恩人・1
レルナンドはノリーニャから近いとはいえシルフィア国に属する。そのため二人は辿り着くのに一週間かかった。街に入る前から、不穏な空気が漂っている。二人は互いを見て、同じタイミングで街に足を踏み入れた。
瞬間、首にひやりとしたものを感じて、二人の足は同時に止まる。冷たいものが背筋を流れた。
「お前たち、何者だ?」
ユーリエを捕らえている覆面をつけた人間が尋ねる。声だけでは男か女かさえ判断できない。いつの間にか囲われていることに気づき、相手を刺激しないようにとユーリエは答えた。
「オレたちは怪しいものじゃない」
「それは我々が判断する」
ぐいと触れていただけだったナイフが、少しだけユーリエに食い込む。血が一筋流れた。それでも動揺を見せない。
「昔、適正検査でここに来たときにお世話になった人がいるんです。レルナンドの噂を聞いて、それで……」
「誰だ?」
覆面はじっとフローディを見る。フローディは目線を逸らさずにしっかりと言葉にした。
「シオンさんとレオンさんです」
二人を囲っていたほぼ全員がその言葉にざわついた。この中ではリーダー格だったのであろう覆面は少し考えてユーリエを解放する。フローディを捕らえていた人物もそれに従った。
「着いてこい」
二人は囲まれたままその覆面についていくしかなかった。
***
連れてこられたのは地下水道。補正されたそこは比較的綺麗で、臭いが無いことからも上水道なのだろうと推測できた。複雑に入り組んだ道を進んで行けば、明かりが見えた。何十人かの人間の姿も見える。覆面はその中の一人に声をかけた。
「ボスの知り合いだと名乗る連中を連れて来ました」
そこに立っていたのはレオンだった。十一年の月日を証明するように背が伸びている。体格もそれに比例してさらに良くなっている気がした。レオンは二人を認めると一気に破顔した。三人が知り合いだったことを確認して、覆面は他の輪に混じっていった。
「二人とも久しぶりだなぁ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる乱暴な手つきは、記憶の中と全く変わっていない。しかしフローディはここに来てからの一番の疑問を口にした。
「シオンさんは?」
「シオンは、案内人だから捕らえられてるんだ」
レオンは二人の頭から手を離すと、ぐっと拳を握った。近くが壁であったなら、それはきっと叩きつけられていただろう。大した魔力も無いのにと苦しげに吐き出すその姿には、見ているこちらが痛くなる。
「何があったんだ?」
レオンは約一月前のことを二人に語った。
王都でのパレードの際、警備として傭兵の公募があった。レルナンドの男たちは副業で傭兵をしていることが多いため、ほとんどの若者たちがそれに参加した。
その隙を狙って領主が卑民として魔力の高い住人を奴隷にした。ここの住人は全員が検診を受けているため、カルテを見られてしまえば魔力の保有量は明らかだ。彼らは今、奴隷の烙印を押されて地下牢に入れられている。そのほとんどが女や子どもだったためにろくな抵抗も出来ず、何をさせられているか分からないのが現状である。
男たちが王都から帰ったとき、街は酷い有様だった。いつからいたのか、領主の雇った変な兵のせいで屋敷に入ることも出来ず、今はこうして地下に隠れている。
「そんなことが……」
「酷い……」
「奴隷にされた人間を解放するんだ」
レオンは目をぎらぎらと怒らせ、手のひらに拳を打ちつける。ユーリエもフローディも、当然のように参加を申し出た。レオンは笑って頷くと、二人を仲間の下へ引き入れる。
街人たちの我慢ももつ限界で、明日になれば直接領主のところに乗り込んで奴隷たちを解放する。その作戦に、新たに二人を加えて、新しいものへと作り直す。間に合ってよかったと、二人はこっそり胸を撫で下ろした。
明日、決着をつける。
***
朝日が昇り出した瞬間、街の中にすさまじい爆発音が響き渡った。フローディが屋敷の門を壊し、反乱軍の三分の二ほどが中に雪崩れ込んだ。今回の作戦において、ユーリエとフローディは陽動だった。派手に暴れていいとお許しを貰っているために二人は手加減するつもりなどさらさら無い。
殺さない程度に、と初めは思っていたのだが太陽がその姿を全て現すころには痺れを切らした兵たちが次々に本性を現す。領主の雇った兵は小さな悪魔・ゴブリンだった。可愛いとはとてもではないが言いがたい容姿で、手に手に武器を持って襲い掛かってくるゴブリン。人間じゃないと分かれば容赦は必要ない。
「『フローズン・クリエイト』」
フローディがゴブリンを凍りつかせたり、ユーリエがゴブリンたちの首を容赦なく跳ね落としたりするのを見て、傭兵たちも活気付き屋敷は大混戦となった。
太陽が真上に昇るころ、屋敷の屋根の上で花火が上がった。それは作戦が成功し、レオンが領主を捕まえた合図だった。




