6-8 脅迫と強迫
体調良くなったと思っていたら、
普通に悪化していた…
マジ残念…
土下座の様な姿勢で泣きながら懇願するクリル。彼の格好は、ほとんど裸に近い。
それもその筈だった。ここは、男娼専門の風俗店も兼ねた性行奴隷販売店。彼の様な華奢で、女の子にも見える肉付きをした少年や青年が、主に同性と行為を致す店だ。
クリルの話によれば、彼は男娼としてはまだ未経験らしい。彼を奴隷へと嵌めた貴族達の計らいによって、まだ犯されてはいない。
だが、それも貴族達の気分次第で、如何様にも変わる立場でしかない。それを分かっているからこそ、クリルはフィデリオへ縋り付く勢いで懇願した。
この店に来て数週間。クリルは、恥辱と恐怖で心が壊れそうだった。店に来る者達に欲情の視線を浴びせられ、通り行く者達には侮蔑の視線を浴びせられた。
望んでこの立場になった訳ではない。そう何度も訴えたが、自身を嵌めた貴族と店主はグルだったらしく、状況は悪化する一方だった。
もう諦めてしまって、心を閉ざした方が楽になれると思っていた矢先、この地獄に手を差し伸べてくれそうな救世主が現れた。
もう二度と来ないであろうチャンスをクリルは、是が非でも掴みたかった。年下で、弟の様な友達だった近所の子。もう十年近く付き合いが無い、最早他人に近い自身との関係性。
心優しかった年下の友達相手に、自身の経緯を情で訴えた事はとても心苦しかった。卑怯でも良い。蔑まれても良い。笑われても良いから、助けて欲しいとクリルは懇願した。
「……クリル君、頭を上げてよ」
俺は、彼から感じられた悲壮感や怒り、苦しみが複雑に絡み込んだ懇願を見てられなかった。
そして、同時に彼をここまで貶めた奴等へ、兄貴分を失った時の様な濁った激情が腹の底から湧き上がった。
「リオ君……?」
「君の事情は分かった。俺の方こそ、無神経に君を揶揄ってごめん」
「……信じて、くれるの? 僕が、嘘をついているかも知れないのに……?」
「逆に聞くけど、さっきの話は作り話なの?」
「っ!? 違うっ!! 僕はやっていない!!」
「じゃあ、信じるよ」
「っ!? ど、どうしてっ……? 確かめる術なんて無いのにっ……!」
「君の目だよ」
「ぼ、僕の……?」
「そうだよ。目は口ほどにモノを言うのさ。君の目には、俺を騙そうとか言うモノが無かった。だから、信じれる。君の気持ちが痛いほど伝わったから、俺は君を信じたいと思ったんだ」
「っ!? ありがとうっ……!!」
「うん。これから、よろしくね!」
一粒の涙と共に笑う彼の顔を見て、懐かしくなった。勘違いから生まれた感情だけど、彼の笑みはとても綺麗で似合っていて、俺が惚れたその表情だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「店主殿、彼を買いたいので手続きをお願いします」
「お客様、この奴隷は金貨3000枚ですが、既に予約が入っておりまして……」
一見すると心優しそうな中年の店主は、申し訳なさそうな表情でフィデリオの言葉を断った。
「おっと、そうでしたか……。それなら、店主殿、自分は用事を思い出したのですが、少し迷子になってしまってね」
「はぁ、それは大変ですね……」
店主はフィデリオの言葉を聞いて、"コイツ何言ってんだ?,, と言う困惑と苛立つ表情を見せる。
話の前後がまるで合っていない。他の客の迷惑にならない様に迅速な対応を考えていたら、目の前の少年が取り出した紹介状を見て思考が止まる。
「ここに、グロウズ殿を呼んで来て欲しい。今日は、彼の紹介でこの区画へ足を運んでいるのだが、彼から何かあれば連絡を寄越して欲しいと紹介状を渡されてね。
所属商人に紹介状を見せれば、直ぐに対応してくれるって話だから、勿論対応してくれる、よな?」
「っ!? こ、これは、区画統括長のっ……!?」
目の前で憎たらしい笑みを浮かべたフィデリオとその手に持つグロウズの紹介状。一瞬、背筋が凍る様な嫌な予感が頭をよぎる。
「あぁ、グロウズ殿は、所有奴隷の統括長をしていたのですか……。何分、今日知り合ったので存じ上げていませんでした。いや〜こりゃ失敬、失敬。
それよりも、早く対応をお願いしても?」
「お客様、それには及びません。区画統括長はとてもお忙しい方ですので、お客様のご案内は店の者が行いますよ」
店主の男は、統括長が今日初めて会った少年へ直接紹介状を与えた事に目を見開く。そして、少年が掲げる紹介状をジッと見つめた。
店主には、それが統括長の紹介状なのかまだ判断出来ない。それっぽくは見えるが、統括長の名前はある程度の情報屋で情報を買えるし、何よりもその書状を確認すれば少年の行為がハッタリだと判断出来る。
しかし、店主はフィデリオから書状を預かるよりも先に案内を優先した。
