒラのスカート型のワンピースを着用していた。
そして、目の前の男が自身の知らない内にこの着替えに関わっていると気が付き最悪の想定を想像しただけで頭が沸騰しそうになった。
「安心しろ。お前の着替えはここに居るミルクと俺の妹分がやった。その服はテキトーに古着屋で買って来たモノだから欲しけりゃ持って帰れば良い」
「えぇーっ!? 良いなー! シーターちゃんだけズルいの!! 私にも今度買って欲しいの!!」
「じゃあ、今度ドリーと買い物へ行く時にミルも着いて来いよ」
「えぇ……?? それは流石にドリーちゃんに怒られるの……」
「大丈夫だ。寧ろ未婚の貴族令嬢が休日に流民の異性と2人っきりで買い物をする方が大問題だ。それにドリーも仲の良いミルがいた方が気が楽だし俺も助かる。だから頼む。一緒に来てくれ」
「むぅ……。その代わり、お代は全部リオ持ちなのが条件なの!」
「ウシッ! 交渉成立な! っとそんな変な顔してどうした?」
目の前で起こっている友人同士の会話にシーターはそれまで感じていた怒りや悲しみ、恥ずかしさなどの悪い感情が抜けてちょっと呆れていた。
さっきまでは自身の裸を目の前の男に見られたと思い怒りが湧いたが、ミルクとの会話に毒気が抜かれたのだ。
そして、同時にコイツは嘘はついていないと言う自身の直感的な獣人種の女の勘が働いて怒るのも馬鹿らしくなった。
「あっ……いや、別に……。何でも無ぇよ……」
「それよりもその服はどうだ? テキトーに選んだ物だけど中々似合っているじゃんか」
「なっ……!? に、似合う訳無えだろ……!? オ、オレみたいな男女にこんな服っ……!?」
「そうか? 可愛いと思ったんだけどな……。まぁ、女性でも格好良い系の服が好きな人もいるからそう言うもんか……」
フィデリオ的には自身の美的センスから彼女に似合う服を選んだつもりだった。実際に着て貰ってみると前の様子とは違い、年頃の女の子な感じで何処となく初恋だったクレイトンを思い出した。
彼女とシーターはまるで似た気もしない。クレイトンの方が女性らしさが強いのに何と無くシーターが彼女に似ていた気がした。
自分でも女々しいとは思う。一世一代の告白をして彼女との価値観の違いに振られてしまい今でもその思いを引きずっているんだと内心では呆れた。
「……なんで、ここまでするんだ?」
「ここまでするって?」
「……惚けんな。オレはこの前の交流会の時にお前等に凄え迷惑を掛けた……。冷静になって自分を客観視してもあり得ねえ位にみっともない恥を晒した自覚はある……」
「まぁ、そうだな……。教団の襲撃が俺達を狙ったモノではない偶然だけど、お前等にも余計な被害が出たからそれの罪悪感じゃ納得しないか……?」
「する訳無えだろ……。少なくともアレはお前にとっても予想外だったんだろ? それにお前やあのお嬢様はその後オレ達を救ってくれた。
あのバケモノ姉妹の言い分やさっきの発言からして元々お前等を狙って行った凶行じゃ無えって言うのは頭の悪ぃオレでも流石に分かる。
だが、それを差し引いてもオレ等の掛けた迷惑は有り余るモノだった筈だ……! そんな相手に何でここまでやるんだっ……!! 答えろっ……!!」
フィデリオの胸ぐらを掴みシーターは後悔のあまり涙を流しながら怒りや困惑の感情をぶつけた。ミルクはその鬼気迫る勢いに呑まれていたがリオは穏やかな表情で彼女の手を握った。
「さて、どうしてだろうな……?」
「ふざけっ……!?」
グゥ〜〜ッと大きな腹の声が鳴る。シーターは自身の腹の音を聞いてしまいカァーッと顔が真っ赤になる。止めたいと思うほどなってしまう腹の音に彼女は死にたくなった。
「腹減ってんだろ? ボチボチ夕飯の時間だ。話の続きは夕飯食ってからにしよう」
「オレは飯なんてっ……! っ!?」
「良いから、来るんだ」
駄々を捏ねるシーターの手を握りそのまま部屋を出て夕食を用意しているダイニングへ向かった。流石のシーターもその強引さに言葉と抵抗の意思を失い沈黙したまま付いて行った。
「やっと来たね。待ちくたびれたよ」
「今、温め直しますわ! 少々お待ちになっていて下さいわ!」
「2人ともありがとう。よろしく頼むよ」
各々が席へ座りクリル達が用意して温め直している夕食が運ばれるのをジッと待った。その間、シーターは俯き黙り込む。
そして、温め直された夕飯がテーブルに並べられた。鼻腔をくすぐる旨みの暴力に沈黙した空間には自然と空腹のベルが鳴り響く。
食事を一口食べる。素朴ながら懐かしく感じるその美味しさに自然と頬が緩む。しかし、それでもシーターは食事に手を付けない。
二口目を口に運ぶ。俺も食べ盛りなのか身体がもっと寄越せと訴えているのが伝わる。しかし、それでもシーターは食事に付けずジッと見つめていた。
三口目からは少し行儀が悪いが食事を駆け込む様に未だ流し込む。クリルからは行儀が悪いと注意され、上品に食べるシャルルはそれを見て微笑んだ。
言葉は要らない。普段の何気ないこの団欒とした空気感が俺は好きだった。ミルクもその雰囲気に当てられ自然と頬が緩み食事を進める。
しかし、シーターはまだ食事を口にしていない。数日振りに感じる空腹感。口から唾液が零れ落ちそうな程の飢餓感を感じた。
そして、気が付けば身体は無意識にスプーンへ手を伸ばしていた。戸惑う気持ちと食べたい欲求が鬩ぎ合い彼女の欲求が少し上回った。
スプーンで掬った黄色いコーンスープを一口飲み干す。こんな屋敷みたいな場所に住んでいる癖に味は普通で特別美味過ぎる訳ではない。
しかし、二口三口と腕はスープを掬っては口に運んでを繰り返す。その勢いは段々と加速し続けた。その味は懐かしく母の温もりを感じた。
それに気が付くとシーターは目から涙が溢れその勢いは止まらなかった。嗚咽しながらも下品に行儀が悪く食事を駆け込む。
古着屋で買った可愛い服は彼女の食事と鼻水で汚れたが当の本人はそれに気が付く余裕が無く貪る様に食事を進めた。




