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学生っていいな  作者: 近江 仙
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悩み


 悩み


 授業開始まであと数分、というときに僕は教室に入った。

 空いている席はあるが、女子の横であったり、数日風呂に入っていないと有名な奴の隣であったりと…、とにくかく席が空いていなかった。

 僕はあきらめて前方の席に座ることにした。


 空いている席があったからだ。

 3人掛けの席に、二列で5人が腰かけている。

 その中で特に目立つ学生がいた。少し小太りのユウタだ。悪い生徒ではないが、特に知らない。だが、僕はその周りの生徒を見て思わずまた見た。二度見した。


 なぜなら、その周りには、それこそ最近いわくつきの男子たちが揃っている。

 それこそ二つ名を持つ面々だ。


 AV流出の“アキラ”

 ケモナー“ジュンイチ”

 ナミエの敵“ジゾウ”

 アホ“カズキ”


 彼等を知らない人間は、大学には沢山いるが学科では少ない。そのくらいの有名人たちだ。

 僕は何も言わず、空いている席に腰かけた。


 類は友を呼ぶというのか、固有振動数が同じ類の人間が共鳴しているのか…

 そんなことを僕が考えている時、何やら会話が始まっていた。


「次の講義、う●こ応援タジマだー。ダルー」

 カズキがうなりながら言った。

 彼はアホだ。


 う●こ応援タジマ…というのは教員のあだ名だ。なにやらトイレで用を足すときに応援をするという、訳の分からない性癖を持っているらしい。…が、正直何を言っているのわからない。ただ、う●こというフレーズが心地よいせいか広まったらしい。


