船旅・1
「なあ、フローディ。オレたちもそろそろ海を越えるべきだと思わないかっ?」
「思わない!」
愛剣が強化されて絶好調なユーリエは、ルースターの食堂でフローディに叫んだ。フローディは全力でそれを突っぱねるもユーリエはなおも食い下がる。とそこに勇者一行がやってきた。隣のテーブルに着きながら、マキナが二人に話しかける。
「お二人も海を越えるんですか?」
「も?」
「はい。私たち、これから海を渡るつもりなんです」
「そうなんだ」
二人の会話を興味なさげに聞いていたフローディだが次の言葉には目を見開いた。
「よろしければご一緒しませんか?」
「そうだな。それもいいかも」
そんなことになればユーリエがますます調子に乗る。にっこりと笑う二人を止めるために口を開こうとしたが、一足先にザイークが口を開いた。
「でしたらお二人は護衛としてついてきていただけますか?」
資金は勇者一行が持つというので、ユーリエは喜んでその話に乗ることにした。もちろんフローディは納得がいっていない。しかし、嬉しそうなユーリエを見て、仕方ないなと思うのも事実。何回目か分からない今回だけ、で自分を納得させて、フローディはユーリエに賛同した。勇者一行とユーリエは大げさなくらい喜んだ。
***
一行は海辺の町カザリアへ来ていた。ここから船に乗り、海を越えて大陸にある国、メントキルを目指すのだ。シルフィアとメントキルには国交が無いため、特別な通行手形が必要であり、発行できるのはギルドだけである。カザリアのギルドでステータス帳を提出し、許可が下りると手形が記載される仕組みだった。そこで全員分の乗船チケットまで手配して、一行は大きな船に乗り込んだ。
船旅は久方ぶりのユーリエとフローディ。立っている場所が揺れているということにさえ心が弾む。あんなに不満を漏らしていたフローディですらゆらゆらと揺れる波間は何時間でも見ていられる気がした。
「潮の匂いがすんなー」
「本当だねー」
そこにマキナとキクラも加わり、四人でいろいろな話をした。マキナは元居た自分の世界のこと。キクラは魔法についての失敗談や、今のパーティでの冒険のことを。ユーリエとフローディは、自分たちの旅してきたこの世界のことを。
話をしているうちに時間は過ぎていき、夕方になった。海に沈んでいく太陽を眺めていると心が落ち着いた。ユーリエは先に船室へ戻ってしまったため、甲板にはフローディと仕事をしている船員たちしか居ない。
ふっと隣に誰か立った。見上げれば、それはキクラで、真剣な表情をしている。どこかぴりぴりとした空気に自然と居住まいを正した。目が合ってから時の流れがひどく遅く感じる。数分にも数時間にも感じられるそれは、もしかしたら数秒にも満たなかったかもしれない。
「フローディはなんで旅に出たの?」
「なんでって……」
「ユーリエのため? 自分のため?」
「……自分のためだよ。大切なものを守れるくらい強くなるためだ」
いつもの茶化すような雰囲気はなく、真剣な表情のキクラ。何かを後悔しているような、痛ましい、けれど強いまなざし。その中にフローディを心配する色を見つけて、ごまかすことなく真剣に答える。
「そう。それならフローディは自分の力をもっと自覚するべきだ。君の魔力はすごく強い。成長すればするほど、強くなっていくと思う。けど、強いからこそ狙われる可能性がある」
「強いから……」
「ユーリエを傷つけたくないだろう?」
その問いには躊躇いなく頷く。相棒を傷つけたいとは思わない。彼は間違いなく、守りたい大切なものの一つだ。
「キクラも狙われたりするの?」
「そりゃね。この世界には、魔法使いに関する文献がたくさん存在するんだよ」
そして敵も。苦しそうに伏せられた瞳を見れば、何も言えなかった。波に反射した光が彼の顔に当たって、泣いているように見える。自分の知らないキクラの過去が、そして、知らなければならなかった現実が、そこにはあった。自分はずっと誰かに守られて生きていたんだということを、ここでもまた実感する。なんだかすごく胸の奥が痛んで、ただ、視線を逸らした。




