旅路・3
勇者一行が目を見開く中、フローディはその笑みの質を変えた。全てを見下すように声を上げて笑う姿はフローディのままであるからこそ不気味でしかたない。
「あーぁ。バレちゃった」
フローディは手にしていた荷物を落とし、たまと『魔道書~入門編Ⅱ~』だけを手に飛び上がる。その背中には真っ黒な羽が生えていた。
「ボクは嫉妬の悪魔、レヴィアタン。あ、でも体は彼のものだから、気をつけてね」
どこか恍惚とした表情で体を抱きしめるレヴィアタン。悪魔にとっては魔力の強い人間の体は憑依しているだけでも気分がいいのだろう。体はフローディのものだといわれてしまえば手の出しようが無い。飛び上がったフローディを見て、見物していた人間たちは散り散りに逃げていき、残されたのはレヴィアタンと名乗った悪魔とユーリエ、それに勇者一行だけだ。ザイークははっとひらめき、なにやら水を取り出した。
「その体から出ていきなさい、悪魔!」
ザイークが取り出したのは勇者の泉の水である。聖水よりも強い効果を発揮する水をフローディの体に容赦なく振りかけた。レヴィアタンは悲鳴を上げるが、体から出ようとはしない。『魔道書~入門編Ⅱ~』を開き、たまを振った。
「『ハルト・トリート』」
治癒魔法をかけて自らの体力を回復させ、にっと笑って見せた。
「やっぱり攻撃できないよねぇ。人間なんてそんなもんなのよ」
「ホントに斬れないと思ってるのか?」
「なに?」
声を上げたのはユーリエ。鞘から剣を抜き、跳躍。レヴィアタンに斬りかかる。レヴィアタンは慌ててそれを避け地面に降り立つ。それを追いかけてユーリエが剣を横に薙ぐ。
「『アクア』」
それをギリギリのところでかわしてレヴィアタンは攻撃を仕掛ける。剣でそれを弾き追撃するユーリエ。レヴィアタンは慌ててたまで剣を受け止めた。強化されたたまは何とかそれに持ちこたえる。このままではまずいとレヴィアタンは後ろに飛びのき、魔法陣を展開した。ユーリエが追うもフローディの体に慣れすぎた魔法は簡単に発動されてしまう。マキナは慌ててユーリエを援護する。
「主砲展開、『ファイア・キャノン』発射!」
「『アップ・テンポ』!」
スピードアップの魔法をかけられたユーリエはレヴィアタンの魔法を全て紙一重で避けて、剣を振りかぶる。目障りな背中の羽を切り落として、その体に全力で拳を叩き込んだ。
くぐもった声を上げて倒れるレヴィアタン。どうやら気を失ったらしい。その体を受け止めて、そっと地面に横たえる。
「どうすれば悪魔を追い出せる?」
「泉の水が効いていたようですから、あるいは……」
ザイークは再び泉の水を取り出した。そしてフローディの体に思い切りかける。その瞬間フローディの体が跳ね上がり、黒い靄が飛び出した。
「『ウィンド・シールド』」
逃がさないようにキクラがシールドをはり、靄を閉じ込める。暴れるそれは少しずつ歪んで形を取った。それが完全な姿を見せる前にマキナが魔法を発動する。
「『ヘブンズ・ランス』」
光の矢が四方からレヴィアタンを突き刺し、塵も残さずに消滅させる。光がきらきらと舞い散ると、辺りにざわめきが戻ってきた。
倒れるフローディにそっと近づいて呼吸を確認すればちゃんと息をしていて、ほっと力を抜く。こんなところで寝かしているわけにも行かないと、トルナモがフローディを抱え上げた。キクラがフローディの荷物を持ち、それに続く。
宿の手配をすると先に行ったザイークを見送って四人は街の真ん中を進んだ。
「悪かったな」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
迷惑をかけたと頭を下げれば、なぜか謝罪が返ってきた。どういうことだろうかと目を瞬かせる。マキナは言いづらそうに口を開いた。
「狙われたのは、私かも知れないんです」
「……大丈夫。狙われてるのはマキナだけじゃないよぉ」
苦笑しながら前から声をかけたのはキクラ。それでさらにわけが分からなくなった。そういえば前にフローディが狙われたこともあったな、なんて思い出し、まさかと頭を振ってその考えを否定する。とにかく今は何も分からないから、勇者一行についていくしかなさそうだ。あの占い師の言葉通りじゃないかとため息が漏れた。
力なくトルナモに抱えられるフローディを見て思う。親友をこの手にかけるなんて、どんな三文芝居だよ。笑えねぇ。大切なものを失うかもしれなかった。その恐怖はまだ身体を支配している。狙われているのなら、奪われなくて済むようにもっと強くなりたい。ユーリエが握った拳をマキナがそっと上から包み込んだ。
「一緒に、強くなりませんか」
何かが変わる。大きく一歩前進することになる。そんな予感がした。




