3-90 魔法公国
「ただいまー。メルシェ叔母さん達連れて来たよー」
帰宅と同時に玄関で両親に呼びかけると、2人はリビングから出てきて挨拶した。その表情は、やっと来たかと言わんばかりに少し嬉しそうだった。
「おう、お帰り。メルシェもマルチェロも、他の奴等も上がると良い。大人数では狭いが歓迎するぞ」
「おう! 兄貴、おひさー! アーシャさんも久しぶりー!」
叔母メルシェは、父アモンと母アーシャに軽く挨拶をすると、まるで実家に帰った様にそのまま1人、リビングへ向かう。
「うふふ。メルシェさんは、いつも元気そうで嬉しいわ。ゆっくりして行って頂戴」
「お義兄さん、お義姉さん、お邪魔します。物件の話、フィデリオ君から聞きました。ありがとうございます」
「まあ、奴の事だから……急遽決まった感じとかだろ? お前等良く耐えられるな……怒って良いんだぞ? 奴の人望が厚いのか、お前等が我慢強いのか……どっちなんだろうな……。
どっちにしろだ。妹がいつも、迷惑掛けている。奴に付き合ってくれて、ありがとうな」
叔父マルチェロは、メルシェとは対照的に両親へ必至に頭を下げて謝っている。そんな叔父を見た父は、見慣れているのか叔父の肩をポンッと叩いて慰めた。
「ふおぉぉーーっ!? 兄貴! この熊、何っ!? 可愛い!! 私、欲しい!!」
《グルガァッ!!》
突如、リビングからアルガーの戸惑いと悲鳴が聞こえる。急いで駆け付けるとそこには、小柄熊のアルガーを羽交締めにして、抱きしめる叔母と嫌そうに暴れるアルガーが居た。
アルガーは、メルシェを殺す気で割と本気で暴れている。しかし、メルシェにはその仕草すら可愛らしく見えて、まるで大きなぬいぐるみを与えられた少女の様に、目をキラキラと輝かせている。
そんな姿を見たアルガーは、メルシェに対して悪い気持ちは無かった。だが、自身の腹に顔を埋めて持ち帰ろうとするメルシェが、単純に怖くて暴れていたのだ。それでも、全く通じずどうしようもない現実に、遂には俺達へ涙目で助けを求めていた。
「その子は、リオが契約している魔物だ! 勝手に持っていこうとすんな!! 撫でて良いから、妊婦なんだから大人しく座ってろ!」
「フィデリオ君、私の妻が本当に申し訳ない……」
「あはは……癖が強いっすね……」
父は頭を抱えて、母は大爆笑、叔父はずっと謝り続けて、仲間達は見慣れた光景に苦笑する。当の本人は、そんな空気なんて知った事かと言わんばかりに、アルガーを撫でる事に集中している。
撫でられているアルガーは、まるでレイプされた人の様に諦観と悲哀に満ち溢れた目で俺を見る。そんなアルガーの視線に耐えられず俺は、そっと顔を背けた。有体に言えば、この空間が混沌の渦に呑まれていた。
「改めて、お義兄さん、お久しぶりです。お義姉さん、初めまして。私は、メルシェの夫のマルチェロと申します。私達だけで無く、仲間達の物件の話をありがとうございました」
「うふふ。マルチェロさん、初めまして。アモンの妻でフィデリオの母のアーシャです。夫から話は聞いていますわ。何でも幼馴染だとか……。
それに、物件は私達からのご懐妊祝いだと思って頂ければ大丈夫ですよ。1軒も3軒も大差無いので、よろしければ受け取って下さい下さい」
「助かります……!」
本当に苦労が絶えないのだと、涙を拭いて感謝する叔父を見て俺は思った。ガチ泣きしている叔父に、父はそっと肩を撫でて頷き、叔父の仲間達は自分を振り回す憎めないリーダーに苦笑いしていた。
そんな事は知った事かと言わんばかりに、アルガーを撫でている叔母と仲間の女性は、アルガーの柔らかい毛並みに、癒されながら話をした。
「ヘェ〜。フィデリオ君、長いからリオ君で良いね! 母ちゃんも言っていたし。いいよね?」
「あ、はい。俺もそっちの方が慣れているので、それで良いよ」
「なら、リオ君は本当に多才だよね! 近接戦闘や魔法、支援、魔物使いって幅が広い。それも10歳って事は将来性もあるし、どう? 私達と一緒に来ない?
