俺のスキル「ロケットパンチ」しかないんだが、これからどうしたらいいんだろう?
勇者の話をさせて頂きたい。
ここに転がっている、焼死体の話を――――――。
□ ■ □
その男は、勇者召喚の儀によって、チキュウとよばれる世界からこの世界へとやってきた。
拐かされてきた、と表すのが正確ではあるが、とにかく、チキュウからやってきた大勢のガクセイたち。
彼はその中の、一人であった。
彼らはことごとく口にした。自分たちは神に会った、と。そして世界を救うべく力を授かったのだ、と。
みな歓喜した。救いの主が現れたのだと。神は我らを見捨ててはいなかったのだと。
その後は・・・・・・多くを語る術はない。
我々は英雄を喚んだのではない。勇者を喚んだのではない。
英雄にふさわしい、勇者にふさわしい力を〝もっただけ”の、一人の人間でしかないことを、忘れてしまっていた。
ほとんどのガクセイたちは、自分たちは拉致されてきたも同然であり、不当に我々を扱う王族や国を救う義務はないと、去っていった。
いままで義務で学業を押し付けられていたのだから、いまさら義務と言われても、自由に好き勝手することが許される力もあるのだから。
というのが本音であったのだと思う。
彼らがどこへ消えてしまったのか、誰も知らない。
幾人かの自分の行方を決められぬ者。旅立った者たちにまた不当に扱われていたと主張する者。そして何らかの思惑を持った者。
この三者、ごく少数が国に残ることとなった
おおよそ彼らの判断の軸となったのは、神から授かったというスキルによるものが大きい。
一つ目の集団の者らは、誰の目にも使い道がわからぬようなスキルを得てしまった者たちであった。
二つ目は、他者を闇討ちするに長けたスキルの持ち主たち。他人のスキルを奪ったり、他者を自らの手ごまにしたり、そのようなものだったらしい。
彼らもまた、旅立った者たちの後を追うかのようにして消えていった。何が起こったであろうかは、考えたくはない。
三つ目が、この場に残って何かを成そうとする者たち。国の重鎮たちは彼らの扱いこそに頭を悩ませた。何らかの思惑が、良いものであるはずがない。
だがその中にこそ、『魔王』討伐をせんと声を上げる者がいた。我に勝算ありし、と。
そして『彼』は・・・・・・これらのどれにも所属せぬ居残り組みであった。
相当な変わり者であったことは間違いないであろう。
一番に旅だっていった者たちの意見もわかる。
残ったものたちの三者三様の意見もわかる。
はて自分はどうしたものか、とウンウンと悩んでいたら、機を逃してしまったとからりと笑っていたらしい。
ガクセイ達の間を取り持つべきか、身を立てる術を考えるべきか、それとも旅立つべきか、何も思いつかなんだ、と。
野心もなければ同じガクセイたちに思う処もない。
かといって、強力なスキルがあるわけでもないという。
本当に、朴訥とした、ただの男であった。
始まりは、いつからか彼と懇意にしていたという商人の悪態からである。
「こうも道がデコボコとしているんじゃあ、いくら馬車だっていっても、老骨にゃあこたえてしょうがねえや」
魔物たちのせいで街道の整備など出来ようはずもなく、荒れ地を馬車で無理矢理進むしかないと商人は言う。
野党なども多くでるため結構な速度で馬を走らせれば、当然乗り手の尻と腰は痛み、商品もいくらかはダメになってしまう。
困ったものだ、と髭を撫で擦っていたそうだ。
その時、ガクセイ達が動いた。
ある者は知恵を凝らし馬車を改造し、その技術は今日に至るまでの乗車技術の礎となった。
またある者は弱いスキルの使い道を考え付いたのか、野党の討伐を行い、その後は目を見張るほどの力を振るうようになった。
そして彼はといえば。
「ロ・・・ンチ・・・・・・ロケッ・・・・・・チ」
何事かを呟いては、ツルハシを振り上げては振り下ろしを延々と繰り返していた。
魔物が尽きぬ、壁の外で、である。
魔王が滅びねば魔物は無限に沸いて出て、故に誰も壁外作業などやりたがらないのだ。
あまりにも危険かつ、地道な作業であるが故に。
「ロケッ・・・・・・ンチ! ロケット・・・・・・ロケット」
当然、彼は生傷が絶えぬ身体となっていた。
