プロローグ
その日、業火が街を覆った――。
轟々と唸りを上げる破壊砲に人一人さえ逃がしはしない火炎放射。逃げる先に待ち構える魔術兵装に身を包んだ屈強な兵士たち。行く手には兵士、行く手には兵器と誰もが絶望の淵に立たされていた。
「ごめん、わたしがいなければ……。ごめんね……」
彼女はそう言い残すと僕の傍から立ち上がり、銃を構える兵士の元へと身を挺して一歩ずつ歩いていく。気づけば大勢の兵士たちに囲まれており、今、この場にいる僕らは“生かされている”のだと、そう悟る。だが何故だろう……彼女はこの絶望の中でも僕に向かって微笑んでいる。なぜ彼女は――。
「ほら、オマエは用済みだ。くたばりやがれ若造」
兵士がそう怒号を飛ばす。その矛先はもちろん、彼女といた僕であって、地面に伏している体を踏んでは痛めつけてくる。耐えろ、耐えろと自分の体や神経、脳みそに至るまであちこちに言い聞かせる。この屈辱的にも絶望しかない世界では耐える他ないのだ。そんな中でも、彼女は僕の方を振り返ることなく一歩ずつ確実に兵士たちの元へと歩いていく。ごめんね、彼女のその言葉が余計に僕の心を抉りつける。
「へえ、オマエ良い顔してるじゃねえか。ムカつくんだよなぁ、でもまあもうオマエには不要だな?」
兵士はそう言うと散々痛めつけた僕の体を強引に持ち上げ、顔を突き出させる。
「な、にを……」
声にならない声をどうにか出し、必死に抵抗するが体は言うことを聞くわけもない。
「ハハハ、オマエのいけ好かない小奇麗な顔を殺してやるって言ってるんだよ」
兵士たちは僕のことを囲んでは笑いながら、何人殺したのだろうその血みどろのナイフを取り出し目の先に突き出してくる。
「まずはその綺麗な瞳から頂こうか、なあ?」
「目、だけは……」
「あぁ? なんだ目は嫌なのか? ハハハ……なら、いいだろう」
目を失えば彼女のことをもう見れなくなってしまう。いや、それだけじゃない。今、目を失ってしまえばこれから先こいつらに復讐することさえ何一つ叶わなくなってしまう。
「じゃあ目は残してやる、あとはいらねえな? ――処分する」
鋭利なナイフが顔の皮膚に突き刺さる――。それは突然のことで、異物が体に入り込んでくる感覚とともにこれまでの人生で経験がない、尋常ではない痛みが走る。それはまるで自分の死を悟るほどの。
「ハハハ、見ろよ顔が血でベトベトだぁ……」
コイツらはこの状況を“楽しんでいる”。そのことに怒りしか覚えない……だが抵抗なんてできない。アドレナリンがどれだけ出ているんだろうか、顔は麻酔されているように感覚がなくなり串刺しにされ続ける。――これが死、なのか。と自分に問う。
「……ハハ」
――笑っている。
「……ハハハ」
――誰が?
「なんだコイツ!? 顔を串刺しにされた痛みで頭がおかしくなっちまったのか……!?」
――兵士の声が聞こえる。この笑い声はどうやら自分の物らしいと自覚する。なぜ笑っていられるのか自分でも分からないが死期が迫っている証拠なのだろう。兵士たちは僕にとどめを刺さないのも、同じ理由だろうか。もうすべてが終わりなのだと腹をくくり、感覚がなくなった顎を動かして口を開く。
「いかないでくれ……レミラージュ」
彼女には届くことのないその言葉を口にして、僕の意識は潰える。何の能力も持たない僕に幼き頃から付き合ってくれていた幼馴染の彼女、レミラージュが一人で国を滅ぼしかねない戦略級魔術師の血を引く者であったんだと知るのは僕が目を覚ましてからのことだった――。