それは、彼にとって紹介状の真偽は関係無かったからだ。自身のやっている行為が法に違反した事だと自覚し、騒ぎを起こされたく無いと判断した為だった。
だから、騒ぎが起こる前に目の前の少年には、今すぐお帰り頂くのが最善策と判断した。
「それは有難いのですが、グロウズ殿に聞きたい事もあるので、ここへ呼んで来て下さい」
「そ、それは、どんなご用件で……?」
「そうですね……彼、クリルがここに居る経緯を知りました。自分に彼の話が嘘か真か確かめる術はありませんが、真なら国営奴隷商会の経営理念から逸脱していると思います。
だから、グロウズ殿へ俺の目の前でその真相を確かめて欲しいと言うお願いですね。よろしいですか?」
「お客様は、そこの奴隷の言う事なんて信じておられるのですか……!? これは、私達への侮辱に他なりません! 第一、国営奴隷商会で商売する以上、不正などあり得ない!!」
店主は、語気を強める様に言い放ち、鬼の形相で少年を睨みつけた。普通にこの年齢の少年なら、これだけで手を引くと思っていた。
しかし、目の前の少年には、何も反応が無くただ淡々と不気味過ぎる笑みを浮かべて話を続けた。
「ええ、だから確かめたいのです。それに、彼は自分の古い友人です。子供の頃、一緒に遊んでくれた友達です。だから、彼の性根や言い分を信じます。
それに、自分の前で確かめるくらい、別に良いではありませんか? 彼の話が偽りなら、賠償として彼の購入額の倍額を支払いましょう。
それなら、商会としても文句はないですよね? それとも、探られて痛い腹でもありましたか?」
「……この奴隷を予約した方は、フーリス男爵様にございます。これがどう言う意味か、おわかり頂けますね?」
「ふむ、権力ですか。生憎と自分の本業は冒険者です。冒険者の性質上、流民である代わりに国や貴族などの権力に従う義務や道理がないのは、そちらもご存じですよね?」
「ぐっ……!?」
店主は、フィデリオの言い分に奥歯を噛み締め、呻く様な唸り声で此方を睨み付けた。
流民とは、本来の意味であれば、奴隷と大差ない他国を放浪する身分である。貴族や王族の命令は遵守であり、場合によっては平民にすら従わなければならない地位だ。
何故なら、国へ反旗を翻したら、何をされるか分からないからだ。だからこそ、実質的な奴隷の様な身分なんだ。
しかし、冒険者はそうでは無い。冒険者ギルドと言う古くから存在する巨大組織が、流民と言う地位を保証している。
その為、平民と同じ立場どころか、個人の強さが加算される事が非常に多い。その結果、理性的な国であれば、高位冒険者へ敵対する事はない。
何故なら、彼等は一個人で自分達の戦力とタメを張る事も少なくないからだ。それどころか、仲良くすれば高額納税者となり、下手な貴族よりも経済を潤してくれる存在になる。
国や貴族が敵対するメリットが無いのだ。それを踏まえて、目の前の店主は、フィデリオを高位冒険者では無いのかと疑っていた。
クリルの購入額である金貨3,000枚を即金で支払えるどころか、彼の冤罪を調べる為にその倍額すら用意出来る財力と交渉力。
それに、もし仮にそれがハッタリだったとしても、目の前の少年がするには信じたく無いほどの胆力と、それを気付かさ無い演技力は常軌を逸している。
そう言う意味では、フィデリオが身分を偽り、異国の貴族の可能性もあり、話を無視出来る領域を超えていた。だから、睨む事しか出来なかった。
「まぁ、グロウズ殿を呼んで来て貰うだけなら、店主殿だけでは無く、他の商人殿もいますし、そちらに頼む事にしましょう。それでも、本当に良いですね?」
「……何が望みですか?」
万事休す。もう後がないと悟った店主は、絞り出す様な声でフィデリオへ望みを聞いた。
「最初に言いました。彼を正規の手段と値段で購入したいと。それが出来れば、自分はグロウズ殿へ用事はありませんし、自分達のさっきの会話は無かった事にします」
「……分かりました」
店主は、長年付き合いのあるフーリス男爵との関係性崩壊と破滅の回避を天秤に掛け、後者を選んだ。
もし、フィデリオがグロウズを呼んでしまえば、余罪も相まって死刑は免れないと悟ったからだ。
「……契約成立です。これで、この奴隷は貴方のモノです」
「ええ、良い買い物でした。もう二度と会う事も無いですが、その時は是非お手柔らかにお願いします」
「……貴族に逆らった事、後悔しますよ?」
「ハッ、後悔なんてしねぇよ。それと、事前に言っとくが、もし彼や俺の周りに手ェ出してみろ。地獄すら生温い煉獄へ叩き落としてやるからよ」
その瞬間、一瞬だが俺は全魔力を解放する。店主は、魔力こそ感じ取る事は出来なかったが、目の前の少年から放たれた存在感に恐怖心を植え付けられた。
そして、俺がクリルをおんぶしてその場を去った後、失禁している事に気が付かないまま、店の奥へ逃げ込んだ。




