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学生っていいな  作者: 近江 仙
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小道具

 小道具


「頼む!!ノート写させてくれ!!」

 全力で頭を下げる男は、俺の同じ学科の男だ。確かカズキとかいう名前だった。

 特に親しいわけではないし、何度か食事をしたことがあるくらいの奴だ。いわば、友人というには気が引けて、顔見知りだけで収めるには薄情な間柄だ。


「いいけど、理由は?テスト前っていうわけじゃないだろうし・・・」

 テスト前ではない。だいたいテスト前なら俺のノートは俺の手に戻ることは授業以外になくなるレベルで出回る。こんな余裕をもってノートを持ち歩けない。


 俺の問いにカズキは少し気まずそうな顔をした。まさか聞かれるとは思っていなかったようだ。確かに質問するのも潔癖な感じがするが、何も知らずに貸すのは気分がよくない。


「・・・・実は・・・・・」

 カズキはしぶしぶと話始めた。


 どうやら、カズキの気になる女子の更にその友人がしっかりと授業を受けている人のノートが借りたいとのことだ。誰のとかの指定はなかったため、カズキは真面目に授業を受けている奴を片っ端から回っているようだ。


「・・・・他の人は・・・?」

 カズキは友達が多いはずだ。事実、気になる女の子にも気楽に話せて頼みを言われるほどだ。都合がいい奴言われたらそれまでだが、それだけに収まらないというのを俺は知っている。


「・・・・・・」


 気まずそうな顔を見て、他の人には断られたのが分かった。だが、なぜ断るのかがわからなかった。もっともノートを手放したくないテスト前でも、お金をもらってノートをばらまいている奴もいるし、カズキはそれに関してお金をケチったことはない。今はテスト前じゃない。


 俺が無言で見ているだけに耐え切れなくなりカズキは誰にも言わないでほしいと念をつけて話し始めた。

 その気になる女子の友人、仮にA子と呼ぼう。A子には気になる異性がいるらしい。その異性をB男と呼ぼう。


 B男はどうやら真面目なようで、彼と勉強する機会がたまにあるようで、その時にしっかりとしたノートが欲しいらしい。いわゆる、好きな異性にアプローチするための道具として使うようだ。


「・・・・・それ他の人にも話したんだ・・・」


 それは断られる。カズキは肝心なところで読みが甘いようだ。

 俺らが通う大学は総合大学だが、俺らの学部は理工学。ほとんど男なうえに、彼女がいない人が多い。そんな中、女子が異性にアプローチするための小道具に自分のノートを貸してほしいというのは気分のいい話ではない。


 カズキにそう説明するとカズキはうなだれた。

「・・・・お前が最後の砦だったんだ。一番成功率高そうだなって・・・・」

 そこまで甘く見られていたのは心外だった。不服そうな顔をするとカズキは慌てて訂正を始めた。


「違う違う。他の俺が当たった奴ら・・・・あの、そんなモテなさそうな奴らだったから・・・・ほら、お前は違うだろ?」

 必死に言うカズキの言葉は、俺をおだてているのかわからないが、他の奴らを貶しているのは確かだった。波風を立てるのも嫌だったからそれ以上は流した。


「・・・・・少し考えさせてくれ。」

 ノートを貸すのに何を考えるのかわからないが、女子の常識がわからなかった。

 俺の提案にカズキは頷いた。


「わかった。頼むよ。本当に・・・・」

 カズキが必死過ぎて、気になる女子と言うのが質が悪いのか?と思った。



 好きな人のアプローチのために他人の物を使うのは俺としてはいかがなものかと思った。

 だが、男の俺の感覚だからかもしれない。男の常識が女子には非常識ということがある。一概に性別で別れる認識を否定してはいけない。俺も常識が否定されるのは悲しい。


 とはいえ、一番の問題は、俺には女子の友達が少ない。

 カズキは俺にモテなさそうなことはないと言ったが、俺はモテるモテないではなく、純粋に女子と話していない。これは強がりかもしれないが、自分ではそう思っている。


 同じ学部の女子数人と話すくらいで、彼女らは何というか・・・・俺の想像しているキャピキャピ系ではない。

 ただ、真面目で素朴で俺は好ましいと思っている。

「あ・・・・おーい」


 一人で考え込む俺を見つけてさっそく学部の女子の一人、ナミエが声をかけてきた。

 ナミエは学部女子の中でも真面目な部類なのだろう。外見も清楚で化粧も薄く、男子側からの人気も高い。お互いサークルに入っているわけでもなく、取ろうとしていた資格が被っていたのもあり、テスト前はもちろんだが、大学でたまに一緒に勉強をしている。

