悪魔・4
途中ですれ違った少年にディレイの部屋を尋ねて、急いで上を目指す。乱れた息のままに扉を開けば、そこには襲い掛かられているフローディと全く知らない薄着の女が。首を絞められ、涙を浮かべているフローディと眼が合った瞬間、ユーリエはぶつりと頭の中で何かが切れる音を聞いた。気づけば愛剣を引き抜き、女に突き刺していた。血しぶきが上がり、アスモデウスは絶叫する。真っ赤なそれがフローディを汚した。
「ゆー、りえ?」
げほ、と息を吐き出して、目をぱちぱちさせているフローディ。ユーリエはフローディの体に傷がないのを見て安堵の息を吐き出すと、手足の鎖を壊して助け起こした。
「大丈夫か?」
「うん、でもお風呂に入りたい」
「……元気そうだな」
自分の服を見下ろして赤い血でべたべたのそれを嫌そうに見つめる。冷静になったユーリエはため息を吐くしかなかった。ベッドから起き上がったところで、背後から苦しげな声が聴こえる。
「おのれ、人間風情が……」
ゆらりと起き上がったアスモデウスはバチバチと黒い雷を身に纏い怒りに震えている。血に濡れたまま両手をバチバチと光らせてゆっくり近づいてくる。ダメージが酷くて走ることは出来ないのだろう。胸元の傷はすでに塞がっていた。
「お前だけは、生きて返さん」
ユーリエはフローディにたまを投げて、自らは一気に走る。すれ違いざまにその羽を切り落とし注意を引き付ける。苛立ち紛れに放たれた雷撃をかわして、一撃。軽く受け止められたがすぐに追撃する。少しも効いた様子は見られず、思わず苦笑いを浮かべた。
ちらりとフローディを見ればこくりと頷く。準備は整った。すっと退いたユーリエに驚く間もなく後ろに構えていたフローディが魔法を展開。
「『ウォーター・フール』!」
大量の水がアスモデウスに襲い掛かる。黒い稲妻がアスモデウス自身を襲って、悲鳴を上げる間もなく灰になった。
先ほどの攻撃で自分にかかった血を洗い流したフローディはどことなくすっきりとした表情だ。
「終わったねー」
「ああ。つか、これどうする?」
ユーリエがちらりと見たのは真っ黒コゲの炭。辛うじて人の形は見てとれるが、性別などはわからない。
ついさっきまでここには公爵がいた。本物は死んでいるとはいえこのままでは犯人にされかねない。白いシーツをかけてはみたものの、なんだかそれも気味が悪い。わたわたと焦っていると扉のほうからがたりと音が聞こえた。
振り返ってみればそこには小さな子どもが数人。みんながみんな不安そうな表情でこちらを見ている。二人が人差し指を立てて子どもたちにしーっと合図を送れば、みんな口に手を当ててこくこくと頷いてみせた。
ユーリエが子どもたちを下に連れて行く間に、フローディは気になっていた穴に近づいてみる。真っ黒なそれは触れることも、向こう側を見ることも出来ない。たまを握り締めたまま穴との不毛なにらめっこをしていると、ユーリエが戻ってきた。
「子どもたちは下に集めといたぜ」
「ありがと」
穴は自分たちにはどうすることもできないと結論付け、荷物を拾い上げる。その拍子に光の石がころりと落ちた。慌てて拾うと、少し光が強くなったように見える。首をかしげていると光が強くなって、アスモデウスだった炭を吸い込んだ。同時にあれだけ大量に撒き散らされていた血も吸い込んだ。フローディが驚いて手を離したと同時に床に落ち、大きな塊と小さな欠片に石が割れてしまう。
「大丈夫か?」
「うん、なんともないけど……」
塊の方は光が収束し、元の光の石と同じ輝きに戻った。しかし小さな欠片の方はいまだ強く光り輝いている。ユーリエが持って移動してみると、穴に近づくほどにその輝きが増すことがわかった。
「なにこれ?」
「とりあえず置いてみるか」
欠片を穴の近くに置いてみた。するとアスモデウスを吸い込んだときのように光は穴を少しずつ吸い込んだ。ある程度小さくなったところで穴は結界に包まれる。そのまま何の反応も見せない石と穴。全く状況が掴めない二人だが、結果オーライだと自分たちを励ました。欠片はこのままにした方がいいように思えて、塊のほうを鞄にしまった。フローディはユーリエを伺う。
「どうするの?」
公爵を殺してしまったという疑いがかかるかもしれないために、騒ぎになる前にここから逃げなければならない。ユーリエは爽やかな笑みを浮かべてフローディを見た。
「考えがあるんだ」
爽やかすぎて逆に嘘っぽい笑顔を見ながら、これ以上罪を重ねてくれるなよと、フローディはこそりと呟いた。
二人は屋敷の一階に降りて、集められた少年少女を見渡す。全部で三十人弱の子どもたちはこれから何が起こるのかとそわそわしていた。ユーリエの立てた作戦は集めた子どもたち一気に逃がし、それに紛れて逃げるというもの。一見シンプルに思えるが、それが一番見つかりにくいと考えた結果だった。
鍵のかかった大きな扉をフローディの魔法でふっとばし派手に破壊する。もうもうと上がる煙を合図に、子どもたちは家に向かって一斉に駆け出した。その騒ぎに乗じて逃げる。町の入り口を抜け出すころに一度だけ振り返ったウィスコンシアは笑顔に溢れていた。
無事に町から逃げ出せた二人はほっと一息ついた。公爵の殺害疑惑なんて、どう考えても国レベルの問題だ。そんなの手に負えない。ステータス帳を開いてみればレベルが上がっていた。自分たちはまだまだ成長期。自力で越えられない壁は迂回すればいい。それでも駄目なときは壁なんて壊してしまえばいい。
振り返った笑顔を思い出して、二人は清々しく笑いあった。




