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文化祭がいよいよ近くなり、水城のクラスはその準備でさらに活発に活動するようになっていた。
衣装、小道具、大道具、役者等役割分担はなされているが、完全に職能別組織と化しているわけではなく手空きになれば相互で協力し合って準備を進めているといった状況になっている。一見、役者が一番暇そうに見えるがそういう訳ではない。むしろ、色合いは多少違えど、根底自体は変わらない道具製作関係の方が相互協力がし易くなっているのが実情であり、台詞、動作に加え大根にならない程度の演技力を身につけなければならない役者が案外一番大変かもしれなかった。文化祭の劇など別に棒演技でも良さそうなものだが、手が抜けるような雰囲気ではないのである。
故に、水城などは
(難儀なものに割り当てられたものだな)
などと少し嘆いていた。
自然、演技がやや不味くなる。
目立ちたがり屋のクラスメイト多田忠明や四尾雅美などは、
「わーっはっはっは、儂はこの黄金色の菓子が好物での。見よこの輝きを、唐天竺にすらこの美しさに勝るものは無いであろう」
「代官様、私もその菓子は好きでございまするが、最も美しいというのは聞き捨てなりませぬ」
「おお、そちもこの輝きに負けぬ美しさであったな。詫びにそちにも少し分けてやろうの」
「わーっはっはっは」
「ほほほほほ」
などとかなりノリノリでやっており、演技もなかなか上手いのだが、それに続く水城は
「では、代官様。今後もよしなにお願い致しまする」
などと、あまりパッとしない上に棒読み棒演技である。
故に水城は練習中足を引っ張り気味であった。
文化祭のだいたい一週間前になった。
この日の放課後の練習時間が終了したので、水城はなんとなく図書室へと赴いた。新刊が入っていないか少し気になったのである。
新刊、海外文学、パソコン関連の本棚等を見て回り、結局、快適な睡眠に関する本を借りて教室へと戻っていく。
その途中の空き教室から声が聞こえてきた。
しかし、普段この教室はマジック同好会が使っているが、部活ではなく同好会故に軽く見られがちであり、メンバーは文化祭の準備に駆り出されている筈であった。別クラスにいるマジック同好会の友人、福元啓一も先ほどお化け屋敷の準備を進めているのをチラッと見たのでそのことは確かであろう。故に、誰かいるというのは考えにくい。
少し気になったので覗いてみると、中には四尾がいた。
彼女もマジック同好会の一員であるが、今日は手品ではなく演技の練習をしている。
彼女が代官の愛人役であるためか、流し目、キセルをふかす仕草等、動作がことごとく色っぽい。
すると、彼女は水城に気づいたらしく、妖艶な動作を止め手招きをした。
扉を開けて中に入ると、
「ひょっとして福元君に用があったの? 彼、今は出ているよ」
と彼女は言ってきた。水城が此処を訪れるのは福元絡みのことが多かったので今回もそう思われたのだろう。
「いや、今日はあいつじゃない。マジック同好会は今、各クラスの方に駆り出されているって聞いてたのに声が聞こえてきたから気になって覗いてしまったんだ」
「ふふ、良いよ別に。私のパフォーマンスに見惚れていても♡」
と演技の練習の一環なのか、妙に色っぽく冗談を言った。微笑を浮かべながら指を自分の口元に持ってくるといった手の込みようである。
「何を言いやがる。この手品師は」
水城も微笑しながらそう返した。ただ、彼は自分の演技がお粗末であるが故に、演技の練習を多少見たいという気持ちがないでもない。彼女の言うことは必ずしも間違いではなかったのである。しかし、
(でもまぁ、邪魔になるか)
と考え、
「練習、頑張れよ」
と言って教室を後にしようとした。
が、
「待って」
と、止められた。
「どうした?」
と、止めた理由を聞いたところ、
「せっかくだから演技の練習していかない? 多田君はいないけど、彼のところは私がやるからさ」
との事であった。しかし演劇部でもないのに彼女の演技に対する思い入れはどういう事であろう。すでにある程度完成しているにも関わらずそれ以上を目指しているのである。
その事がなんとなく気になった水城は
「俺はともかく、四尾はもう完璧じゃないか? 手品師のあんたが何でそこまで演技力にこだわるんだ?」
と尋ねてみた。
曰く、
「手品師だからだよ。劇もマジックも目的は同じで、観客を楽しませる事でしょ。マジックでの喝采を今度の劇でも浴びたい。だからこだわるのかもしれないね」
との事であった。
水城は質問した事を少し後悔した。何だか情けなくなったのである。
受動的に決まった役に気が乗らず、寺元に教える事も躊躇っていた彼と違って、彼女はさらに大局的な見方をしている。
(時間がなかった所為で配役こそ投票で決められはしたが、四尾は確か志願して役者を選んだ筈だ。当然、できることなら主役かメインヒロインがやりたかっただろうに……)
そう思うと協力してやりたい気持ちと向上心が湧いてきた。今までは邪魔にならない程度の演技力があれば良いと思っていたのだが、此処にきて多田や四尾に引けを取らないくらいの演技をしたいと考えたのである。
二人は最終下校時間のチャイムが鳴り響ギリギリまで練習を重ねた。
結果、彼女の協力によって、
「ヘッヘッヘ。では、代官様。これからも、よしなにお願い致しまする」
とちょっとしたアドリブを入れられるようになり、棒読みが解消され、ついでに動作も丁寧になった。
「うん。随分良くなったと思う」
と、四尾のお墨付きを貰う事も出来ている。
その後、二人は少し急ぎ気味に昇降口まで一緒に歩いてきた。
靴を取り出す四尾を見て
(そういえばまだお礼を言っていなかったな)
と思った水城は、
「今日はありがとう。これからは自信を持って練習に参加できそうだ。しかし、すっかりあんたの練習時間を奪ってしまったな」
と言った。
「水城君の動作が流麗になっていくのを見て何か新しい事に気付けそうになったんだ。感謝したいのはこっちだよ。むしろ私の方こそ付き合わせてごめんね、迷惑じゃなかった?」
「迷惑な事があるか」
と言いながら水城も靴を取り出し始める。
しかし、先に靴を履いていた彼女が小走りで出入り口付近へと向かい、
「ふふ、良かった。劇、上手くいくと良いね」
と振り替えって別れの挨拶らしきものをしてきたとき、靴を落とした。
窓から入る月明かりに照らされた彼女があまりにも綺麗だったのである。
故に、演技の練習の甲斐なく
「ああ」
などと気の抜けた返事をしてしまったのだが、幸いそのときにはすでに彼女は校門に向かっており、声は届かなかったであろう。
元々、水城は四尾のような顔がタイプであったし、
(いい奴だなぁ)
と、彼女と話す度に思っている程、性格も好みであった。それに、先ほどのパフォーマンスに対する情熱を聞いて新たに凄い奴であるという認識も増えた。極め付けに、先ほどの月明かりである。
好意を抱いてもおかしくはない。
ただ、どうにも告白して付き合いたいなどとは思わなかった。
ひょっとしたら、好みとあまりにもマッチし過ぎている故に、逆にこれ以上深入りはしたくないと深層心理が拒否している状態なのかもしれない。手を触れて汚したくないのである。
(絵画や彫像を見たときに近い気持ちなのかもな、さっきのは。好意よりも敬意に近いのかもしれない……)
そう思いつつ、先ほど習得した演技を頭で反芻しながら彼も帰路についた。
ちょっと推敲し直しました。