 彼女に訊いていいのかわからないが、俺の数少ない女友達だ。



 ナミエをファミレスだが夕食に誘い俺はさっそく話を切り出した。

 ただ、それだけを直接訊くのはカズキに申し訳ない気がしたから、別の話を混ぜようとした。

 その作戦には、話題が思い浮かばないことと俺にその技量がないという大きな問題があったが、勢いに任せた。


 何を話し始めようと迷いながらメニューを見ているとナミエがこっちを見ていた。

「どうした?」


「いや・・・・何食べるか決めた?」


「ああ・・・・じゃあ、ハンバーグのプレートで。ナミエは?」

 俺はちょうど目に入ったモノを選んだ。


「じゃあ、私もそれにする。」

 そう言うとナミエは店員を呼んで注文をした。彼女のこういうテキパキしたところは好感を持てる。


 注文を終えるとナミエは俺を見てニヤニヤしていた。

「・・・・・いっつもそれ頼むね。」

 ナミエはそう言うと笑った。どうやら俺がいつも同じものを頼んでいると言っているようだ。そんなに気にしたことはなかったが、確かにいつも目についている。


「そうかな・・・・確かにハンバーグばっかりだと思ってた。」


「ハンバーグ好きなの?」


「好きっちゃ好きだけど、好きの中の最上級ではないな。」


「へー、じゃあ何が好きなの?」

 ナミエから会話を始めてくれたことに感謝した。


 あらかた会話が進んでどう切り出そうか迷っていたが、好物の話はアプローチの話に持っていきやすい。


「好物といえばさ・・・・俺の友達の妹が好きな人へのアプローチ方法で好物を作ってあげようとしていたみたいなんだけど・・・・・」

 さりげないのかわざとらしい話題転換かわからないが俺は話をうまく切り出したつもりでいた。不審に思われていないか、ナミエをチラリと見た。


 ナミエは俺の顔を見て、話を真面目に訊いていた。さっきまで軽口の様子だったから驚いたが、訊いてくれていることに安心し話を続けた。


「その妹、実は料理ができなくて、他の人に作ってもらったものを出したらしいんだ。そういうアプローチって女子はするの?」

 これでいいのかわからないうえに、たとえ話としては離れすぎている気がする。しかし、会話スキルと余裕のない俺には精一杯だった。


 ナミエは首を振った。

「それは無いよ。自分が作っていないんだよね。」

 あっさりと否定した。


「中にはそんな手を使う子もいるけど、アプローチってことは付き合いたいってことだよね。その相手に嘘をつく真似をするなんて。」

 ナミエが否定したことに俺は安心した。


「だよね。・・・・じゃあ、もしその料理を作ってほしいって言われたら・・・・?」

 俺の質問にナミエはにっこりと笑った。


「作るよ。でも、その先はその子に任せるよ。だって嘘の道具で付き合えたとしても長続きしないよ。」

 勿論、その責任は取らないよ。と付け加えてナミエは楽しそうに笑っていた。

 ちょうど注文したものが来た。同じものを頼んだのもあり、同時に来た。


「好きなもの作ってほしいの?」

 ナミエは冷やかすように言った。


「他の人の話だって。作ってもらえたら嬉しいけど、それはまた別。」

 俺は慌てて否定(?)した。

 ナミエは相変わらず楽しそうに笑っている。



「カズキ、ノート貸すよ。」

 俺はナミエに言われたこともあり、すがすがしい気分でカズキにノートを渡した。

 カズキは神や仏を見るように俺の前に跪いた。


「ありがとおおおおお」

 大声で言うカズキを俺は慌てて黙らせた。


「騒ぐなよ。ただ、きちんと返してくれよ。」


「うん!!次の授業までには返す。」

 相変わらずカズキは俺に跪いていた。


 ナミエのお陰であまり気負うことなくノートを貸せたと思った。深く考えすぎかもしれないけど、他人の頼みを断るのは意外と辛い。


 取っている授業は同じだが学科が違うため、なかなかナミエと自然に会うことはなかった。

 数日後に、久しぶりにナミエを見かけた。彼女が友人と一緒にいるときは、手を挙げて挨拶くらいだが、ちょうど授業が終わったのもあり駆け寄って声をかけた。


「ナミエ」

 俺が声をかけるとナミエは驚いたような顔をした。


「え・・・・どうしたの?」


「いや、久しぶり。最近どう?」

 これ以外の会話はないのかと思いたくなるほど、不自然な会話だった。


 ナミエの友人は不思議そうな顔をしていた。友人の顔触れは意外にもキャピキャピタイプがいた。

「ナミエ。私たちサークル行くから。」

 友人たちがそう言うとそそくさと立ち去った。


 何やら悪いことをした気がしたが、ナミエはそこまで嫌そうな顔をしていなかった。


「ごめん。友達と一緒だったのに、邪魔した?」


「いや。大丈夫。」

 ナミエは首をぶんぶんと振って答えた。


「あ・・・・そういえば、危険物取るの?」

 なるべく自然な流れを意識して会話を始めた。


「うん。そういえばいくつか同じ授業受けていたよね。その分野で資格の話って出てる?私疎くて」


「他の資格も取るの?」


「いや、暇だし。勉強しかすることないから。」

 そこから自然に勉強の話になり、学食に移動した。


 学食では俺が奢るというとナミエは目を丸くしていたが、嬉しそうな顔をしてお礼を言った。

 学食には俺らのほかに何かを食べながら話したり勉強をしている生徒が目についた。

 被っている科目の授業の話になり、課題、試験、レポート、単位の話になった。


「単位は問題ないでしょ?」


「そうだけど、せっかくなら評価が高い方がいいから。」

 ナミエとの会話は自然に勉強をしようということになり、お互いが教材を出し始めた。


 しまった。ちょうどその科目はノートをカズキに貸したばっかりだった。そもそもその授業の日じゃない。


「授業無いからノート持ってきてないや。」


「教科書は持ってきているのに?」

 ナミエはにやにやしながら言った。確かに教科書は持ってきていた。


「入れっぱなしだったんだ。」


「ふーん。だらしないところもあるんだ。」

 嬉しそうにナミエは笑いながら教科書とノートを取り出した。

 授業がないのに持ってきているなんて真面目だなと感心しているとあることに気付いた。


 ナミエは微笑みながら俺のノートを広げ始めた。

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