5-35 ジュピター商会
ここは、魔法公国の中でも、特に商業が栄えている街:ギューフ。ガラスバード商会本部を筆頭に、数多くの商会や商人達で賑わいを見せている。
そんな商売で栄えた街の陰には、公国でも有数の無法地帯と呼ばれている[ギューフの裏通り]と言う闇市場が存在する。
そこでは、裏組織の縄張り争いや非合法な薬と人買いなどが、毎日の様に行われている。本来なら、公国が舵を切って粛清すべき事態であるが、それが成された事は一度も無い。
何故なら、魔法公国は、五大国家の中でも学術国家の面が強くあり、魔法の禁書やそれに準ずる情報を得る為に、あえて見逃して来た歴史があるからだ。
そうして、近年、この事を重く見た現国王が粛清する姿勢を見せる頃には、裏組織に多くの弱みを握られ手遅れ状態のまま今に至って居る。
さらに、頭の痛い話であるが、ギューフの裏通りを利用して居る客層には、各国の貴族や豪商などが多くいる。そして、裏組織の護衛はGランクの元冒険者と言う高位実力者がいて、下手に手が出せなかった。
そんな裏通りに、独りの男が歩いていた。
その男は、フード付きの外套で顔を隠して居る。背丈は小柄で、フード越しから分かる尖った耳から、裏稼業の人攫い達はレア物の妖精種だと感付き、狙いを定め始めた。
「(クックック……。妖精種とは珍しい……! 魔法公国じゃあ、半妖精でも、四半妖精でも高値が付く……! 何の用があって、こんな場所に来たか分からねぇが、間抜けな奴め……!)」
人攫い達が我先にとフードの男を襲い出す。
彼等にとっては、日常茶飯事の光景。彼等の頭には、妖精種を売り飛ばした後のお金しか無い。
しかし、彼等はこの後、後悔する事になる。そして、知るのだ。高位冒険者が、高位冒険者と呼ばれる所以を。
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所変わって此処は、ギューフの裏通りでも更に入り組んだ場所。闇市場でお金を稼ぐ闇商人達でも、迂闊に近寄れない特別区画。
そこでは、この闇市場の利権を握って居る裏組織が、日々抗争や貴族相手に裏取引などを行っている場所である。
そして、此処はそんな三大裏組織の一つであるジュピター商会の縄張りであり、商会長クローディアの室内であった。
「クローディア様、こちらを」
「ご苦労。君はもう下がって良いよ」
「はっ!」
若々しく見目麗しいクローディアが、報告書を挙げた商会員へ微笑むと、若い商会員は顔を赤らめて退室した。
「ムッホッホ! クローディア様、お疲れのご様子。ここは一つ、私とお茶でもいかがですかな?」
「っ!? 毎度の事だが、気配を消して近付かないでくれ! ビックリするから!」
「ムホホッ!! これは、これは、申し訳ない。ムッホッホ」
「もうっ! でも、良いわ。ケビン、お茶をお願い」
[ケビン]と呼ばれた執事の格好をする初老の男性は、貯蔵の腕輪からティーセットを用意する。そして、そのまま二人で紅茶を楽しんでいた。
「それで、クローディア様……少し前に取引をした貴族の件は、どうでしたかな?」
「あぁ〜アレね。現在調査中よ」
「調査中? 珍しい事もあるんですね……。私は彼等が、どんな風に、あの合成獣に喰われたのかを想像するだけで……!!
身体が熱って、熱って……! イキそうです……!! クローディア様、今晩一緒に如何ですかな……!!」
ケビンは、恍惚の笑みを浮かべると、ズボンの上からでも判断出来るほどに隆起した逸物は、まるで射精した様にドクドクと脈打っていた。
彼の本名は、ケビナス・マックローネ。
魔法公国でも有名な快楽殺人犯であり、世界中に指名手配されて居る賞金首だ。
彼は何処かの執事家系の出身者らしいが、とっくの昔に勘当されたのか、一部経歴に不明な部分があった。
しかし、それを踏まえても余りある執事技能は、多くの富豪達の心に刺さり、"是非当家の執事へ,,と懇願される腕前だった。
だが、数年前、とある貴族に仕えていた時、同僚の侍女を殺した事が明るみになり、自身の性癖と共にこれまでの罪も発覚した。
彼の性癖は、若い女性や少年達を暴行、強姦した後に少しずつ身体を解体す。そして、解体した身体の一部を魔物に食べさせて、それを一緒に見ながら一連の行動を繰り返す事で、更なる性的興奮を感じジワジワ殺す事だ。
その侍女は、その貴族の妾の子であった。その為、その貴族当主が保有して居る騎士達の手で、彼を捕縛あるいは殺害しようとした。
しかし、彼は逆に、その騎士達を返り討ちにして逃亡。その騎士達の中には、公国有数の実力者であったHランク迷宮踏破者も居た。
その為、彼は解体屋執事と言う二つ名と共に、世界中に指名手配された。
「はぁ……。貴方のその性癖、どうにかしてよね……。まぁ、良いわ。私も、最近ご無沙汰ですし、突きあってあげるわ。感謝しなさい」
「ムホホ! またまた〜。聞きましたぞ? 一昨日の夜に若い衆を相手に、朝まで乱れた、と」
「アレはつまみ食いよ? アンなんじゃ、全然満たされないわ。貴方なら、私を満足させてくれるのかしら?」
「ムッホッホ!! ご期待にお応えしましょう!!」
ケビナスとクローディアの付き合いは、約三年弱と裏社会のトップとその護衛としては短い。
しかし、ケビナスは、クローディアの事をとても信頼して居る。待遇と上司が良く、その上司は自身の性癖に寛容で、壊し甲斐のある玩具まで定期的にくれる。
それでいて、彼女との性の貪り合いは、衝動とは別の渇きを満たしてくれる。例え、それが自身を道具にする為であっても、ケビナスには如何でもよかった。
「……所で、下が何やら騒がしい様ですね……」
「えぇ〜? また敵襲? 今度は何処?」
「いえ、これは……。っ!? クローディア様!?」
気怠げで、幼なげな態度の彼女を見て微笑む。しかし、その瞬間、彼の本能が緊急警報を鳴らし、迫り来る扉から彼女を守った。
「……お前が、クローディアか?」
扉が有った場所には、黒いフードを被った男が居た。その身に纏う雰囲気は、裏社会の住人に相応しく、暗くドロっと、まるでねっとりとした空気を漂わていた。




