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 水城はまさか寺元が来るとは思っていなかったが、不思議と悪い気はしなかった。練習を通じて意識に多少変化が生じた事によるものだろう。

 来たとなれば、律儀を売りにしていた彼としては先日した約束を果たさねばなるまい。

「来てくれたようだな。あんた今、どこにいる?」

 と、劇が終わったばかりなのでまだその辺にいるだろうがとりあえず尋ねてみた。

「体育館の近くだよ。待ってるね〜」

 と、電話は切れた。

 水城は指定された場所へと赴く。

 寺元は体育館の階段に腰をかけて誰かと話をしていた。

 水城が知らない男子生徒である。

 彼としては彼女が誰と話そうが関係はないが、それによって自分のスケジュールが狂わされるのは頂けない。

 そのため、

「あー、ちょっといいか? そこで座っているのは俺の連れなんだ」

 と二人に話しかけた。

「あ? 誰だあんた」

「俺の事は今はいいのさ。ただ、彼女をこちらに引き渡してくれればそれでいい」

「そんなこと知らねぇよ、だいたい……」

 と、男子生徒が言いかけた途中で、

「水城君の言っている事は本当だよ、お話してくれてありがとう。楽しかったよ」

 と、寺元はフォローを入れてくれた。

 そのまま男子生徒を置いて二人で教室棟の方へと歩いていく。

「嫉妬してくれたの?」

 と、歩きながら寺元が言った。冗談のつもりではあったが、彼女としては頷いて欲しいという気持ちもあった。

 これに対して水城は、

「何を言いやがるんだよ、この優等生は」

 と、お茶を濁したような返しをした。

 寺元が望んだものとは違うが、これはこれで嬉しかった。彼の様子を見る限り否定とは考えられないし、本屋で再会した当初よりもかなり打ち解けて来たと感じたのである。

 距離感が縮まって来た事は水城も感じていたのか、

「ありがとうな。話があれ以上拗れないようにしてくれたんだろ? 寺元が説明してくれなかったらこちらにその気が無くても殴り合いに発展していたかもしれない」

 と、彼自身も気づかないうちに『さん』を外して寺元を呼称していた。

 これに気づいてますます気を良くした寺元は、

「君と一緒に回るって事実を伝えただけだよ。それより早く行こうよ。ちょっと行きたいところがあるんだ」

 と水城の手を引いていく。

 呼称について寺元の側も少し変わったところがあるのだが、そちらについては両人とも気づいていない。


 寺元が行きたかったところというのは斎藤のクラスの和装喫茶であった。

 曰く、

「水城君を待っている時に荒法師の格好をしたでかい人が宣伝をやっているのが見えて、なんとなく気になってたんだよね」

 との事であった。

 荒法師の格好をしたでかい人というのはおそらく斎藤の事であろう。あのクラスで印象に残るほどでかい男など彼しかいない。

(お互い気づいていないのか?)

 そう考えると水城は少し楽しくなってきた。斎藤が客引きの担当をする時間は、水城のクラスが劇をしていた時間帯とほぼ一致する。故にそろそろ終わって教室に戻るか、もしくは和装喫茶店内の仕切りの裏で荒法師の衣装を着替え始めている頃合いだろう。

(斎藤の筋肉は中学時よりもさらに肥大化しているし、寺元は可愛さよりも綺麗さが目立ってきている。お互いの変わりようを見て面白い反応をするだろう)

 そんな期待を抱きながら水城は彼女の後をついていく。

 二人は和装喫茶に到着するなり、空いている席に適当に腰掛けた。客入りは多すぎず少なすぎずといった具合でなので二人程で手がたりるらしく、室内では余ったウェイター役の生徒が暇そうにしていた。

 その生徒を呼んで、

「ここに斎藤っている?」

 と水城が尋ねたところ、

「どっちの斎藤? でかい方とミリオタの方」

 と聞き返された。

 水城にミリオタの知り合いはいないので、でかい方だろう。しかし、そのまま返すのも芸がないと思い、

「でかくて筋肉の方だな」

 と言うと、

「ちょっと待ってて」

 と言って仕切りの向こうへと入っていった。

 寺元は一連の会話を聞いてはいたが、同じ中学であった斎藤の事を思い出せず、

「相変わらず顔が広いみたいだね。ここで出来た友達?」

 と尋ねられた。

「交友関係の広さはお前ほどじゃないさ」

 水城は前者についてだけ返答した。

 程なくして、斎藤が出てきた。荒法師の衣装は既に脱いでおり、制服を着ている。

「よう、なかなかの怪演だったそうだな。ところで、そちらは彼女さんかね?」

 と斎藤が言うと、水城の腕にいきなり寺元が抱きついて来て、

「そう♡ 私達、付き合っているんです〜」

 と言ったので、二人を会わせて反応を見ようと企てていた水城が逆に狼狽してしまった。

「おい、何デタラメ言ってんだよ。まだ付き合ってはいないだろ」

 と彼女を振りほどきながら何とか返すも、

「『まだ』、ねぇ」

 と斎藤はニヤニヤしている。

 二人はお互い旧知の仲ではあったが相手に気づいておらず、当然、示し合わせたわけではない。しかし、あまりにもいいコンビネーションだったため、

「お前ら、二人で事前に俺をからかう算段を立てていやがったな」

 と水城が問いただした。

「えっ?」

「どういう事だ?」

 斎藤と寺元は水城が何を言っているのか分からない。その二人につられて水城まで、

「ん?」

 と、混乱した。しかし、すぐに二人はお互い誰だか気づいていない状態で自分をからかうために協力し合ったのだと理解し、

「斎藤、彼女は寺元玲香だ。煌びやかだった昔よりは多少落ち着いた見た目をしてるが、あれだけ目立っていた事だし覚えているだろう。寺元も斎藤晃久と聞けば分かるか? 中学の頃から中々の筋肉だったが、この一年間でさらに肥大化した結果がこの変わり様だ」

 と説明してやると、ここで初めて寺元と斎藤はお互いの事を思い出した。

 水城の当初の目論見通り、二人は驚きはしたが、先制攻撃を食らってしまった彼としては想定していたものよりは微妙な結果であった。さらに、

「まさか、二人が交際していたとは思わなかったな」

 と、斎藤は弁解した後も茶化すような事を言っててきたので、実質水城の負けであろう。

「あぁ……とうとう理解力まで筋肉に吸い取られちまったか……」

 (いたち)の最後っ屁のような事を言ってみたが、

「ごゆっくりどうぞ〜」

 と、斎藤は行ってしまった。

「なんか、ごめんね。嫌だった?」

 斎藤が居なくなった後、寺元は水城に謝罪したが、

「いや、これはこれで面白い。面子が面子だけに中学の頃を思い出した」

 水城は微笑しながらそう言った。

 その後、二人は珈琲を飲みながら近況報告等をし合っていたが、室内が混雑してきたので退室した。

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