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学生っていいな  作者: 近江 仙
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学生の怪談

 学生の怪談


 今、俺の大学の工学部では、ある話題で持ちきりだった。

 女子は眉を顰めて嫌悪を表すが、俺らは違う。

 彼のやらかしに尊敬すら覚えた。幸い工学部は女子が少ないが、女子の耳に入らないというわけではない。


 再生したのはカズキだが、パソコンはアキラのだった。


 まさか授業の発表でアダルト動画を再生するなんて、俺には真似出来ない。

 彼の功績は語られ続けるだろう。男子からは尊敬と羨望、女子からは軽蔑と嫌悪。


 話題に上がり続けるのも少し羨ましい。

「アキラには敵わないわ。」

「あれは、真似できない。」

 というよりもしたくない。気の毒だが、尊敬する。


 自分の性癖は晒したくないが、話題になり、ネタとなるやらかしをしてみたい。

 そんな性が俺にはある。いや、俺の友人たちもそうだった。


 何をやるにも第一人者が偉大だ。今更アダルト動画を再生するのは二番煎じもいいところ。だが、二番煎じも第一人者の勇気がいる。二番煎じがあれば、それは流行りとなり、多発してもいいものになるのだ。

 これは俺の持論だ。


 二番煎じと言われるのも嫌だし、自分の性癖を晒すのももっと嫌だ。



「・・・・であるからして、技術者になるには倫理がまず・・・」

 座学で数字に触れない科目はひたすら眠い。

 退屈極まりない上に入らない所に目が行く。


「教授禿げたな」とか「准教授前かがみになること多いけどどうしたのか」とか


 教員が黒板に何かをメモし始めた。

 彼のズボンのお尻の割れ目部分にチョークの粉が付いていることに気付いた。


 他にも気付いた生徒がニヤニヤし始めた。

 教員のファインプレー?のお陰で眠そうにしていた生徒たちが覚醒した。


 丁度良く目を覚ましたし、授業を聞かなければと耳を澄ました。

 次は教授のマイクが拾う鼻息が気になる。


「利益を考えて時期をずらすか安全を考慮するか・・・スースー」

 話しているときは声が勝るが、合間に入る息継ぎ音と鼻息が気になる。


 だいたいマイクの位置近すぎじゃね?

 ネクタイか胸ポケットならもっと違うのではないか。襟に無理につけようとしなくてもいいのに。



「ああ、よく鼻息が入るよな。」

 他の生徒もそう思っていた様だ。

「大学のマイク凄いよな。この別の教室のマイクを持ってきた教授が延々と講義をしていたけど、全く聞こえなかった。ただ、その別の教室では誰もいないのに延々と響いていたらしい。」

「ホラーじゃん。」


 どうでもいい話で時間を潰す。いや、この時間が貴重なのだ。学生の醍醐味とも言えるものだ。


「・・・少しいいか?」

 顔色の悪いジュンイチが駄弁っている俺たちの輪に入ってきた。


「どうした?」

 意外な人物が乱入してきたことに俺たちは驚いた。

 このジュンイチという男はむさくるしい工学部でも目立つほど正統派のイケメンだ。イケメンというよりかは好青年というべきか、真面目さが目立ち、見るからに誠実そうな男だ。その外見通り、彼は真面目で誠実だ。


「・・・・誰か、泊めてくれないか?」

 消え入りそうな彼の声に皆首を傾げた。


 その様子を見てジュンイチは諦めたようにため息をついた。


「・・・・実は、最近家に帰ると部屋の前にナミエがいるんだ。」

 その言葉に俺たちはどよめいた。


 彼の言うナミエという学生は俺たちの中だと一番人気の控えめでなおかつ美人めな女子学生だ。


「なんだよ。自慢か?」

「もてる男は違いますね。」

 みんな口々に恨み言を言ったが、ジュンイチの表情は曇っていた。


「・・・何があった?」

 彼の表情からただならぬものを感じてみんなが真面目な顔になった。


「俺、アプローチをされていたらしい。」

 ジュンイチの告白に全員が頷いた。


「「それは知っている。」」

 そう。みんな知っていた。知らないのはジュンイチだけだった。


「そうなのか・・・いや、俺はナミエとそんなことになる気は無かったし、真面目で初めてできた女友達だと思っていた。」

 ジュンイチの言葉には嘘は無かった。彼は真面目に勉強仲間として彼女を見ていて、自分と同じように真面目に取り組む彼女に好感を持っていた。それはあくまでも友達としてだ。


「俺はずっと男子校だったから女子の扱い方もわからない。」

 絶対にモテないことのない男の女がらみの悩みほど聞いていて腹立つものはない。だが、ジュンイチの人柄から全員が心配していた。


「元々大学以外では多少ご飯を食べたりするぐらいで、外で示し合わせて会うことは無かった。そもそも大学でも示し合わせて会うことは無かった。だから、ナミエとなるべく遭遇しないようにした。」

