6-18 強制魅了の恐怖
入学式は俺達が身構るよりもスムーズに進み、何事も無く終えてエリザベートの別宅へ帰宅した。
そして、今日あった異常事態について話し合う為に、ローズ達や訓練中のルピス達。
また、訓練監督者として一人と武芸者として訓練に参加中のユルグとロダン。その二人が見ているクリルとシャルロッテを加えた全員を召集した。
どう言う原理かは知らないが、原作主人公の他者を魅了する臭いは、入学式が始まると同時に薄れていった。
最初は俺達の魅了耐性が上がったからだと思ったが、薄れていく過程で徐々に魅了された人々の表情が戻って行くのを確認した。
戻った後、ルカ達同様に混乱が起きると思いきや何事も無かった様に式が進行した。
そして、入学式が終わる頃には臭いは全く感じられ無い。また、魅了された学生達も、自身が魅了された事実に気が付いている様子は無かった。
その光景は俺達にとって現実味が無く、それを実現したであろう彼女に対して、言い表せない恐怖と不気味さを感じた。
帰宅後、俺はルカとファーラの二人を休ませる事にした。二人は大丈夫だと言っているが、その表情は強張っており無意識なのか時折震えているからだ。
「リ、リオッ……!」
「そのっ……!」
「二人とも、今日は無理すんな。しっかり休めよ?」
俺は二人の肩を抱くと優しく微笑んだ。初めて魅了された時の心を犯された感覚は並外れたモノだった。だから、一人の経験者として二人の感覚は普通だと暗に伝えた。
「……リオは、その……」
「平気、なの……? エリザベートさんも、そうだけど……アレを受けて、何とも無いの……?」
「おう! 不意打ち過ぎて一瞬、意識が飛びそうになったけど耐えられたよ」
「えぇ。私も何とか平気だったわ」
「……どうして、っすか……?」
ヘラヘラと笑う俺達をここに居る全ての人達が、信じられない様な表情で絶句する。
もしかしたら、俺達二人は既に感覚が壊れているのかも知れない。それでも、消えそうな声で質問するルカへ思い当たる節を伝えた。
「……多分、転生者達だからって言うのもあるけど、俺もエリーさんも、あの邪神の魅了を受けたからだと思う……。多分それぐらいしか思い当たる事が無いな……」
「そうね……。私は、リオの記憶を追体験する形だったけど、魂魄強姦に比べたらまだ耐えられる範囲だったわ……」
「だから、二人には落ち度は無いさ。それに、あの強烈な魅了を一度受けたんだから、魅了耐性も上がっている筈だ。俺もさっき確認したらかなり上がっていた。
転生を自覚して、この魅了耐性が発現したあの日から、どうやっても上がらなかった魅了耐性……。腹立つけど、きっとこの時の為にあったんだと思うよ。腹立つけど……」
「ふふっ。確かに、腹立つわね」
俺とエリザベートが談笑していると、ルカとファーラは酷く落ち込んでいた。
「ん? 二人とも、本当に大丈夫か……?」
「……その、やっぱり、大丈夫じゃないっす……」
「リオ……エリザベートさん……二人ともごめんね……」
突然泣き出す二人に、俺達は動揺を隠せない。
「な、何で謝るんだよ……?」
「わ、私に聞かれてもっ……!?」
俺とエリザベートはお互いを見てオロオロとして、どうして二人が泣き出したのか分からず取り敢えず慰めた。
「……僕達は、リオ達の話を、本当の意味で理解出来ていなかったっす……」
「っ!? あぁ〜〜、そう言う事か……」
ルカの発言で状況が飲み込めた。しかし、それは同時に仕方ない事だと思った。
俺だっていきなりあんな話をされたら、全て理解出来るかは怪しいところだ。
だからあの時を含めた俺は、異世界転生話を受け入れてくれた事に感謝してもルカ達を責める気にはならなかった。
「でも、それは仕方ないわよ?」
「だな! って言いたいんだけど、やっぱり納得は出来そうに無さそうか?」
「うん……。私達も、リオ達の話を信じていなかった訳じゃ無いのよ……」
「だけど……あまりにも規模が大きくて、突拍子も付かなくて……その時が来れば、その時に理解出来ると、半ば理解を放棄していたっす……」
「でも、あの時……私達が魅了を受けた時、リオ達の苦悩の一端を理解させられたわ。頭では無く、心が、本能が理解したわ。リオは、二人は、怖く無いのかしら……?」
「自分が、自分じゃ無くなった……まるで、"僕が違う僕へ書き換えられた"様な……。あんな感覚、生まれて初めてだったっす……」
ルカやファーラの恐怖に心を折られた様な、誰かに縋り付きたい様な表情に普段の彼等を知る人達が絶句する。
しかし、俺達転生者組は彼等の感覚的表現にストンッと納得させられ、彼等の繊細な感覚に感心した。
「人格が上書きされた感覚、ね……」
「そう言う表現もあるのね……。言い得て妙とは、この事を言うのかも知れないわね」
「だな……。それで、二人の質問の答えだけど、無茶苦茶恐ぇよ……。二人の為に意地で何とも無い風に振る舞っているけど、正直俺は邪神と対峙した時を彷彿させられた……」
「私も、よ……。今は、リオやみんなが居るから、何とか心を保っているけど……あの時、まるで自分の原作呪縛が変わっていないのだと、突き付けられた気分だったわ……」
「その恐怖は、人として当たり前の感情だ。それは、お前達だけしか感じないモノじゃ無い。だから、気にしないで今日は休めって。友人としての願いだ。聞いてくれよ?」
「……っす」
「……うん」
未だ恐怖している表情は変わらないが、それでも最初に比べて身体の震えが落ち着いている様に見えた。
「ギル、ローズ、今日は二人に付いてやってくれ。頼むよ」
同性同士ならきっと心の捌け口になるだろうと思い、酒とツマミでも買える様に金貨数枚を渡した。
「……分かりました。それと……」
「ファーラも言っていたけど……ボク達も、リオ達の話を信じ切れていなかった……」
「面目無い限りです……」
「気にすんなって。二人も、今後エリーさんの護衛をすると思うけど、何か異変があれば直ぐに言えよ?」
「うん、そうするよ……」
「了解です……」
ギルとローズは俺からお金を受け取るとルカとファーラを連れてエリザベートの屋敷から出て行った。




