船旅・3
クラーケンの腕の始末を船員たちに託して、一行は宛がわれた部屋でくつろいでいた。ユーリエとフローディは同室で、今はそれぞれ自由に過ごしている。二人の間にはこれといった会話はないが、気にはならない。
しばらくして外から部屋の扉が叩かれる。フローディが扉を開けば、部屋の前に立っていたのは真剣な表情のザイークとマキナだった。二人を中に迎え入れ椅子を進める。二人用の部屋には当然二人分の椅子しか用意されていない。フローディは二人にお茶を出し、ベッドに座るユーリエの隣に腰を下ろした。しばらく沈黙が続いたあと、ザイークが重たい口を開く。
「お二人は本当に強い。能力は高く評価します。そこで、お願いしたい。我々の旅に同行してはもらえませんか?」
「私からもお願いします。二人についてきて欲しいの」
頭を下げる二人を見て、ユーリエは苦い表情だ。いつもならすぐに着いて行くと言いそうなのに、とフローディは内心疑問に思う。困っている人を見捨てられないのが彼の性分なのだから。
しかし、ユーリエは固い声で質問を投げかけた。
「マキナは、勇者なんですよね?」
「はい」
「……あなたたちの、旅の目的は何ですか?」
「それは……」
「今はお話できません」
「そうですか。なら、お断りします」
その言葉に驚いたのはマキナとザイークだけではなかった。フローディは思わずユーリエの服の裾を小さく引くが、ユーリエはそれに答えない。ただ真っ直ぐとマキナを見つめていた。緊迫した空気が漂う。少ししてから、ザイークがユーリエに尋ねる。
「何故ですか?」
「今は他にやりたいことがあるので」
「本当に?」
「もちろん」
互いに視線を逸らすことなく言葉を掛け合い、先に逸らしたのはザイークだった。ユーリエはフローディにしかわからない程度に息を吐き出す。そんな二人を見て、マキナが声を上げた。
「あの、やりたいことがあるのなら仕方ありませんが、もしそれが終わったら……私と、私たちと一緒に来てはいただけませんか?」
「……考えておきます」
視線を逸らして答えるユーリエにつらそうな表情を浮かべたマキナ。そうですか、と呟いて席を立った。フローディは部屋に戻ると言う二人を見送って扉を閉めた。
先ほどまでと変わらない、相棒しか居ない部屋。なのに、なぜかとても息苦しく感じた。
***
一行の間に流れる妙な空気を払拭できないまま、船はメントキル国ルルアに到着した。次の目的地が違う勇者一行とは、ここで別れることになる。
「じゃあここで」
「はい。また……」
「元気でね」
「あなたたちも、お気をつけて。良い旅を!」
後ろ髪を引かれるように振り返るキクラとマキナに手を振って、勇者一行が去っていくのを見送った。完全にその姿が見えなくなってから、二人は反対に向かって歩き出す。重い沈黙が支配する中、フローディは口を開いた。
「本当に良かったの?」
質問の意味はすぐに分かったのか、ユーリエは困ったように笑ってフローディに答えた。
「良かったんだ。手伝ってほしい理由が話せないなんて怪しすぎる」
「それはそうだけど、でも――」
「フローディはそんな心配しなくていいんだよ」
「そう……」
くしゃりと頭を撫でられてしまえば、ユーリエがこれ以上話すつもりなどないことは明白で、フローディは口を閉ざした。
相棒がそれでいいのなら、もう何も言うまい。子ども扱いされているような気にもなるが、それは自分を想ってのこと。けれど、とフローディは思う。けれど後悔だけはして欲しくないのだ。絶対に。間違えたってなんだっていい。けれど自分の選択は正しかったと、胸を張って欲しいのだ。
久しぶりの船旅は二人の心にほんの少しの影を落とした。