 そうしたら部屋の前に現れるようになったらしい。



「・・・ホラーじゃん。」

 俺たちの顔色はジュンイチと同じようになっていた。




 家に帰るとすぐにパソコンを開いた。

 アキラのお陰でお楽しみのものはパソコンに保存すべからずという教訓を得た。そして、絶対に学校に持ち込まない。


 健全な男子たるもの、お楽しみのデータは持っている。俺はそれをUSBではなく、持ち運びのしない外付けのハードディスクに入れている。間違って持っていくこともない。



 ピンポーン

 ダンダンダン


 チャイムとドアを叩く音が響いた。


 新聞か、宗教勧誘か、はたまた・・・

 幾つかの訪問者を想像したが、ドアを叩くのはあまり聞いたことのない。


 ダンダン

 また叩く音が聞こえた。

 あまりに切羽詰まった様子にドアスコープを覗いた。


 そこには青い顔をしたジュンイチがいた。

 彼の表情は必死だった。それを見たら居留守を使うわけにはいかない。


「・・・どうした?」


「泊めてくれ・・・」

 ジュンイチは俺に縋りついた。


 お泊りセットを俺の部屋の一人がけのソファに置き、ジュンイチは床に座った。


「どうして俺のところ?」


「お前の家が一番広いから。もちろん宿泊代は払う。」

 ジュンイチは頭を下げて封筒を取り出した。


「いいよ。何があったんだ?」

 彼の様子があまりにも可哀そうで俺は首を振った。


「・・・今日話した通り、ナミエがいたんだ。・・・そして、告白された。」


「断ればいいだろ。向こうからそのチャンスをくれているんだから・・・」


「女友達3人連れて告白されたんだ。ただ、無理ですと言えない状況だ。」

 ジュンイチはその状況を思い出したのか、かすかに身震いをした。


「一番角が立たないのは、好きな人がいるというのがいいって聞いたことがあるから、好きな人がいるって言ったんだ・・・。」

 その後のジュンイチの言葉に俺は震えた。ナミエという女子の見方が変わった。


「・・・それは嘘だって。好きな人に矛先が向くから・・・って少女漫画に書いていあった。」

 最近読んだ少女漫画を思い出していじめの原因の場面を思い出していた。


「お前恋愛経験豊富なんだな。」

 ジュンイチは納得したように頷いて、俺の前に正座をした。


「・・・いや、漫画の知識だって言っただろ?」

 俺は急に正座をしたジュンイチに驚いた。


「・・・どうすればいい?矛先が向かなくなってなおかつ俺も平和になる方法・・・」


「聞いていただろ?俺に聞くなよ。」

 俺は仕方なくその少女漫画を渡した。


 暫くジュンイチは黙って漫画を読んでいた。その間に俺は風呂に入り課題をやっていた。


「そう言えば知っているか?アキラとカズキのやらかしの話。」

 俺は今度自分が担当する発表資料をまとめてふと思い出した。


「ああ、聞いた。しかもよくよく聞くと、カズキがアキラに貸していたものだったらしい。発表がまだの俺も気をつけろって言われたけど、そもそも持っていないからな。」

 ジュンイチはカズキから聞いたらしい。


「まじかよ。じゃあ、あの二人は本当に自分の性癖をさらけ出しているようなもんだよな。」俺はそう言えばカズキもまずそうな顔をしていたことを思い出して笑った。


「・・・というよりもジュンイチ。お前その類持っていないの?」

 俺は健全な男子としてジュンイチの発言が気になった。


 少し、気まずそうな顔をしてジュンイチは俯いた。そして、呼んでいた少女漫画を置いた。

「昔、犬を飼っていたんだ。観察日記をつけるために留守の間の様子も録画していたんだ。・・・そしたら、俺の留守のうちに雌犬を連れ込んで・・・・あれは忘れない。」


 だから、おれはその類に対して抵抗があるんだ。

 とジュンイチは言い終えると同意を求めるように俺を見た。


「それ違うだろ。」

 真面目なジュンイチの顔を見て、俺は別の心配が生まれた。彼の言っている類とカズキ達の再生した動画を同類と考えるのは危ない気がする。確かに同じと言ったら同じだが・・・


 だがジュンイチは特に気に留めていなかったから、今更俺が言ってもどうにもならないと思い、それ以上突っ込むのを止めた。


 誠実な好青年という外見そのままのジュンイチに何とも言えない欠点というべき影が見えて、俺はこいつも人間だったんだと安心した。



「あいつら、男子からの人気は上がったけど、女子からは蔑まれるだろうな。」

 俺は女子がボロクソに二人のことを言っていたのを思い出してその話をした。


 ジュンイチはその話に食いついてきた。どうやら真面目に勉強をしているため、陰口や噂話とは距離があるようだ。せっかく彼の欠点らしきものを知ったのだから引きずり込もうと思い、言われている陰口を片っ端から教えた。


 暫く考え込んだあと、ジュンイチは納得したように頷いた。

 俺はそれが何だから分からなかったが、彼はもう仲間な気がした。


「・・・電気貰っていい?俺も課題をやる。」

 ジュンイチはパソコンを開いて課題に取り掛かり始めた。





 あの衝撃から二回目の授業が始まり、未だ二番煎じも出てこない。

 性癖を晒すのも女子に嫌われるのも嫌なのだろう。俺も嫌だ。


「やっぱ・・・あれが衝撃だったな。」

 俺は横にいる友人とニヤニヤしながら話していた。



 グループの発表というのは、結局は真面目な学生が全てを被り行うという学習面で非常に不公平な構図が出来上がる。不公平というのは、真面目な生徒しか学習できない。

 その例の如く、真面目なジュンイチが前に立っていた。

 パソコンを開き、発表の画面を出している。


 きちんと内容を練ってきたのがわかるセリフで無難に発表をこなしていく。これは同じグループになったら押し付けられても仕方ないなと俺は思ってしまった。


「では・・・実験の動画を・・・」

 ジュンイチが急に深呼吸を始めた。


 だが、誰も彼の変化に気付かなかった。

 俺はその深呼吸の意味を動画が再生されて初めて知った。


 二匹の可愛い犬が登場した。擦り寄り合い、顔を寄せて仲睦まじい様子で・・・


 たぶんだけど、アキラとカズキの二番煎じのつもりだったと思う。

 空気が凍った。



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