悪魔・1
マナシル公爵領ウィスコンシア。マネットの首都であるエクリネットの郊外に存在する、緑豊かな美しい町だ。そしてなぜか美人が多いことでも有名。タムレイドからエクリネットまでの通り道にある、とても穏やかな町だった。ユーリエとフローディはエクリネットで公開されるという氷の花を見るため、昼間からここに滞在している。
二人が街に入ったとき、最初に感じた違和感は静か過ぎるということ。その原因を考えてみれば子どもがいなかったからだと思い至る。確かにどこを見ても成人した大人ばかりで、子どもの姿は全く見当たらない。
情報収集の結果わかったのは、この状況は数年前に公爵が代替わりしたときからであるということ。新公爵ディレイ・マナシルは町民たちから十五歳以下の子どもたちを集め、公爵邸で働かせているそうだ。表向きは経済効果と教育レベルの上昇を目指したものである。しかしながら街の人達にとってそれは人質となんら変わりなかった。
「酷いね……」
二人部屋のベッドの上でフローディは吐き出した。ユーリエも机に向かい、纏めた資料を手に辛そうな表情を浮かべている。苦い思いが胸に広がって行く。でも自分たちに出来ることは何もない。
「早くエクリネットに行こう」
「そうだな。明日の朝には出発しよう」
こっくりと頷いてフローディは布団を被る。急ぐ旅ではないけれど今回の目的は別のところにあるわけだし、早めに出発するに越したことはない。自分たちに出来ないのであれば、さっさとエクリネットまで行って、兵士でもなんでも派遣してもらった方がいいだろう。夜が深まるのにあわせて、ゆっくりと目を閉じた。
翌朝、二人が出発の準備をしていると、扉をノックする音が聞こえた。チェックアウトにはまだ早い時間。なんだろうとユーリエが扉を開けると、所在無さげに女将が立っていた。手にはなにやら手紙を持っている。
「どうしたんですか?」
「実はねぇ、公爵様の使いを名乗る者が来て、二人にこれを……」
おずおずと差し出された手紙。断るわけにもいかずに手紙を受け取れば、女将はほっとしたように階下へと降りていった。どうやら用事はそれだけだったらしい。
扉を閉めて、手紙を開く。中には丁寧な言葉でいろいろと綴られていた。会ったことも無いはずなのに外見に関するお世辞のオンパレード。功績に触れていない辺り、二人のことをよく知らないのだろう。要約すれば内容はとてもシンプルだ。
「屋敷に来いってさ」
手紙を受け取っておいて、何の理由もなしに行かないというのは相手の身分を考えると選択肢から消える。この場合、早くエクリネットに行きたいから。というのは理由にはならない。面倒を避けたいのなら、屋敷を訪ねるべきだろう。
「行くの?」
「ちょっとだけ顔出して、すぐに出発すればいいだろ」
そうだねと頷いて、荷物の整理を再開する。ものすごく不本意だというフローディの表情には気づかない振りをして、ユーリエも荷物を片付け始めた。
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