「なんだ?そのう●こ応援って…タジマ先生なんかしたのか?」

 ジュンイチがそのイケメンから発するようなことではない単語を言った。

 このジュンイチは、犬の交尾を録画しているということと、恋愛対象が獣であることを除けば非の付け所のないイケメンだ。

 欠点がひどいが。


「そうだよな。だってこの前まで肛門チョークタジマだったじゃん。」

 そう発言するのはアキラだ。

 彼はAVを授業中に流す勇者だ。いや、流したのはカズキだが。


 この肛門チョークというのは、教員のタジマがチョークのついた手で尻を掻いたため、ズボンに痕跡が残っていた…というものだ。


「知らないのか?先輩から聞いたんだけど、う●こするときに応援するらしいんだぜ。うけるよな。」

 カズキが面白そうに笑いながら言った。


「なんで知っているのかが疑問だけど、トイレくらい自由にさせてあげたらいいと思うな…」

 苦笑いしながら言うのはジゾウだ。

 ジゾウの言うことは最もだ。

 ジゾウというのは、特に変なところがある生徒ではないが、ある一部の女子に蛇蝎のごとく嫌われているだけだ。理由は知らない。


 そんな中、ユウタは何か思い出すように両手を胸に当てて目を閉じていた。


「どうした?ユウタ?」

 彼の異変に気付いたのか、アキラがユウタの肩を叩いた。


 ユウタは目をゆっくり開け、アキラを見た。

 彼はその目を、カズキ、ジュンイチ、ジゾウ…と順に向けて悩まし気にため息をついた。

 その様子に四人とも息を呑んでユウタの様子を見た。

 ユウタの様子に僕も思わず、心配になってしまった。


 ユウタは息を吸って、また吐いて、心の準備をするように呼吸をしてから意を決したように顔を上げた。


「…なあ、女体化…って知っているか?」

 ユウタは声を潜めて尋ねた。


 僕は思わず教科書を握り潰しそうになった。


 ちょうどその時、チャイムが鳴った。


 授業中話すわけもいかなく、それぞれが前を向いて

 う●こ応援タジマの授業を受けた。


 眠気に耐えながら僕は周りの生徒を見た。


 真面目に受けるジュンイチは、眠くなると定評のある授業でもしっかりとノートを取っている。さすがだ。性癖が無ければ真面目で欠点が無いのにもったいない。


 アキラはチラチラ教壇に立つタジマを見てにやにやしている。

 おそらくう●こ応援を考えているのだろう。


 ジゾウはユウタを見てそわそわしている。

 気持ちはわかる。


 カズキはノートの切れ端に落書きをしてそれをジュンイチの目の前に放り投げた。

 ジュンイチが肩を震わせ、カズキの肩を殴った。


 ユウタは自分の胸に手を当てて目を閉じていた。

 彼のその様子はとても深刻な悩みを抱えているようだった。



「お前の言葉が気になって全然授業に集中できなかった!!」

 授業が終わると、口を尖らせたジゾウが嘆くように言った。


「そういえば、ニョタイカ…とか言っていたけど、それってなんだ?」

 ジュンイチは首をかしげて尋ねた。


「えー!?お前知らないの?女体化!!」

 大声で言うのはカズキだ。

 その声に、教室にいた生徒たちは注目した。


 一部の女子たちは白い目で見ている。


「バカ!!大声で言うなよ。ただでさえ…おれ女子から嫌われているんだから…」

 ジゾウがカズキの口を抑えた。


「大変だな。」

 ジュンイチが気の毒そうにジゾウを見た。

 ジゾウは何も言わずにノートでジュンイチを殴った。

「いだ!!」

 殴られたジュンイチは心外そうにジゾウを睨んだが、それ以上の気迫のジゾウに気おされ、目をそらした。


「…お前ら…俺のこと変な目で見ないか?」

 ユウタは深刻そうな顔で四人を見た。


「大丈夫。俺らもうすでに周りに変な目で見られているから。」

 ジゾウはカズキの肩を叩いて言った。


 それには大きく同意する。

 僕は彼等の会話が気になり、席に座ったまま盗み聞きすることにした。


「…それって、よく考えるとホルモンの問題なのかもしれないと思ったんだ。漫画でも…実は現実的にありうることだと俺は思ったんだ。」

 ユウタは真剣そうに言った。


「それなら、女体化した人間がイチモツ取れている理由が分からないだろ。」

 アキラは真面目な顔をして首を傾げた。


「いや、もしかしたら秘密裏に手術をされているとか…だって、女体化している人って手術している人たちだろ?」

 同じく真面目な様子で言うのはジゾウだ。

 何真面目に討議しているのか分からないが、彼が言っているのは性転換手術であり、女体化とは違うと思う。


「それよりニョタイカってなんだ?」

 ジュンイチは首をかしげて尋ねた。

 まだわかっていなかったらしい。


「それは男が女になるってことだ。おっぱいがついて、チ●コが取れるんだ。」

 恥ずかしげもなく説明するのはカズキだ。白い目で見られるのは慣れているのか、はたまた馬鹿なのかわからないが、今も白い目で見られている。


「雌雄一体…カタツムリみたいなものか?…なんか寄生虫みたいだな。」

 ジュンイチは顔を顰めて言った。


 こいつら真面目に討論している…

 僕は馬鹿らしく思いながらも討論の行方が気になり、彼等の会話に耳を傾けた。

 まわりには僕と同じように学生が見られる。


「難しく考えるなよ。ジュンイチ。漫画とかファンタジーの世界だって。」

 笑いながら言うのはアキラだ。お前さっき真面目に何か言ってなかったか?


