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(今日ほど神の存在を感謝したこともないなぁ)

 と、公園から戻ってきた後、寺元玲香は中学の卒業アルバムを眺めながら考えていた。

 まさか、再び水城に再会することがあろうとは思わなかったのである。

 久しぶりに会って思った事は、中学当時と何も変わっていないという事であった。

 彼がではなく自身がである。


 彼女が水城と初めて話をしたのは中学一年の夏休みの事であった。

 その日は家族と花火大会へ行く予定だったが、この日は顧問の予定で練習開始時間が遅れた結果、バレー部の練習が長引いてしまい、打ち上がり始めた頃にようやく終わった。

「いくら夏休みと言っても何もこんな時間までやる事はないでしょ。どんだけ花火が嫌いなんだよ、あの顧問」

 などと苦情を呟きながら駐輪場へと急ぐ。

 自分が駐輪した場所を思い出しながら自転車を探していると、先客がいたらしく、

「バレー部も今帰りか?」

 と寺元は話しかけられた。

 暗くて容貌は薄っすらとしか見えなかったが、声、カゴに入れられた柔道着らしき物、通学用に巷では廃れ気味の抱え鞄を使用していた事で水城だという事が分かった。

 水城の方は薄っすらと見えるユニフォームで彼女をバレー部と判断したのだろう。

「そうだよ、今日は花火だっていうのになかなか終わらなくてさ」

「俺の方も似たようなものだ。お互い大変だな」

「それも、二年や元々やっていた一年ばかりが実のある練習をしてて私達は見ている時間の方が長いから余計モチベーションが削がれるんだよね。でもまぁ私の方は今日が特殊だっただけで、こういう日はあまりないけど、柔道部は本当に大変そうだね。いつも、遅くまでやっているでしょ」

「いつもってわけじゃないけど大体そうだな。サッカーや野球なんかより触れる機会が少なく、道具を揃える費用を抑えられ、さらに授業でも使うとなると柔道しかないと思ったんだが、利でスポーツなんてやるもんじゃないな。俺には合わなかった……」

 二人とも疲れているからか、どうも話が暗くなってくる。

 そこで寺元は

「花火、見たかったけど今行っても間に合うかな……」

 と、花火の話題に切り替えようとした。

「そんなに花火見たいか? 会場の雰囲気や、出店を楽しみたいとかじゃなく?」

 質問の意図が分からなかったが、寺元は肯定した。

 実際、彼女は今まで大人とばかり花火大会に行っていたためか、他の同世代に比べて純粋に花火を楽しむ心が多分に残っている。

 すると、水城は

「だったら何とかなるかもしれん。ちょっと時間を貰うぞ」

 と言って寺元の手を取ると、そのまま体育館の方へと連れて行った。

 そこから、非常階段と思しき階段を登り、最上階に到達するとそこから梯子を登って屋上へと出た。

 当然の事ながら誰もいない。

 しかし、建物や土地の高低差で隠れていた花火がくっきりと見える良スポットだった。一応、周りが開けた高所という事もあって恐怖を感じない事もないが、酔っ払っていたりしない限り危険はないであろう場所である。

「思った通りだった。ちょっと危なっかしいかもしれないがよく見える」

 と、水城は満足そうに言った。

 そして、その辺に腰を下ろすと抱え鞄からサラミ、貝ひも、マカデミアナッツの袋を取り出して花火を見ながら食べ始めた。さらに、

「あんたもいるか?」

 と寺元にも言ってきたので、彼女も腰を下ろしてマカデミアナッツをひとつまみ貰った。

「ありがとう、随分と親切なんだね」

 謎チョイスの菓子類と、花火の礼を言うと、

「いや、そんなことはないさ。悪いことをしたい年頃なんだよ。その口実に利用させて貰っただけだ」

 とのことであった。

 しかし、今まで家族としか花火を見たことがなかった寺元にとっては刺激的な体験である事には変わりなく、

「それでも、今までにない花火大会だったよ。ありがとう」

 と重ねて礼を言った。

 彼女にとってその夜の花火は今までに、そして以降の三年間で見たどの花火よりも綺麗に見えた。


 きっかけは恐らくその一件だが、それ以降も花火大会の時の話こそしなかったものの度々関わる事があり、その時間が増える毎に寺元の水城への好意も醸成されていった。水城の卒業旅行のしおりや卒業アルバムのコメントも接触回数を増やして彼の気を引こうという作戦の一つである。

 その時の好意が今に至るまで変わっていないのだ。別々の学校に進学したので彼女自身は薄れていると思っていたのだが、そうではなかったらしい。

(そうと分かった以上何か行動を起こさなくては)

 自然、そう思った。中学時代は散々手を尽くしたにもかかわらず、結局脈ナシで終わってしまったが、行動を起こさなければ何も始まらないだろう。

 一時とはいえ自分とデート紛いの事をしてくれたので、現状、水城は誰とも交際していないようだったが、彼には隠れた人気があった。文武両道で交友関係の広いリア充や、田舎中学の花形である不良にこそ及ばなかったものの、なかなか律儀である上に秀麗なためであろう。

 故に、大衆がブランド力の高いA5ランクの肉を羨望するのに対し、生産者やマニアがA3ランクを好んで食べるという話みたく、競争相手が少ないとはいえ、うかうかしていればマニアに先を越されてしまうのも必定である。

 手始めに、

『今日はありがとう。久しぶりだったから驚いちゃった。次の休み楽しみにしてるね』

 という文を送ってみた。

 すぐに、

『時間はどうしますか? なるべく多くの時間をなるべく確保したいので、できれば午前中からにしていただけるとありがたいのですが』

 という文が返って来る。

 やや硬めで、いつもの水城とは違った感じであったが、それでも意中の相手からの連絡というものはかなり嬉しかった。

『了解です。今日のジュースのお礼に何かご馳走します。楽しみにしててね』

 そう、遠慮という退路を断つような返信すると、その日は風呂に入って寝た。

 ただ、テンションが高くなってしまっためなかなか寝付く事が出来なかった。

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