3-98 デート
ある程度の回法実習訓練をした後、俺はベルボ修道士を同伴して実際に回法を使った治療を行った。神殿内部にある、治療室でほぼ毎日、3〜5人の治療を行った。
治療は、基本的に午前中のみ行い、午後は移動が困難な方に向けた急患者の訪問治療を行った。また、その際に、俺が未成年かつ神殿所属で無いという事もあり、身バレ対策として、聖装騎士団で使っているフード付きの外套と、仮面を付けて治療に回った。
回法の金額は、ヒール1回に付き金貨3枚・3,000Rとなっている。俺のヒールは、前世の一般常識程度の医療知識と、ベルボ修道士から貰った医療教材のお陰で、粗悪品以上、普通以下のポーションと同等の回復量を誇っていた。
ポーションは、粗悪品でも最低3,000R、普通品質でも5,000Rする。その為に回法の治療費は、そこまで高過ぎる値段では無い。大体、普通のポーション1本だと骨折の完治とは行かなくても、骨の罅程度を完治させる事が出来る。
ベルボ修道士曰く、俺の力量は半人前である為、十分に実務経験を積んで良いと判断されての事だった。また、この事を仲間であるラート達に伝えた所、急遽下層探索を中止して回法の実務に集中するように頼まれた。
理由は簡単だ。俺と言う、ポーション以外の回復手段が手に入ったからだ。更に言えば、別に焦る必要もない為、俺が回法を行なっている間に、みんなはギルズやアルガー達の修業を手伝っていた。
今日は、ベルボ修道士から回法を教えて貰い3週間が経った鳥の月・26日・ニンタイの日。俺は、臨時休暇で暇していたタペストリーのクレイトンとアルガーを連れて、王都から少し離れた場所へ出掛けていた。
「うわぁ……!! 王都の外って、こんな感じなんだ……!!」
幼い少女の様に、キョロキョロと辺りを見渡すクレイトンは、笑いながら草原を駆け回る。
「ねぇ! ねぇ! リオって冒険者として、色々な所へ行った事があるの?」
「いや、そこまで多くの場所は行かないよ? 最近は、獣魔ギルドの依頼で、隣街に行く途中の村へ行った位だよ。
俺は将来、強くなりながら世界中を旅して回りたいから、今は予行練習を兼ねて、外の依頼を重点的にやっているんだよ」
「他国か……行ってみたいな〜なんて……」
「俺がIランク迷宮を踏破して、独り立ちしたら、隣街にでも連れて行こうか? 早々滅多な奴には、負けない自信があるし、クレイが良ければだけど……」
彼女の憧れる表情を見て、俺は魔法公国へ引っ越したアミラの話をふと思い出した。
前世と違い、気軽に他国へ、旅行が出来る世の中では無い。冗談ぽく呟いた彼女に、俺は迷惑だと思われる事を恐れながら彼女を誘った。
「ほんとっ!? うん! その時はよろしくね!」
「って言うか……あれ? もしかして、クレイは王都から出たことがない?」
喜んだ彼女の笑顔を見て、ホッと一息つくもさっきまでの会話の違和感を彼女に指摘した。
「えっ? あ、うん! あはは……実はそうなんだ。ほら、父さんって過保護じゃない? だから、危険が多い場所へ、連れて行ってもらった事が無いんだよね……」
恥ずかしそうに、嬉しそうに照れていたクレイだったが、彼女の顔には少し陰りと寂しさが表れていた。
「えっ? 意外だな……っと言うか、リゴンパイで使っている、特殊な蜂蜜の仕入れとかで行かないの? 確か、アレって……王都から離れた街で仕入れているんだよね?」
「うん、そうだよ。でも、基本的には冒険者の父さんと姉さん、姉さんの旦那さんの3人で行っているから、私の出番って無いんだよね……」
「ええっと……クレイのお義父さんがアレクサンダーさんで、お義姉さんがフロリアンさん……その旦那さんが豚人族のエッケハルトさん、で合っているっけ?」
偶に接客でいるフロリアンを除くと、彼女の父であるアレクサンダーは、冒険者活動が忙しいのかあまり見掛けない。彼女の夫であるエッケハルトは、過去に数回見掛けただけで、話したことすら無かった。
「よく覚えているわね。正解よ。ハル義兄さんの実家が運営する養蜂場で、リゴンパイに使う特殊な蜂蜜を作っているわ。ハル義兄さんとリアン姉さんは、その実家の方で一緒にお店を開くって言っていたわ。
前々からお店の開店資金の貯蓄と、タペストリーの調理工程を覚える為の修業は済んだみたいだわ。私の成人と同時に、ハル義兄さんの実家に行く予定って言っていたわ」
「そう言えば……クレイって、いつ成人するの?」
「私? 私は、猪の月・25日・ユウキの日だよ。私、結構遅生まれなんだ。リオは誕生日、いつだっけ?」
「俺は、竜の月・5日・ドウギの日だから、もう結構前だよ。
(それにしても、あと2ヶ月ちょっとか……。誕生日の贈り物……何を贈ったら良いのかな……? メルルちゃん達に相談しなくにゃ……!