「『ロケットパンチ』!」
春が来た。
「ロケットパンチ!」
彼はツルハシを振り下ろしていた。
「ロケットパンチ!」
夏が来た。
「ロケットパンチ!」
彼はツルハシを振り上げていた。
「ロケットパンチ!」
秋が来た。
「ロケットパンチ!」
彼のツルハシが半ばから圧し折れていた。
「ロケットパンチ!」
冬が来た。
「もうよせ」と、故郷の持ち物をすべて売り払い、新品のツルハシを手に入れた彼に誰かがそう言った。
「ロケットパンチ!」
1年たった。
ツルハシを振るう手が二つに増えた。
「ロケットパンチ!」
2年たった。
元冒険者の一味がいつの間にか、無償で魔物の討伐を行っていた。
「ロケットパンチ!」
3年たった。
親も知らぬ孤児たちが、飯も食えぬというのに黙々と石を運んでいた。
「ロケットパンチ!」
4年たった。
「もうよせ」と、誰かがまた言った。「もうやめてくれ」と。
懇願するように言ったのは、彼を監視せよと命じられた騎士であった。
彼のことを、何も考えていない、日々を無駄に過ごす唾棄すべき者であると嫌っていたはずの。
「ロケットパンチ!」
5年たった。
騎士もまた、彼の側でツルハシを振るっていた。
口うるさく騎士の誇りと矜持を掲げていたというのに、土にまみれて誰からも称賛されぬ仕事をするのが、しかし本当に幸せそうにして。
「ロケットパンチ!」
そうして十年ほどがたった頃、おおよそ彼の同郷の者らが自らの境遇に何らかのケリを付けた頃。
そこには道が出来ていた。
荒れ岩をツルハシで砕いただけだが、そこには確かに道ができていた。
「ロケットパンチ・・・・・・ああ、なんだか取り残されてしまったなあ」
ガクセイの友人から、現地の者と結婚すると報告を受け取った時に、彼がこぼした言葉であった。
二十数名からなる小さな集りが、代わりに危険な仕事をしてくれると、便利屋として扱われ始めた頃であった。
それから彼と、彼率いる集団は、様々な仕事をした。
そのほとんどが、押し付けられたものであった。
水場までの道を作ってほしい。
魔物の巣を駆除してほしい。
してほしい、からあれをしてみろ、これをしてみろに変わるまでそう時間はかからなかった。
誰でもできるような仕事に金を取ろうなどとけしからん。そう言われたこともある。
だが彼は、その全てを誰にも文句一つこぼすことなくやり遂げた。
彼の信じるという、スキルの呪文を唱えながら。
「勇者様」
彼を慕って集まった者たちは、みな彼を勇者と呼んだ。
国が定めた他のガクセイの勇者が、他にいるというのに。
理由は小さなものだ。
婆ちゃんを背負って何里もの道を歩いてくれた。
腹を空かせた子供たちに、飯を恵んでくれと、頭を土に擦り付けて頼んでくれた。
病人のために薬を盗んだ女を庇い、槍で突かれてしまった。
空の明るさを、歌の楽しさを、物語の美しさを教えてくれた。
彼にしてみれば全くどうということもないのだが、皆が彼を好いていた。
それは特別な力によるものではない。
彼が行ったすべては、誰しもができる行いであった。
神に与えられた力がなくては成し得ないものではない。
全てが再現可能なものでしかなく、しかし必死に、ひたむきに行わなければ出来ぬもの。
誰かのために行うだけでなく、それが自分たちでも出来得るように。
魚を与えるのではなく、釣り方を教えよと、かつての偉人が残した言葉にある。
「勇者様は、どうしてそんなに私たちに良くしてくださるのですか?」
私たちは、勇者様たちにひどいことをしたのに。
そう言葉が続くほどには、旅立ったガクセイ達が、自らを喚んだ国に課した罰とその経緯は知れ渡っていた。
「知ってるか?」
勇者と呼ばれる度に苦い顔をしていた彼が言った。
「ロケットパンチは、まっすぐにしか飛ばない」
ロケットパンチ――――――彼がいつも小さくつぶやく呪文。
その言葉の意味は誰も知らなかったが、おそらくは彼の拝領した神のスキルの、発動条件なのだろう。
彼はよくその呪文をつぶやいては、拳をぐっと握り込んでいた。
「ろけっとぱんちという呪文を唱えると、どうなるのですか?」
神に与えられたスキルというのは、須らく強力なものである。
