恩人・2
捕らえた領主を広場に引き出して、中央に座らせる。囲まれているのが怖いのか、それともこれから自分がどうなるか分からないのが不安なのか。領主は俯いて何事かをずっとぶつぶつと呟いていた。反乱軍は憎憎しげにその姿を睨みつけるが、レオンの指示が出ていない状態では手を出せない。
緊迫した空気も、突然広場に溢れた人で一気に変わった。奴隷にされていた人たちが解放されたのだ。家族や恋人を呼び合うもの、互いに無事を喜び合うもので広場は溢れている。二人は領主が逃げ出さないようにと隣に立っていたが、本当はシオンの安否を確認しに行きたくて仕方がなかった。
全てが終わったかに見えた。広場は笑顔で溢れているし、レルナンドにはすぐに活気が戻るだろう。そう確信できる光景なのだ。
「あーあ、嫌になっちゃうよね。人間なんてただの食料のくせに」
一瞬、誰が言ったのか分からなかった二人だが、はっとして隣に座る領主を見る。先ほどまで伺えなかった表情が今ははっきりと確認できた。笑みを貼り付けたような歪な表情が。領主の体がぐにゃりと歪んで、全く別のものへと変化していく。フローディは一度見たことのある光景だった。
「みんな逃げて!」
「遅いよ」
姿を現した悪魔は、ロープを引きちぎり、空中に飛び上がると、自らを中心に大爆発を起こした。気づいたフローディがユーリエを引き倒し、シールドを発生させたため二人は無事だったが、顔を上げて目に飛び込んできた目のは悲惨な光景だった。
「残念、誰も死ななかったか」
建物は粉々になり、悪魔を中心に半径二メートルほど、地面が抉れている。心底残念そうに言う悪魔を睨みつけ、二人は武器を構える。無傷の二人を興味深そうに眺め、地上へ降りてきた。フローディをじっと見て、悪魔は笑う。
「僕は強欲の悪魔・マモン。君、すごくおいしそうだね」
マモンはフローディに飛び掛った。とっさに右に避ける。ユーリエはマモンに斬りかかるがすばやくて捉えることが出来ない。フローディも同じく攻撃の隙を伺うが、マモンは執拗にフローディを狙うため、その機会は中々訪れない。
回避行動にはあまり向いていないフローディはすぐに息が上がってしまい、かわすだけで精一杯になってしまう。マモンはまだまだ余裕なのか、けらけらと楽しそうに笑った。何とか相手を捕らえようとユーリエが剣を横に薙ぐも、悪魔はひらりと空中に飛び上がった。
「二人ともダメダメだよ。そんなに弱いんだから、僕に食べられても、文句は言えないよね?」
マモンは再びフローディに飛び掛る。それを避けるだけの体力は既に残っておらず、フローディは硬く目を閉じる。
「フローディ!」
とっさにユーリエが庇おうとするも、距離が遠く、間に合いそうに無かった。
「大丈夫だ」
ザンっと音がして、マモンの悲鳴が上がる。フローディが恐々と目を開ければ、頼もしいレオンの背中が目に入った。マモンに視線をやれば、左の羽を無くした姿が。
「本当は腕を持ってくつもりだったんだけどな」
不敵な笑みを浮かべてレオンは嘯く。手には巨大な剣が握られていた。ユーリエは二人に駆け寄ってマモンに向き直る。
「街の人たちは?」
「避難するよう指示してきた。誘導はあいつがやってる」
「お前……絶対に許さない!!」
怒りに震えるマモンが、レオンに飛び掛る。しかしそのスピードは先ほどとは比べ物にならないほどに遅い。ユーリエが前に出ると、伸ばされていた右の腕を切り落とした。マモンは苛立たしげに舌打ち、一度後ろに飛び退く。そしてにやりと笑った。
三人が不審に思った瞬間、全速力でマモンは後ろに周り、フローディに噛み付く。咄嗟に振り払うも、噛まれた首筋がじくじくと痛む。
「『ハルト・トリート』」
応急処置にと首に治癒魔法をかけてマモンを睨む。マモンが高く笑った後、切り落とされた羽と腕が再生した。
「君、ホントにおいしいね。さいっこう」
恍惚とした表情でフローディを見るマモン。その視線から庇うようにユーリエが前に出る。
最初に動いたのはレオンだった。手にした大剣を軽々と振り、マモンに斬りかかる。しかし本調子を取り戻したマモンはニヤニヤとそれを避けるばかりだ。それにも飽きたのか、指をぱちんと鳴らしてレオンの足元で小さな爆発を引き起こす。それを裂けてレオンは後ろへ下がる。ユーリエは逆に爆風を利用して加速をつけ、攻撃を仕掛ける。それすらひらりとかわし、ユーリエの背中を蹴りつけた。
「当たんねーな……」
「フローディ、一発いけるか?」
ユーリエの問いにこっくりと答える。こそりと耳打ちされてフローディは頷いた。これで本当に最後だと、フローディは詠唱を始める。
ユーリエはぐっと屈んで一気に跳躍した。お返しだとばかりにマモンを蹴り落とす。まさかユーリエがそんなに飛び上がると思っていなかったマモンは、完全に油断していたのだろう簡単に地上へと落下した。手をついて起き上がったところへ、レオンが斬りかかる。慌ててそれを避け後ろに下がるマモン。脳が揺れたのか、先ほどよりも余裕がない。それにユーリエも加わって二人でじわじわと攻撃を加える。
「『フローズン・クリエイト』!」
そこにフローディの声が響いた。マモンの足元に魔方陣が浮かび、ぱきぱきと足を凍らせていく。驚いた悪魔が気づいたときには遅く、ユーリエとレオンの剣が迫る。マモンは避けることができずに、地面へと倒れこんだ。