それと、いつ彼女に告白した方が、良いかも考えた方が良いかな……!! そろそろ、Iランク迷宮も踏破出来そうだし、考えた方が良いか! ああ〜今から緊張してきた……!!)」
クレイに顔を背けて、1人年甲斐もなく顔を赤らめて照れる顔を見られたく無かった。前世と合わせると精神年齢は60年近くになるが、幾つになっても恥ずかしい事は恥ずかしかった。
俺の前世では、孫も居なければ子供も居ない独身だった。その為、もしかしたら俺の精神が異常なのかも知れないが、彼女を孫の様に感じる事は一切無かった。
「(第一、自分の子供や孫が居なかったのに、成人直前、または成人した人を孫の様に見る方が、異常だと思うんだ……。
前世のラノベや二次創作で、確かそんな主人公が結構居た様な気がするけど……実際に体験すると、まるで理解出来ないな……)」
「うふふ……そっか……リオが冒険者になって、もう直ぐ6ヶ月になるのね……」
(あの時、弟分だと思っていたリオも……男の子、なのよね……って!? 違うわ!? 何考えているのよ! 私は!? リオは私の年下の弟分!
いや、でも……暴漢に襲われた時のリオ……普段と違って、大人びていたわ……)
「クレイ?」
俺が思考の海から出ると、何か思い詰めた様子で百面相をするクレイが居たため、心配になり声を掛ける。
「な、何っ!?」
「あ、いや? 何か思い詰めていたから、暴漢時の事を思い出していたのかと思ってさ……。クレイ、心配しなくても大丈夫だよ?
クレイに難癖付けて暴れた奴等は、騎士団と冒険者ギルドの2大組織が、しっかりと処分してくれたから、もうクレイが襲われる事は無いよ」
「っ?!」
"ボンッ!"と爆発した様に赤くなり、頭から湯気が出るクレイトンは固まる。
俺は俺で、自分には似合わない事をしていると自覚しつつ、恥ずかしさで彼女を直視出来なかった。それでも、伝えたい言葉があった。だから、勇気を振り絞って彼女の手を握り締め、彼女を見た。
「それに、もし次が合ったとしても、その時は俺がクレイを守るよ。俺も強くなっているんだ。あの程度の奴等なんか、数の内にも入らないし、ね? だから、安心して良いんだからね?」
「あ、え、あう……?! う、うん。ありがとう、ね?」
「おう!って、あ……」
彼女の照れる可愛い笑顔が見れた。それだけで、俺の心は満足だった。しかし、緊張が途切れたと同時に俺の腹から"グゥ〜〜ッ!!"と大きな空腹音が鳴り響いた。
「ぷっ! うふふ! も〜リオ! 折角カッコよかったのに、最後ので台無しよ! でも、貴方らしいわ。お昼、食べましょ?」
「〜〜っ?! 成長期なんだから、仕方ないだろ! アル! 飯だから、起きて!」
今度は、俺が爆発した様に顔を赤らめて、頭から湯気が立ち上るほど恥ずかしかった。全身からは汗が吹き出し、正直言って走り去りたいほど、この場所から逃げたかった。
《グルルッ?》
「リオ、後でで良いから、アルちゃん? を触らせて!」
「はぁー。それは良いけど、アルが嫌がったらそれで終わりだからな? まあ、アルは大人しいから、そうそう滅多に嫌がる事も無いと思うけど、一応ね」
俺の気持ちも知らない彼女は、地面で寝転がるアルガーの可愛さに夢中だった。アルガーの可愛さは認めるが、好きな女の子に釘付けなアルガーに、少しばかり嫉妬を覚えた。
「分かったわ! 最初に見た時は少し怖かったけど、喉を鳴らしながら寝ている姿が可愛い! それに、毛並みもフワフワしていて触りたい!」
「はいはい。でも、それはご飯の後でな」
昼食のデザートに食べたリゴンパイが、いつも以上に甘酸っぱく感じたのは、きっと気のせいだと思いながら、穏やかな時間を楽しんだ。
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