だが、彼がその呪文を唱えても、何も起ころうとはしなかった。
皆が彼のこと好いて集まった者たちである。
彼に何の恵みをもたらさぬスキルを与えた神を、悪し様に言う者までいた。
だが。
「知らんのか」
この時に朗らかに答えた彼の顔を、皆忘れられないでいる。
「ロケットパンチが出る」
□ ■ □
ある日突然に見知らぬ世界へと召喚され、十代という宝石にも勝る価値のある時をただ他者のために浪費し、そして中年も終わりに差し掛かる頃。
王国から一通の御触れが彼の下へと届いた。
彼と同じガクセイが王となった国からのものである。
人は、年をとらば老いる。
当たり前のことを言っているのではない。
情熱や、気迫、そして野心もまた燃え尽きていくのだ。
そうして守りの構えとなっていく。現状維持に力を注ぐようになる。
これは誰にも非難することはできない、人として当然の心の在りようだ。
あれだけギラついていたガクセイ勇者たちもまた、今はもう過去となりつつあった。
安定した収入。高レベルの生活。絶えることない名声。
これらを得て、そして十年以上もたってしまえば、もはや自らで動くのはおっくうになってしまうのだ。
疲れてしまうのだ。働くということは。
だから、他者の頼みを断らぬ愚かな生き方をしている彼が、便利屋としてまた便利に使われてしまうことになった。
そして、彼を慕うものもまた皆年をとっていた。
年をとらば老いる。そして、疲れる。
皆疲れてしまっていた。
彼と共に、顔もしらぬ誰かのために働くことにではない。
誰かのために、割りを食い続ける彼の姿を見ることに。
傷付き続ける彼の姿を見続けることに、皆疲れてしまっていたのだ。
皆もう、理解していた。
彼の、神から拝領したスキルは、ロケットパンチではないことに。
ロケットパンチとは、彼のくじけぬ心を奮い立たせるための、彼だけの呪文なのだということに。
ただの、強がりなのだということに。
「やろう」
誰かが声を上げた。
やがてその声は、多くの者に広がっていった。
声の広がる速さが、距離が。
彼が築き上げてきたものの全てであった。
「俺たちがやるんだ」
「彼に恩返しをしよう」
「今こそ、彼のために」
「彼のために、俺たちがやるんだ」
「俺たちの手で」
「俺たちで、魔王を倒そう――――――」
魔王討伐隊の編成。
それこそが、御触れにて届けられた王令。
決して背くことは出来ぬ、王からの直接の使命である。
そう、あくまで討伐隊であり、勇者の名を名乗ることは許されぬ――――――。
即ち、その討伐が成ったあかつきには。
王名に背かば死。使命を成し遂げても死。
このような非道な運命を、彼に背負わせるにはいかぬ。
皆の心が一つとなっていた。
□ ■ □
旅に出ます。
探さないでください。
心配はいりません。
大丈夫。
ロケットパンチだ。
みんな。誰も恨むな。
それがロケットパンチだぞ。
いいな、みんな。
それじゃあ。
ロケットパンチ!
□ ■ □
勇者の話しをさせて頂きたい。
わたしが監視を続けた・・・・・・ずっとそばで見続けてきた、勇者の話を。
その男は朴念仁なやつで、わたしが言った騎士となるために女は捨てたのだという台詞を、大真面目に信じ込んでしまっていた。
もう初老にさしかかった身で何をとは思わないでほしい。
口を開けば憎まれ口。天邪鬼。彼をなじることでしか通じ合えないへそ曲がりな女。
それがわたしだ。
ああ、自分の心に素直にさえなっていれば、あれだけ固執していた騎士の位に何とも感じなくなっていたことを、もっと早くに認めてさえいれば。
彼と共に唱えられたであろうか。
彼の口にする呪文を、私もまた。
どうにも気恥ずかしくて、今の今まで、つぶやきすら漏らせなかったあの呪文を。
あの呪文は不思議な響きをもっていた。
彼曰く、唱えた者にもっとも必要な心を授けてくれる、おまじない。
母親が子供に教えるそれのように、なんの効力もない、しかし確かに心に灯火の温もりが訪れる詩。
必要なときに口にするおまじないには、詩い手の全てがあらわれるのだ。
だからわたしは怖くて、その呪文を終ぞ口にすることはできなかった。
だって、全部バレてしまうと思ったから。
