恩人・3
また動き出すんじゃないだろうかとユーリエがマモンに近づいてみる。すると身につけていた光の石が輝き出して、いつかのように、地面に流れていた血ごとマモンを吸い込んでしまった。後には何も残っていない。光の石は、またいつの間にか元の輝きに戻っている。
ふと力を抜いた瞬間に安心したからだろうか、二人はその場にしゃがみこんでしまった。レオンは苦笑すると、二人に休むよう指示し、早々に住人たちの確認に向かった。その背中を見送って今はもう動きたくないと、手を後ろについて空を仰ぐ。二人のところにぼろを纏った、解放された奴隷らしき女性が走りよってきた。遠くからでは誰か分からなかったが、気づいたときには、二人は女性の腕の中にいた。
「二人とも、ほんとにありがとう」
二人を抱きしめたのはシオンだった。ぼろぼろの服を纏っていても、その瞳は輝きに満ちている。きっとこの人は最後まで屈しなかったんだろうなんて、二人には容易に想像できた。
しばらく抱きしめられていると、シオンの後ろからレオンがやってきた。シオンを捜していた素振りから、何も言わずにここまで来たことを知る。
「ここにいたのか」
「レオン。ごめんね、二人に会えたのが嬉しくて」
レオンは笑ってシオンの頭を撫でると、一緒になってその場に座り込んだ。
「二人には感謝してる。ほんとにありがとうな」
当然のことをしただけだと笑う。レオンとシオンも破顔した。その表情は、本当にそっくりだった。互いの無事を喜んで、しばらく他愛も無い話をしていると突然、さて、とレオンが立ち上がる。三人はその顔をきょとんと見上げる。血のつながりは無いはずなのに三人の表情はとてもよく似ていた。レオンは三人を見下ろして告げる。
「奴隷解放の宴を開くんだ。来るだろ」
レオンのその言葉に三人は首を大きく縦に振った。満足そうに頷いて走り出したレオンの後を慌てて追いかける三人。四人ともとても楽しそうだったから、街のみんなも自然と笑顔が零れていた。
***
前日の宴が響いているのか、それともまだ朝早いからなのか、二人が旅立つころはまだ誰も起きていなかった。しかし一番疲れているだろうレオンとシオンだけは二人の見送りに町の入り口まで来ていた。
「寂しくなるね」
「お前らもレルナンドに住めばいいのに」
「ボクはそれでもいいけど」
「そんなんできる性質じゃないの知ってんだろ」
「まあな」
軽口を叩きあいながら四人は笑った。レオンがすっと右手を出す。ユーリエも無言でそれを握り返した。
「人生は長い。だから、出来た繋がりを大切にしろ。人間は絆の力で結ばれるもんだ。困ったらいつでも来い。俺はお前たちを弟のように誇りに思ってる」
いつか認めさせてやりたいと思っていた相手にそう言われてユーリエはとても嬉しかった。だから、飛び切りの笑顔で答える。
「絶対にまた来るよ」
その隣では感極まったのかシオンはフローディを抱きしめた。フローディもぎゅっとその背中に手を回す。シオンはこっそりとフローディの耳に囁いた。
「兄さんはああ言ったけど、私はむしろ人生は一期一会だと思ってる。だから、出会った瞬間を大切にしたいんだ」
もう会わないってことなのだろうかと、フローディが顔を上げればそこにはシオンの笑顔があった。少し体を離して言葉を続ける。
「今でもそう思ってる。でも二人にはまた会いたいな。私も二人を誇りに思うよ」
不安なんて吹っ飛んで、フローディも満面の笑顔で答えた。
ばいばいと兄妹に手を振ってレルナンドを出る。これからが大変だけれど、この先は住人ではない二人が関わっていいことではない。
この世界には色んな考え方が溢れていて、双子でさえこんなに違う。自分が何を選ぶか次第で世界は何色にも輝くんだ。見つけたそれを大切にすれば、自分を見失うことなんてないんだろう。一期一会という言葉がフローディをまた少し大きくさせてくれた気がした。




