ドラゴン退治・3
昨日は夕方まで待ったが、結局集まったのは八人だけだった。思わぬ少人数で不安を感じるも、過ぎてしまったことは仕方ないと一晩で作戦を立てる。
翌朝、早くからダークドラゴンの住処と思われる洞窟までやってきた。入り口から内部を覗くが暗い上に広く、奥は何も見えない。
「では作戦通りに」
「任せたぞ、エル」
「はい、お兄様。いらっしゃい、スモッグミリオン」
両手を広げたエルの手のひらの間に魔方陣が浮かび、そこから煙のようなモンスターが無数に飛び出し、洞窟へと入っていく。次々と飛び出てくるそれには終わりがないように思えた。しばらく続けていると、忌々しげなドラゴンの咆哮が響き渡り、大きなダークドラゴンが姿を現した。赤く燃えるような瞳で全員を睨みつける。
「でか……」
「来るぞ」
ダークドラゴンは飛び上がり、踏みつけようと勢いを殺さずに着地する。しかし全員が危なげなくそれをかわす。トルナモは手にした大剣を振り上げ衝撃波を繰り出した。それにあわせてユーリエとロゼも続く。ダークドラゴンはそれを尻尾の一振りで打ち消し、近くにいたエルに襲い掛かる。しかしエルを乗せたシルバーウルフは事も無げにそれを避ける。
「『アイス・ハリケーン』!」
フローディの放った氷の魔法を軽々とかわしてダークドラゴンは標的をフローディへと変えた。そのまま大きな口を開き襲い掛かる。
「『マッド・シューティング』!」
そこにキクラが毒の弾丸を撃ち込む。ダークドラゴンはそれを避けようと飛び上がるが、少しだけ掠る。空中でぐらりと傾いたダークドラゴンは土煙を上げてそのまま地面に降り立った。即効性の毒は一気にダークドラゴンの体を蝕んでいるはずだ。しかしまだ倒れない。ユーリエとロゼがそこに切りかかる。ダークドラゴンは怒りのままに黒い炎を吐き出し、咆哮と共に二人を薙ぎ払う。
「『ホーリー・フラワー』」
「『ハート・フル・ソウル』」
「『ハルト・トリート』
すかさずマキナとザイーク、フローディが治癒系の魔法で二人を回復。トルナモはその隙にダークドラゴンの尻尾に切りかかる。鱗の隙間を上手く通してそれを切り落とした。痛みにのた打ち回るダークドラゴン。それを見逃す手は無い。
「『ウッド・ダンス』!」
フローディは下から突き上げる木を利用してダークドラゴンがそれ以上マキナたちに近づけないようにして、息もつかずに次の魔法の詠唱に入る。
「『ブラインド』!!」
「すっげー……」
勇者一行のキクラでさえ、そんな魔力を無尽蔵に使用するような真似は出来ない。しかしキクラはその経験から、フローディの魔法に気づき自らもそれに合わせて詠唱に入る。
シルバーウルフはエルを乗せたままダークドラゴンの背中を駆け上る。暴れていることなど苦ではないかのように右の羽に喰らいつきそれを噛み千切った。そこでシルバーウルフは振り落とされてしまうが、エルを落とすことなく着地する。前に倒れこむように腹ばいになったダークドラゴン。残ったもう一方の羽を、飛び上がったユーリエが切り落とした。痛みに絶叫するダークドラゴン。それを見逃さず、ロゼは開いたダークドラゴンの口の中に剣を突き立て引き抜く。
漸くフローディとキクラの魔法が完成した。
「主砲展開。『ファイア・キャノン』発射!」
「照準確定。『アイス・ランチャー』ぶちかませぇ!」
二人の魔方陣から打ち出された炎と氷は互いを打ち消すことなく、一体になっめダークドラゴンに襲い掛かる。既に多大なダメージを負っていたダークドラゴンはそれをかわすことが出来ず、全弾命中。大きな巨体は一度立ち上がったかと思うと、ぐらりと地面に倒れ伏す。もう起き上がることは無いだろう。
ようやく倒せたと息をつけばそれぞれレベルが上がったらしくステータス帳から馴染みの音が聞こえてきた。フローディは今回みっつも上げてレベル22に。ユーリエはレベル29になっていた。他のメンバーもそれぞれレベルが上がったようだ。
レベルが20を超えたことでフローディの『魔道書~入門編~』が輝き出す。一瞬まばゆい光に包まれたかと思うとそれは一瞬ではじけ飛び、魔道書は入門編から『魔道書~入門編Ⅱ~』になっていた。
「え、Ⅱ!?」
「フローディまだレベル20いってなかったの?」
それであの強さかよ。と口にはしないが内心激しく落ち込むキクラ。ちっぽけなプライドが酷く傷ついた。風に乗って飛んでいってしまいそうだ。
「うん。これ、Ⅱなんてあるんだね」
しげしげと魔道書を眺めるその姿はどこか嬉しそうだ。Ⅱになってから出来ることを教えてやりながら、キクラは自分のプライドなんてどうでも良くなって思い切り笑った。
***
ノリーニャに戻ってクエストの完了を報告したあと、それぞれが旅立ちの準備を進める。準備をしている二人のところにエルが近づいてきた。
「どうしたの?」
「実は、あまりよくない噂を耳にしましたの」
エルによるとこの近くにあるレルナンドが、現在レジスタンスと領主との間で揉めているらしい。何でも最近導入されそうになっている奴隷制度が原因だとか。それを聞いた二人の顔は真っ青になった。
「ユーリエ……」
「ああ」
「どうかなさいましたか?」
「昔、世話になった人がいるんだ」
レルナンドといえば比較的大きな町だったはず。ならばその反乱の規模もけして小さくはないだろうことは想像に難くない。
「行くのですか?」
「うん」
「では、十分にお気をつけください」
「ありがとう」
エルは微笑んでロゼのところへ戻って行った。嫌な予感が胸を支配して消えてはくれない。
どうやら勇者一行とロゼたちは途中まで行く方向が同じらしく、二人はここで別れることになった。少しでも早く辿り着くために先に出発する。
「元気でね」
「体には気をつけてください」
「もちろん」
「そっちこそ、怪我には気をつけろよ」
「はい」
ばいばいと手を振って自分たちの道を歩き出す。別離はいつも寂しいけれど、こうしてまたすぐに会える。それぞれの成すべきこと、したいことを抱いて彼らは道を進むのだ。負けていられないねと隣に立つ相棒を見れば、もちろんだと帰ってきた。
頼もしくていつも甘えて頼ってしまうけれど、笑って許してくれる相手だからこそ、こんなにも長く一緒にいられるのかもしれない。相棒の大切さを噛み締めて、向かう先へと視線を向けた。