わたしがどれだけあなたのことを想っているか。
そして、それが、どれだけあなたを苦しめることになるかを、わたしが理解しているということが。
あなたが故郷への思い出を捨てられずにずっと悩んでいたことをわたしは知っている。
望郷の念から逃れるために、誰もしたがらない仕事に没頭していたことも。
朗らかに笑う笑顔の裏に、この世界に染まりきれぬ絶望を抱えていたことも。
ずっと見ていた。
そのわたしが、気付かぬことがあろうものか。
ここでわたしが想いを告げてしまえば、それがあなたの枷となることなど、あなただけの剣にならんと誓った騎士が気付かぬとでもお思いか。
剣を振り続け荒れた手に張りがなくなり。
頬と額に深い皺が出来て。
それでもなお「出会ったときからずうっと綺麗な人だなって思ってた」などと、貴方が柄にもなく言うのだから。
私は気付いてしまった。
彼は一人で、魔王に挑むつもりなのだと。
我々が拓いた道を通って。
たった一人で。
気付けば、もう何十年も振るっていなかった剣を握りしめ、彼の後を追っていた。
握った剣の頼りなさに笑ってしまった。こんなことならツルハシを担いで来ればよかった。
あれほど心血を注いでいたと思っていた剣の、なんと心細いものよ。
だが剣は、手入れさえ怠っていたわたしに十分に答えてくれた。
立ちはだかる魔物の群れを薙ぎ払い。
四天王の最弱から最強までを切り捨て。
魔王城の頂きまで駆け上がり、魔王にふさわしい威容を誇る美丈夫を前にして。
そしてとうとう無念の軋みを上げて折れ落ちた。
「すまぬな」
魔王の一言で、すべてが終わってしまった。
その手のひらが煌いたかと思えば、瞬きをする間に焔がほとばしり、彼の身を包んだのだ。
「我らとて生きねばならんのだ。人に滅ぼされるわけにはいかぬ。そして、我らが人を滅ぼすことを止めるわけにもいかぬ」
あっけないものであった。
涙さえ流れなかった。
魔王の言葉が終わるまでに、彼は炭になってしまっていた。
人が焼けると、筋肉が縮み、ぎゅっと身をかがめた姿になる。
赤子のように身をかがめた彼は、真っ黒になってしまっていて、ついさっきまできっと帰ろうと声をかけたときに見せた困ったような笑顔はもう、どこにも存在しないのだ。
ああ、なんということだろう。
彼は一人で魔王に相対せんと決めたその瞬間から、あの呪文を口にすることがなかった。
どうして気付かなかったのだろう。
あのおまじないは、彼の意地。彼の信念。彼の全て。
だというのに、それを口にしなかったのは。
「だが、お主たちの行いにもまた、敬意を示そう。たった二人で我に立ち向かったことではない。
以前、チキュウから多くの者どもが我を倒さんと襲い掛かってきた。
名声のために戦いを挑んだものには報いを与えた。我を倒せば故郷に帰れると信じたものには真実を。
それだけですべてが事足りた。
世界は変わらぬまま。
人と魔物は、出会えば殺し殺される運命よ。
だがお主たちの築き上げた道。それが我らを隔てる境界線となった。
街から街へ。城から城へと引かれた境界線。道は街の一部としてみなされ、神との約定により、魔物は手を出せぬこととなった。
我がどれだけお主たちに感謝したことか。
境界線があらゆる国々をつなぎ、魔物と人の住まう場所を分けたのだ。
人と魔物は、出会えば殺し殺される運命よ。だが出会うことさえなければ、どうだ。
お主たちは世界を救ったのだ。我ら魔物と、人の運命を変えたのだ。
だがそれは、いつまでも続くものではない。
境界線はいつしか檻となって、その内で育まれたものはいつしか膨れ上がり、それを破壊するだろう。
我はそれが悲しくてならぬ。何故、人と魔物は争い、憎みあうのか」
魔王が何かを言っていた。
全て無意味なことであった。
きっと、わかりきったことであるが故に。
「我は救いを求めていた。魔物も、人も、いたずらに命を落とさぬ世界を。
神を呪いさえした。まるで遊ぶようにして、我に刺客を送り付ける神を。
そしてその男に問うたのだ。
世界はいかようにして救われるかと。
そう、お前がその男に追いつくまでの間、その男と我は出会っている。
そしてその男は言った。