君なら、直ぐに強くなれると思うよ? それに、君が来てくれたら、アルちゃんも付いてくるし万々歳じゃん」
「あはは……嬉しい提案だけど、お断りします。Iランク迷宮を踏破したら、幼馴染達と作った一団を解散して、新しい仲間と一団を作る約束しているんだ。
自分から誘っておいて、その人達を裏切るなんて俺には出来ないよ。後、アルガーは俺のなんであげないよ。勘弁して」
「アハハハ! 冗談だよ。甥っ子の大切な家族を取らないよ」
本当かどうかはこの言葉だけでは、判断が出来なかった。何故なら、ずっとメルシェはアルガーを狙っている狩人の目をしているから。
「すいません。ありがとうございます」
「も〜っ。私が虐めている見たいじゃん。それじゃ、お詫びに質問に答えてあげるよ。何が聞きたい?」
頬を膨らませてムッとしている叔母は、本当に成人しているのか怪しくなるくらい、少女らしくて幼く見えた。年齢は10歳以上離れている筈なのに、姉がいればこんな感じだったとふと思った。
「それなら、メルシェ叔母さんは、魔法公国フロセルドで冒険者活動をしていたって聞いたよ。どんな国だったの?」
「ああ……あそこの事? う〜ん……そうだね……一言で言えば学術国家かな?」
「学術国家……? つまり、学問が発展してある国……って感じで良い?」
「そうそう! そんな感じ! 迷宮王国が、迷宮が沢山あって発展している国家なら、魔法公国は、魔法学園を中心に様々な学問で発展している国家なんだよ」
「魔法学園……そう言えば、キース爺ちゃんが昔そこで揉めたって言っていたような、言わなかったような……」
「キース爺ちゃん? ああ、アーシャさんのお父さんね! まあ、無理もないんじゃ無い? 魔法学園の魔法研究なんて、私達の様に世界に発表していないだけで、秘匿している内容を研究している事が多いからね。
後、魔法学園は各国の貴族の寄付によって成り立っているから、貴族を疎かに出来ないんだよね。だから、キースさんみたいな風に研究出来ていないから、それも見ていて苛つくんじゃ無い?」
"なるほど"と心の中で感心した。
祖父キースは、魔法の事については、生粋の研究者で探求者だ。また、高位冒険者でもあり魔法の天才でもある為、活動資金や研究材料の調達まで自己完結している。
対して、魔法学園の研究者達は、各国や貴族の寄付によって活動資金や研究材料などを調達している。その為に、場合によっては研究内容も国から指示される事もあるそうだ。
だからこそ、祖父はそんな研究者達を不憫に思いつつ、自由に研究をしようとしない魔法学園を嫌悪しているのだろう。さらに、研究内容も場合によっては祖父が既にやった事について、研究しているからさらに苛つくのも無理は無かった。
「そっか……。あ、そう言えば魔法学園って平民でも入学出来たりするんですか? それとも、完全にお金持ち専用学園?」
「なに〜? 入学したいの? 学べる事、多く無いから無駄だと思うよ? それに、人脈作りなら普通に依頼をした方が、効率的だし」
「あ、いや……入学する気は無いけど、単純な疑問で深い意味は無いかな。だって、今の環境以上に学べる環境は、無いって断言出来るし」
高位冒険者の両親や祖父達、鍛冶屋と薬師を営み祖父や両親に頼られる祖母達がいる。そんな彼等と幼い頃からずっと、夢に向けて努力して来た。
そして、俺に負けるかと喰らいつきながら切磋琢磨出来る幼馴染達や、共に冒険する為に強くなってくれる仲間達がいる環境は、とても恵まれていた。
