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窓を開ければ寒いが、締め切ってしまうと陽射しが強いせいかやや暑くなる。
そんな三月下旬のとある日に水城嘉邦は貴重な春休みの一日を割いて部屋の掃除に取り組んでいた。
水城の部屋は然程広くなかったが、とにかく物が多い。それも、未だにテキストや部活動で使った道具、なんとなく買ったトレーニング用品等の中学時代の物が多く、そこに高校一年目で配布された物が新たに加わったので流石に片付けようと思った次第である。
高校一年目の物は時期が近いが故に、重要な物とそうでない物の判別がし易く存外早く片付いた。
ただ、中学時代の物が問題であった。
テキストを紐でまとめたり、日光で変色した小テストを片っ端からゴミ袋へ投入したり、部活の道具を倉庫にしまったりと、大して思い入れのない物はすぐに片付いていく。
しかし、クラスの様子が事細かに記された学級通信やイベント毎に撮った写真、体育祭のプログラム等思い出深い物も多く、そういった物に当たる度にいちいち手を止めては懐かしがっていた。
卒業旅行のしおりもその一つである。
中を開いて見てみるとタイムテーブルや持ち物欄などが書かれているが、その他に『卒業旅行の思い出』という自由に書き込めるようになっているページがあった。
人によっては白紙に終わる項目なのであろうが、水城の場合は寄せ書きのようになっており、
『夜露死苦! 相沢』
『大沢 参上!』
と、交友のあった不良が書いたと思われるものや、
『わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波 飯島』
と、やや意識が高めの友人が書いたもの。さらには、
『雪の日に 北の窓開けシシすれば あまりの寒さに ち〇こ縮まる 斎藤』
と、飯島をおちょくったらしいものまであった。
(最近は全然会わなくなったな……。あいつらは今何をやっているんだろうか)
と思いながら読み進めていく。斎藤以外は少し遠くの進学校へと行ってしまった為、水城は何やら懐かしく感じたのだった。
その中に紛れて、
『楽しい旅行にしようね♡ 玲香』
という一文があった。
玲香とはクラスの女子の中でもとりわけ目立っていた寺元玲香の事であろう。
一際目立っていた為か、水城も彼女の名前と顔くらいは覚えている。ただ、自分と彼女との接点がどうにもピンとこない。
中学時代の水城の立場は割とニュートラルなもので、交友関係こそ広かったが周囲に影響を及ぼすほど強いものではなかった。キョロ充というほど安定性を欠いてはいないが、リア充ほど華やかでもない。そんな立ち位置である。
ところが、寺元は彼女の発言がクラスの総意になる事もある程に人気があった。クラス内で序列をつけるとすれば少なくとも彼女は水城よりもワンランク高位であろう。同位の者は同位の者と親しくなりがちであり、実際、彼女の場合もそうだったので、彼と彼女もそこまで親しい間柄ではない。
その彼女がコメントを残している事だけでも意外であったし、ましてや♡を文末につけるとはどういうことであろう。
(俺と寺元さんはどういう関係だったのだろうか)
自然、そんな疑問が浮かぶ。
考えてみれば接点が全くないわけでもなかった。
長期休暇明けに彼女が旅行先で買ったという土産を何度か貰った事があるし、男女混合でチームを作る事になった際に何度か一緒になった。普通、嫌っている人間に土産など渡さないので、悪く思われていないのは確かである。
ただ、それほど親密な関係があったとも思えなかった。
(もしかしてこっちにもコメントしてるかも)
そう思って卒業アルバムを手に取った。
やはりこちらにも
『学校は別々でも、私のこと忘れないでね♡ 玲香』
と書かれており、これだけ見れば仲が良かったのだろうと思える。
(まさか、好かれていたのか?)
とちょっと思ったが、その線はないだろうとすぐに頭から消した。
彼女を人気者たらしめている要因の一つが、誰にでも優しく接する事にあったためである。
(このコメントもその一環であり、きっとクラスの全員に似たような事をしたのだろう。♡も社交辞令の一種に違いない)
水城はそう考えた。
(まあ、何はともあれ過去の話だ。今更考えてもしょうがないだろう)
そう結論付けて作業を再開する。
片付けは結局夜までかかった。