2.鳩時計の裏っ側
「1.鳩時計の裏っ側」という作品の続編です。良ければ先にそちらの作品をお読み下さい。
さて、今日も今日とて12回目のハトの鳴き声で目を覚ます。ぐっと伸びをして欠伸をひとつ。
つい最近食料を調達し、しばらくは新しいチョッキ作りに精を出していた。今日は久々に冒険に行こうか。
ミオお嬢さんからもらった布で作った出来立てのチョッキに着替える。手袋と靴を履き、腰にロープ、大きなリュックではなく今回はウエストポーチにする。
歯車の隙間を縫って登り、ハトの部屋へ。いつものように美しいハトに挨拶をして外へ出る。
薄暗い室内に時計の針の音。静けさが落ちる空間は何度経験してもゾクゾクする。カーテンレールへ降り、カーテンをつたって床へ着地した瞬間、ただならぬ気配を感じ思い切り後方へ飛んだ。
鋭い爪が目の前に飛び込んでくる。
「いやはや、これは驚いた」
鋭い爪の正体はなんとネコだった。真っ黒の毛並みなのだが、頭に巻かれた真っ白の包帯が目を引いた。いつからこの家はネコを飼うようになったのだろうか?
なにはともあれ、先住民としては挨拶をしなければならない。
「やぁ、初めまして。僕はチューと申します。以後お見知り置きを」
「ネズミの分際で何を言ってやがる」
挨拶を無視するとはなんと無礼なネコなのだろう。
「まずは名を名乗るのが礼儀ではないかい?」
温厚な僕でもそんな言い方をされてはムッとしてしまう。
「ハッ。俺に名前なんざねぇよ。生粋の野良だからな」
「おやおや。野良のあなたが何故この家に?」
僕の問いにネコは舌打ちをした。なんとも行儀の悪い。
「ケンカで負った傷をワザワザ治療しやがった。お節介な人間だぜ」
「なるほどなるほど」
ケンカをするような野蛮なネコなら頷ける。
「それよりずいぶんと余裕だな。ネズミなんざ俺にとってただの餌だ。飼いネコは狩りができないらしいが、俺は違うぜ?」
「僕を食べると?」
「血が足りなかったところだ」
ネコが舌舐めずりをする。距離は大して空いていない。そもそも僕の一歩とネコの一歩ではリーチが違いすぎる。さて、どうしたものか。そのときーー。
パキパキ……パリン
そろって不穏な音をキャッチする。音のした方を見ると大きな人影。続いてがちゃりと鍵が開く音。まさか。
「これは所謂ドロボウというやつでは?」
その考えを肯定するかのように窓が開き、人影が進入してくる。
「ちっ。めんどうなことになりやがった」
そう吐き捨てるネコ。まったくネコとドロボウに遭遇するとは今日はデンジャラスな日だ。
「さて、ネコ君。今は協力しないかい?」
「なんだと?」
僕の提案にネコはわかりやすく表情を歪めた。
「僕はこの家を気に入っているんだ。ドロボウに荒されるのは気分のいい話じゃない」
「それはてめぇの都合だ」
「君だって手当てを受けてこの家には恩があるはずだ。野良ネコは恩返しのひとつもできないのかな?」
「……チッ」
ネコはこちらへの殺気をしまった。どうやら交渉は成立したようだ。
「さっさと野郎を始末する。次はてめぇだ」
「はいはい。ではどう攻めようか」
「俺がこの爪で引き裂いてやる」
そう言うと、ネコは床を蹴り一気にドロボウと距離を縮めた。強靭な後ろ足で飛びドロボウの顔面を引き裂こうとした。しかし、直前でネコの存在に気づいたドロボウが顔を腕で庇う。
ネコが切り裂いたのはドロボウの左腕だった。それも服の上からのため傷は浅そうだ。
「チッ! 猫がっ!」
ドロボウは懐からジャックナイフを取り出した。ネコに向かって振りかざす。ネコは右へ左へ飛びナイフを躱す。
これはまずいことになった。物音でミオお嬢さんが起きてきでもすれば、危害を加えられるかもしれない。
これはドロボウを追っ払うか身動きを封じる必要がある。
僕はキッチンに走った。キッチン下の収納を開け、小さめの入れ物に入った油を取り出す。油を背負いドロボウの背後へ。足元に向かって油をぶちまける。
「?!」
思惑通りドロボウは足を滑らせ盛大にこけた。
「今だ! ネコ君決めろ!」
「余計な真似を!」
そう言いつつ、ネコは宙へ飛び落下スピードをプラスした特大のネコパンチをドロボウの顔面にお見舞いした。
「ぐあっ!」
ドロボウが顔面を押さえて痛がっている隙に両足首をロープでぐるぐる巻きにする。特性チュー縛りだ。
そこへ物音を聞きつけたミオお嬢さんの両親がやってきた。すばやく物陰に身を隠す。
当然ドロボウに気づいた両親は一瞬慌てた。同じように焦ったドロボウが立ち上がり逃げようとする。しかし、両足が縛られているため再び倒れこむ。
混乱から立ち直った父親がドロボウの両腕を掴み床に縫い付けた。これでひとまず安心だろう。
母親が警察に電話をかけている間にロープを解いて回収する。撒いた油はもうどうしようもない。
しばらくして警察が登場し、一気に慌ただしくなった。僕は隙間に逃げ込み成り行きを見ることにする。
どうやらネコがドロボウを退治したという流れでまとまったようだ。ネコは今、起きてきたミオお嬢さんに抱かれている。
「ねぇ、この子飼おうよ! 恩人だよ!」
ミオお嬢さんが興奮した様子で両親に訴えている。ネコの顔には不本意と書いてあり笑ってしまった。
これはどうやらあのネコとは同じ屋根の下に住むことになりそうだ。
こちらに向かってなんとかしろと視線を送ってくるネコに深々とお辞儀する。これからよろしくと。
「いやはや、おもしろい仲間ができた」
おわり