「まあ、女体化って現実的だということだ。」

 ユウタは話をまとめるように言った。

 だが、まとまっていない。そもそも現実的じゃない。


「でもどうしたんだ?それがお前の悩みと関係あるのか?」

 ジュンイチは特にユウタの言葉に疑問を持つことなく尋ねた。

 周りの三人も心配そうにユウタを見ている。

 真剣に考えたなら疑問を持てよ。


「…そうなんだ…実は…」

 ユウタは自身の胸に手を当てて、息を吸った。

 さっきから胸に手を当てすぎだろ。


「…俺、女体化したみたいなんだ。」

 ユウタは神妙な顔で言った。


 僕は思わず立ち上がりそうになった。僕と同じく彼等の会話に聞き耳を立てていたメンツも同じようだ。立ち上がりそうになり、お互い気付いて目礼をした。


「はああ?どう見ても男だろ。」

 カズキは素直に驚いている。

 僕も驚いているし、君と同じ意見だ。


「…それは…言いづらいことを…」

 ジュンイチは気まずそうに眼をそらした。

 ジュンイチって、バカなんだ…と僕は思った。


「え?どういうこと?」

 ジゾウは混乱したようにユウタを見ている。

 それに関しても僕は同じ意見だ。


「…ユウタ…手術したの?」

 別の方面で驚いているのはアキラだ。

 確かに今の話の流れだとそう思ってもおかしくないが…


「違う…。落ち着いて聞けよ。」

 ユウタは息を潜め、落ち着くように言った。


 今教室は静まり返っている。


「…夢を見たんだ…」

 ユウタは夢の話を語り始めた。


 ある朝起きたら、やけに方が凝るな…と思って、鏡を見たんだ。

 そうしたら…母さんにそっくりなおばさんがいたんだ。

 驚いたが、よくよく見てみると俺みたいなんだ。


 それで驚くと思ったら、納得しちゃって…夢って不思議だよな。

 その時、おっぱいもあったんだ。


 ああ…おれ、女体化しちゃったんだ…と思ったとき…


 目を覚ましたんだ。


 ユウタは簡単に夢の話をした。

 どこから突っ込めばいいのか分からない話だが、お母さんに似たというのが現実的で、更に言うなら女体化だけでなく老けている。

 僕は疑問を押し込め、彼等の話をに聞き耳を立て続けた。


「目を覚ましたらさ、まあ、夢のように朝起きるわけじゃん。」

 ユウタの話を四人は真面目に聞いている。

 そのうちの三人は授業も真面目に聞いてるか怪しいが、こんなくだらない話は聞くのか…と僕は思った。だが、この教室にいるメンツみんなそうだという結論に至った。


「まあ、そんな夢見たら鏡を見るじゃん。で、そこにはいつも通り俺が居たんだ。」

 ユウタはそこで安心させるためか笑った。

 それに四人は安心したようにだよなーと頷いて笑った。


「だけど…そこで安心したけど…




 おっぱいが…あったんだ。」


 ユウタは顔を真っ青にしていた。


「え?」

 アキラは訳が分からんという顔をして居る。

 僕もだ。


「だから、俺におっぱいがあったんだよ。」

 ユウタは投げやりに言った。


「それは…訳が分からないな。」

 ジュンイチは真面目な顔をして言った。

 僕もそれに同意見だ。


「そうなんだよ。だって今までデカかったDカップのブラジャーにきれいに収まるんだ。」

 ユウタは悩ましいように眉をひそめて言った。


「それは…デカいな。」

 カズキはDカップというワードに食いついたようだ。


 だが、待て。

 僕は別のことが気になって仕方ない。


「それは大きいのか?」

 ジュンイチは隣居るジゾウに聞いた。

 ジゾウは驚いた顔をした後、顔を真っ赤にしたが頷いた。


「じゃあ、ホルスタインみたいなものか…」

 ジュンイチは納得したように頷いた。

 お前イケメンじゃなかったら殺されるぞ。


「とにかく…おれ、女体化しちゃったんだよ。どうしよう…」

 ユウタは心底困った顔をして居る。本当に悩んでいるようだ。僕は別のことで悩んだらいいと思うが…


「落ち着け。だって、今は色んな性的嗜好があるし、多様性の時代だ。」

 ジュンイチはユウタをなだめるように言った。

 お前にとってもいい時代だよな…と内心思った。


「そうだよな…あ、でも俺お前たち恋愛対象とか見れないからな!!俺は女のことが好きなんだからな!!」

 ユウタは慌てて言った。

 お前変な目で見るなってそういう意味で言っていたのか。


「大丈夫。俺女の子好きだから。」

 アキラが笑いながら言った。

 うん。お前の見ているAV見たからわかる。


「そういうやつが一番不安なんだよ。もー」

 ユウタは怪訝そうな眼をアキラに向けている。

 どういう意味で不安なのかわからないが、あってもお前はないと思う。


「でも、その前兆とかあったのか?」

 カズキはユウタの胸をガン見しながら尋ねた。

 お前はわかりやすいな…


「ああ。やけに食欲があったし…そのせいで体重も増えたな…」

 ユウタは思い浮かべるように目を閉じて頷いていた。


 僕はそれが原因だと思う。


「確かに妊婦さんも食欲が増すって言うしな。」

 アキラは納得したように頷いていた。

 それ全然分野違う。


「だが、トイレ大丈夫か?だって…今までと勝手が違うだろ?」

 心配そうに声を潜めて言うジュンイチだが、この教室のみんなが聞き耳を立てているから全然隠せていない。


「ああ。だって、下は変わっていないもん。」

 ユウタはあっけらかんと言った。



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