勇者・1
昔々、世界には「穴」や「歪み」と呼ばれる、異世界との道がたくさん存在していました。
穴からはたくさんの怨念や悪魔といった悪いモノが世界に溢れて、そいつらに世界が覆われようとしていました。
ですが、そんな中、一人の賢者が言いました。「異世界から勇者を召喚しましょう」と。
それを聞いた一人の王様は早速国一番の神官に命じて儀式を行ないました。
世界に召喚された勇者は、とても強くて逞しく、そしてとても優しい性格をしていました。
その優しさに触れた人々は勇者を信頼し、仲間もたくさん増えていきます。
勇者には不思議な力を持っており、異世界との穴を閉じることが出来ました。
そこで王様は勇者に頼みました。「世界の穴を塞いで欲しい」と。
勇者はもちろん二つ返事で頷いて信頼できる三人の仲間と世界中を周りました。
世界中の穴を閉じ、悪魔を倒し、モンスターの被害から人々を守った勇者は、一番大きな穴へと辿り着きました。
その穴には悪魔の王を名乗る「魔王」がいました。勇者と仲間たちは激戦の末、その絆で魔王を倒し、一番大きな穴を閉じることに成功しました。
一番大きな穴を閉じると、不思議なことに他の小さな穴もまるで共鳴するように閉じられました。
世界には、一つの小さな穴も残ってはいませんでした。
そして、勇者は役目を終えたように、自分の世界へと帰って行ったのです。
***
まだ朝と呼べる時間帯にこちらへと走ってくる人影が見えて、案内人は立ち止まった。
「おにいさん、こんにちは!」
「フローディ。どうしたの? 早いね。ユーリエも一緒なんて珍しい」
案内人に嬉しそうに話しかけたフローディは憧れの人物と話が出来て朝からご機嫌である。ユーリエもどことなく機嫌よさそうに見えて案内人は微笑んだ。
「実は勇者の泉の話を聞いたんです」
それで話を聞きにきたのかと案内人は心得たように頷き、思い出すように空中へと視線を向けた。勇者の泉の話ならタムレイドの中で知らない人間はいない。どこから話せばいいのか考えて二人に視線を戻す。
「勇者の泉は、大昔に勇者様が禊をした場所ってことで有名なんだ」
「禊?」
「勇者様が?」
案内人はこくりと頷いて話を続けた。勇者の泉とは、勇者伝説に残る勇者が体を清めるために利用した泉であるらしいこと。モンスターは全く存在しない森の中にあるということ。行こうと思っても何故か辿り着けず、断念するものばかりだということ。それからその森の場所とそこに行くための道までを二人に話した。
「タムレイドからそんなに離れてないんだな」
「行ってすぐに帰って来れそうだよね」
「辿り着けたらね。さっきも言ったように何故か泉を見つけることは出来ないらしいんだ」
案内人の話を真剣に聞いたあと、二人は思案を始める。二人の様子に案内人は軽くわたって、別の場所へ行ってしまった。
「どうする? 行ってみる?」
「そうだな。帰れなくなるわけじゃないみたいだし」
凶悪なモンスターが住み着いていて、生きては戻れないというのならさすがに抵抗はある。が、勇者の泉というくらいなのだから、危険なことはあまりないだろう。なんせ勇者様は、世界を救ったすごい人らしいのだから。
「んじゃ、行ってみるか」
「おー!」
なんとも楽天的な思考で、二人はほんの少しの食料と武器を手に、勇者の泉を目指すことにした。気分は軽いピクニック。もし辿り着けなかったとしてもなにか面白いものが待っているに違いない。