すべての答えは、これから自分を追ってくるであろう女が知っていると。
この世で最高の騎士である彼女の口から、救世の術を聞くがよいと。
故に聞こう。
その男が遺した世界を救う術とはなんぞや。
我はそれが知りたい。心から知りたいのだ。
世界が救われる方法とは、いったいなんなのだ!」
炭となった彼を抱く。
ああ、こんなになってまであなたは。
「知りたいか、魔王よ」
「ああ、頼む。教えてくれ、勇者よ」
「勇者か。私を勇者と呼ぶのか」
「そうだ。そなたこそが勇者だ。神に与えられた力など、他者から与えられたものを誇るなど、勇者足り得ぬ。
奴らばがしたことは、富くじの一等を引き当てた者が、金持ちになる方法の自伝を書くにも等しい行いだ。
自らが信じた道を、自らの力で踏み越えた者にこそその称号は相応しい」
「その道はわたしが作ったものではない」
「だが、お主こそが勇者である。魔王たる我の本能がそう叫んでいる。頼む、勇者よ。我を救ってくれ」
彼の額であっただろう部分を撫でた。
指の腹が黒く汚れ、灰がぱらぱらと落ちていく。
「愛という言葉で伝わるはずもない」
「そんな言葉は聞き飽きた。我もまた、我が配下たちを愛している。この世界を愛しているのだ」
「魔王よ。誰にも褒められず、認められず、誰がために身を粉にして働き続けたことはあるか」
「ある。魔王という称号こそがその証明である」
「叶わぬ願いに、しかしそれを誰にも悟らせることはなく常を振る舞い、寝所で身をくねらせて涙を流したことはあるか」
「ある。勇者に救いを求めるほどに」
「ならばこの問答は無意味である」
「何故・・・・・・何故か勇者よ。何故我を見放したもうか! その男を我が殺したからか! お主の想い人を!」
「否である。魔王よ。貴様はもう知っているのだ」
「わからぬ・・・何も、我にはわからぬ・・・・・・」
「ならば、聞くがいい」
すべてを理解した。
ありとあらゆる、すべてを。
彼の唱えていたおまじないの、その意味を。
まったく寂しくはない。
涙が流れるのは、悲しくないからではない。
わかっている。わかっているからだ。
すべては巡り、繋がっているのだ。
もう彼は動かない。
炭になってしまった。
それでもわたしたちは、繋がっている。一つなのだ。
あらゆるすべては、一つなのだ。
彼はきっと、最初からすべてをわかっていた。
己の想い。
周囲の想い。
神の想い。
魔王の想い。
わたしの想い。
すべてを理解していた。
「神に頂いた本当のスキルとは、何なのだ?」
いつの日であったか、彼に聞いたことがある。
「隠すつもりじゃあなかったんだけど、実は、ロケットパンチは神様からもらったスキルとかじゃあないんだ」
「知っている」
「えっ」
「何を言っているのだお前は。あんなもの、お前の口癖でしかないのだろう」
「なんだ、わかってるじゃないか。そういうことさ」
「どういう意味だ?」
「『俺の』スキルはロケットパンチしかないってことだよ」
「なんでそんな、馬鹿げたことを」
「力を与えてやるなんて、お前には価値なんてないですよって言われてるような気がして、悔しくってさ。それだけさ」
「それだけだなどと・・・・・・お前は、本当に」
「わかんないぜ。信じてりゃいつか奇跡だって起きるさ。何かがさ、起きるんだ。必ず。俺じゃなくても。俺の事知ってる誰かがそいつを起こしてくれる」
だから神にもらったというスキルもあっただろうに、それを一度も使うことがなかったのだ。
なぜなら、もっと素晴らしいスキルが、彼の中にはあったのだから。
そのスキルは、きっと他者へと受け継がれていくものだ。彼はそう信じていた。
それは真実ではないだろうが、きっとそうだと信じられる。
信じる心こそが・・・・・・心から信じられると思えるそれこそが。
ああ、今。
万感の想いを込めて。
「ロケットパンチ――――――」
□ ■ □
その瞬間。
魔王城へと馳せ参じる途上にあった者たちは見た。
壁となって行く手を塞いでいた魔物の群れが、一瞬で消滅したのを。
その先にある暗い魔王城から天へと駆け昇る、光の束を。
光の束は、拳の形をしていた。
「ロケットパンチだ・・・・・・」