だからこそ、学校へ入学する魅力は感じられなかった。そもそも学校は、前世でもあったが就職する為の選択肢の1つでしか無い。俺自身は冒険者として活動する為、国に就職する気はないから、入学する欲求は皆無だった。
「一応、学科試験や面接有りだけど、平民も入学出来るって話よ。って言うか、毎年貴族の4〜5倍の人数が入学して学費が無料って話だし」
「学費が無料……。なんか、裏がありそう……」
学費無料と言う言葉が、とても甘美な言葉だと怪しんだ。前世からの価値観である"無料より高い物は無い"と言う所から、俺は叔母へ懐疑的な視線を向けた。
「いや、無いよ。まあ、強いて言えば軍事演習の時に貴族が平民を指揮して演習したり、卒業後に各国の魔法軍人になる事が条件だったりがあるって話だよ。
でも、大抵の平民は、国に就職する為に学園に行くから願ったり叶ったりだし、貴族に覚えて貰えば貴族私団に雇われる事もあるそうだよ」
「へぇーそうなんだ……。それにしても、メルシェ叔母さんって、何でそんなに詳しいの? 有名な話?」
叔母から話を聞いていく中で、ふと叔母が何故これだけ魔法学園について詳しいのか気になった。両親や祖父母からも、叔母が魔法学園に入学した話は聞かないため、余計に気になって仕方なかった。
「いや、だって仲間に魔法学園卒業生いるし。ね? カルディ?」
「ええ、そうですわ。私はカルディと申します。フィデリオ君、アルガー君をもっと撫でても良いですか?」
叔母と一緒にアルガーを撫でている仲間の女性が、背筋を伸ばして少し恥ずかしそうに咳払いした。カルディと言うパーソン族の女性は、叔母と違って大人の気品が感じられた。
「それは、アルに言ってください。彼は、頭が良いので嫌がっているなら、身振り手振り、表情でで伝えてくると思います。贔屓目で言いますが、かなり判断しやすいと思いますよ」
「分かりましたわ! それで、魔法学園を卒業して分かりましたが、冒険者として強くなるなら、時間の無駄だと思いますわ。それに、平民の卒業試験は下級魔法の習得。
魔法を習得してい無いなら、学費を払って学びに行くのもアリですが、ここまで多才なら普通に鍛えた方が、良いですわ」
どうやら魔法学園の学費無料は、奨学金的な意味合いだった様だ。故に、卒業後に国へ就職を断ると学費が発生すると俺に言った。
「でも、魔法公国は、こっちではあまり食べられない海産物や果物など美味しい物が多いから、一度行ってみるのもアリだよ。
迷宮だと、HランクとGランクは近場にあるし、軍事帝国と違って人種差別は無いから割と過ごしやすかったしね」
「海産物! 果物! 美味しい物! 良いですね!」
「あ、でも、注意をして下さい。人種差別は無くても、魔法選民思想的な人は結構居ますわ。かく言う、私も昔はそうでした。今は、メルシェに、ボコボコにされて無くなりましたが……。
ゴホンッ! つまり、"自分は魔法が出来る、魔法を使える選ばれた人なんだ"と偉そうにする平民や、本当に偉い貴族子息や令嬢達に絡まれたりします。
そう言った場合は、普通に逃げて良いです。犯罪を犯している訳じゃ無いなら、冒険者は基本的に流民扱い。貴族を無視しても罪に問われる事は有りませんわ」
「そう言うもんですか……。分かりました。助言をありがとうございました」
改めて冒険者の立ち位置、貴族との関係性を学んだ俺は、2人に感謝を伝えアルガーを撫でた。アルガーも"どうなでもなれ"と言わんばかりに身を預けて、撫でられ続けた。
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