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中間考査が終わり、水城の高校は文化祭の準備で慌しくなり始めていた。
因みに彼は苦手な理系科目で過去最高点を叩き出しており、順位も少し上がっている。
彼はその事を一緒に勉強をした寺元に伝えるべく
『俺は今回調子が良かったですよ。そっちはどうでした?』
などという文章を彼女に送ったのだが、彼女の方からは
『そうだったんだ。勉強会を開いた甲斐があったね』
と簡素な文が来ただけで、この時点では自身の成績については書かれていなかった。実際のところ彼女は順位を少し落としている。
しかし、水城はこの文章から彼女が大きく成績を落としたものと早計し、
(結構頻繁に連絡を取り合うようになってたし、邪魔をしたかな?)
と考えたが、当の彼女は
『順位は下がったけど、一緒に勉強した英語自体は少し点数が上がったよ。楽しく勉強できたってのが関係しているのかな?』
と追伸してきたくらいなので、むしろ機嫌が良い程だった。
しかし、目の前にいない、ましてや少し前まで大して親しくも無かった相手の心情など水城には分からない。
とりあえずフォローを入れておこうと、文章を打っていると、
『ところで話は変わるけれど、文化祭が近いんだって?』
と、先に寺元からのメッセージが来た。
水城は途中まで入力した文章を消しながら、
(まずい質問が来たなぁ……)
と思った。
と言うのも、彼にはクラスでの出し物についてあまり説明したくない気持ちがあった。
彼のクラスでは劇を、それも
「賞を取るには珍しさを重視した方がいいんじゃね?」
という意見が採用された結果、西洋の小洒落た話などではなく、時代劇をやる事になっていた。水城は悪代官とつるんで材木の相場を故意に跳ね上げている悪徳商人の役を担当する事になっている。この程度であれば説明するのもやぶさかではないが、よりにもよって主役の出現に腰を抜かした挙句、斬られてくたばる役であった。ロングホームルームの際に役者をやりたいと立候補する者が少なく中々話が進まなかったため、足らない分の役者を誰にするかと配役はどうするかは全て投票で決められている。故に、第三者から見たら適した役ではあるらしいが、情けなくてどうにも言いたくはなかった。
しかし、話の流れ的には説明する事になるだろう。
とりあえず、
『文化祭があるって誰から聞いたんですか? 俺は確か伝えて無かったと思いますが』
と、様子を見るような文を送ってみた。この時、共通の知り合いである斎藤の顔がなんとなく思い浮かんだが、振り払っている。
『そっちにいる友達だよ。松瀬紅葉って知らない? 私達と同じ中学出身なんだけど、その子が情報源だよ』
女子の人間関係など水城の知るところでは無かったので、その松瀬なる生徒に心当たりは無かった。当時のクラスも違う。
しかし、他校に進学した中学時代の友人とはあまり連絡を取っていない彼とは違って、彼女は中学時代の関係性を継続しているらしいことは彼にも分かった。
(流石にヒエラルキーの頂点だっただけあるな)
などと水城が感心していると、
『それで、水城君のクラスは何をやる事になったの?』
と、意外と早く危惧していた質問が来てしまった。
ただ、水城は正直に答える以外の返しを二つほど思いついている。一つは松瀬に聞けと返す案である。
水城は松瀬の事を知らないので、向こうも彼の事を知らない可能性が高い。故に彼女は水城という生徒がどこにいるのかさえも把握しておらず、寺元の質問に答えられないだろうという考えである。
ただ、寺元の場合と同様に、水城には覚えがなくても松瀬は彼の事を知っているということも考えられる。そして何より質問されているのは彼だというのに、それを他人に押し付けるという事はどうにもやりたく無かった。
自然、第二案の
『秘密にしておきます。もし気になって来る事があれば連絡してください。図書館での御礼に今度は俺が何か奢ります』
という文を使った。
寺元が来ないと踏んでの返信である。
既に近隣の学校で文化祭を取り行ったらしいが、仲間内でも行ったという話を聞かない。寺元の場合もその例外には漏れないだろうという考えである。
狙い通り、
『分かった、そっちに行くようだったら連絡するね』
という文言が返ってきた。
所謂、
「行けたら行く」
という行かない時に使いがちな常套句である。
(これは来ないな)
望んだ通りの返事が返ってきた為、彼はとりあえず安堵したが、この時自分がこの常套句を言ったとしても、実際に行くタイプの人間であるということは彼の頭からは抜け落ちてている。