一人がぼそりと呟いた。
「そうか」
「そうだったのか」
「あれが」
「あれが、ほんとうの」
「ロケットパンチ――――――!」
すべての者が理解した。
皆が慕った彼と、その彼を追い続けた意地張りな女騎士はもう、この世のどこにもいないのだということを。
無念のうちに死んでしまったのではない。
姿が見えないだけで、二人はようやく一つになれたのだということを。
この場にいるすべての者が理解した。
嘆きの声はない。
あの素直になれない二人がようやく一つになれたのだ。
「ロケットパンチ」
「おお、おお、ロケットパンチ・・・・・・ロケットパンチ」
「ありがたや、ロケットパンチ、ありがたや」
彼に関わったすべてのものが、天を突く光の束に向かい拳を突き上げた。
皆が全てを理解していた。
世界が救われたことを。
□ ■ □
輝く拳に打ち据えられるようにして、魔王が在った。
「なんだこれは・・・・・・なんなのだ、これは!」
勇者の体から立ち昇る不可思議な光が魔王を飲み込んだのは、刹那にも満たぬ間のことであった。
魔王は自らの身体が蒸発したことさえ自覚できず、意識だけの存在となり、迫りくる輝く拳に乗せられたままいずこかへと運ばれていた。
「わ、我はどこへ行くのだ! どこへ行ってしまうのだ!」
「知ってるか?」
聞き覚えのある男の声がする。
「ロケットパンチは、まっすぐにしか飛ばない」
第一宇宙速度へと至り、第二宇宙速度をも置き去りにし、第三宇宙速度を忘れ去り。
神速を超え、魔の領域をも超越し。
そしてついには、ロケットパンチにしか到達しえぬ真理の領域へと。
「なんなのだ・・・・・・勇者のとなえたあの呪文は、なんなのだ! いったい、何がおきるというのだ!」
「知らんのか」
脳という物質的記憶媒体が消滅した今、この声の主が誰なのかもはや魔王にはわからぬ。
だが、わかっている。すべてを。理解している。
魔王として在位した自我が、それを認められないだけで。
「ロケットパンチが出る」
魔王は声が聞こえる方角を見た。
そこにはすべてがあった。
魔王が愛した配下の者達。命を奪ってきた無辜の人間。あらゆる生命の輝き。世界の全てが。
あれだけ憎んでいた神さえも、そこには在った。
いきなり飛んできた光の拳にわけがわからぬと、神は目を白黒とさせてもがいていたが、次第に穏やかな顔つきとなって、光に溶けていった。
それがなんだか滑稽なしぐさに見えて、魔王はすべてを許してしまっていた。
自分もまた、輝きになっていく。
「俺がロケットパンチで一番好きなところは、必ず戻ってくるってとこなんだ」
そうか。
そういうことなのか。
世界とは。
宇宙とは。
真理とは。
救いとは。
ロケットパンチだったのか。
「それは・・・・・・ああ、なんて素晴らしいことなのだろう」
相対性理論の壁を超越したロケットパンチが、魔王を、名も知れぬ男を、零れ落ちた生命すべてを乗せて飛んでいく。
そして時空間を突き抜けたロケットパンチは、過去と未来、すべての時間軸を旅し、最後に泥と雷雲が渦巻く星を打ち据えた。
あまたの命を乗せたロケットパンチの波動が、星をまばゆく輝かせる。
生命誕生の輝きである。
何億年もの時を経て、この星は命の溢れる星となる。
そしてこのように呼ばれるようになる。
翠の惑星。
地球――――――と。
□ ■ □
「ロケットパ――――ンチ!」
「その口癖はやめた方がいい」
「いいじゃないか、元気が出るんだ。俺のとっておきさ。君もどう?」
「やめておく。二度も言わせるな、恥ずかしい」
「いや、一度も言ったことないじゃん・・・・・・別にいいだろ、気合い入れるくらいさ。減るもんじゃなし。何か起きるわけでもなし」
「起きるさ」
「はあ?」
「お前ではなくとも、お前のことを知っている誰かが・・・・・・お前のことを想っている誰かがそれを口ずさめば、きっと奇跡ぐらいは起きるだろうさ」
「奇跡ぐらいってなんだいそりゃ」
「知らんのか」
ロケットパンチは必ず戻り、幾度となく繰り返す。
「ロケットパンチが出る」
リハビリ作として。
長らく音信普通状態で申し訳ありませんでした。
海外生活続行中です。
日本に帰りたいでござる。