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数…合いました @路線バス

テーマは路線バス

最終バスです!

夜道を走るバスってそれだけで怖いですよね!!

「おおーい、待ってくれ~!」

 私は大声で叫びながらバスに向かって走る。

団地への最終バス。これを逃すと二時間歩くかタクシーで帰るしかなくなる。

 私は今にも閉まりそうなバスのドアに飛び込む。

 なんとか間に合った。

 走りすぎでガクガク笑う膝を抑えながら後部座席に身を沈める。

 心臓が爆発しそうだ。この歳で酒を飲んだ後の全力疾走は命に関わる。

「発車します」

 運転手の陰気なアナウンスが車内に響いた。

 全くもって危ないところだった。

 ほっとしながら車中を見ると乗客は私だけのようだ。

 そりゃこんな辺鄙なところでこの時間なら当たり前か、とも思う。

 朝は通勤を考えてそれなりの数があるのだが夜はダメだ。7時にはもう無くなる。さすがにバス会社も店じまいには早すぎると思ってか平日は9時と11時半に一本ずつ深夜バスがでた。

 今乗っているのが平日深夜バスの最終便だった。

 会社も社宅の場所をちゃんと考えてほしいところだが、左遷の身としては贅沢も言えないだろう。

(あれっ)

 バスの先頭の座席に女の後ろ姿があった。

 一人じゃなかったのか?

 それともどこかのバス停で乗ったのか?

 いやいや、バスは一度も止まっていない。バス停に待つ人がいないけれはバスは素通りにするのが慣習だった。

 この時間だとバス停で待つ人なんていない筈。

 私は少し妙な気持ちになるが、直ぐに思い直した。恐らく自分の勘違いだろう。

 それよりも気になるのは、あの後ろ姿だ。

 髪は長く、腰のところぐらいはあるだろうか。

 淡い青の半袖とブラウスに濃紺のタイトスカートが座席の縁から見てとれた。

 首を傾げる。

 見覚えあるのが半分。違和感が半分。

 こちらの営業所に単身赴任してきてまだ一週間しか経っていない。近所に知り合いはいないから、後ろ姿に見覚えを感じるなんてあり得ない話だ。

 営業所の誰か、とも思ったが営業所の連中はいい年をしたおじさん、おばさん連中ばかりだった。対して席に座っている女は若く見える。後ろ姿なのでなんとも言えないが、服装から察すると二十代位だろうか。 

 二十代の女……

 そのワードは私をこんな片田舎に追いやったあの忌まわしい過去を思い出させた。

 私はため息をつくと一旦、窓の外に広がる畑に目を向ける。もっとも外灯も月明かりもない夜なので何も見えなかった。ただ単に広がっているだろう畑を勝手に頭の中で思い描いただけだ。

 私は直ぐに飽きて、車内へと目を戻す。

 えっ、となった。

 さっきバスの最前列に座っていた女の後ろ姿が今は真ん中辺りにあったからだ。

 心臓がドキリと鳴る。

 錯覚なのか?

 いや、さっきは間違いなく最前列に座っていた。

 それが……

 いやいや、何を私は焦っているのだ。

 単に女が席を移動しただけじゃないのか?

 そんなことで何をこんなにドキドキしなくてはならない。

 ……

 本当に席を移動したのか?

 目を離したのはほんの少しの間だけだ。なんの気配もさせずにそんなに素早く移動できるものか?

 そもそも何でそんな事をする必要があるのだ?

 ガクンとつんのめった。

 バスが急ブレーキをかけたからだ。

「うわっ」

 思わず声が出た。

 女の後ろ姿がほんの二つほど前の席に移動していた。

 あり得ない。

 今度は本当に一瞬だった。その一瞬で女は席を移動したのだ。

 そんな事は不可能だ。

「……んな…い」

 微かに女の声が聞こえた。

 女は何事かしきりに独り言を言っている様だった。

 私は神経を耳に集中する。

「ごめんなさい。ごめんなさい。わたしが悪いのです」

 どうやら女は謝っているようだ。

 その声を聞いて私は心底ゾッとした。

「申し訳ありません。はい。はい。確認したんです。発注書と受領書を付き合わせて、はい、何度も確認してます。でも、合わないんです」

 私はその声に聞き覚えがあった。

「お客様に御迷惑お掛けしたのは認識しています。だから、ずっと確認してます。でも、でも、どうしても数が一つ合わないんです。」

 私はその言葉にも心当たりがあった。

 全く同じ言葉を発した人物を知っていた。

 だが、同一人物である筈がない。あってはならない。

 何故なら、その人物はもうこの世の人ではないからだ。

 私の元部下の女子社員だ。

 本当に出来が悪くて何度もミスを繰り返した。

 挙げ句、大口顧客の発注を間違えて納入遅延をやらかした。

 私は激怒した。

 帳簿が合うまでは許さないといって、その女子社員を一人残して帰ったのだ。

 そして、その女子社員は事務所の屋上から飛び降りて死んだ。

 夏の事だ。

 朝、出社した頃には既に腐敗が始まり、無数の蝿が(たか)っていた。

「合わないんです。ごめんなさい。もう、許してください。数がどうしても合わないんです」

 不意に違和感の正体に気が付いた。

 女の服装だ。

 今はまだ冬だと言うのに半袖のブラウス。どう見ても夏の服だった。

 全身に脂汗が吹き出る。

 わ、私が悪いのではない。悪いのは全てミスをした方だ。それで顧客も会社も多大な迷惑をこうむったのだ。叱って何が悪い。

 それは……確かにやり過ぎたかもしれない。だが、死ぬことはないだろう。そのせいで私がどれ程の迷惑をこうむったと思う。

 恨みたいのはこっちの方だ!

「終点です」

 虚ろなアナウンスが車内に響く。

「えっ?」

 虚を突かれて思わず運転席の方を見る。

 そして、はっとなり女の方へ視線を戻した。

 いない。

 右にも左の座席にも女の姿はなかった。

 私はごくりと唾を飲み込む。

 誰かが私の右手を握った。

「ああ、見つかった……」

 囁く声。私を握る手に力がこもる。

 恐る恐る右を見る。

 女がいた。

「ひと~つ。

これでやっと、数…合いました。課長」

 女は嬉しそうにそういった。




2018/02/15 初稿

2018/02/17 ラストを少し変更しました。

2018/08/17 形を整えました


一人でぶつぶついってる人って怖くないですか?

自分はとても怖く感じます。

たまに、自分もぶつぶついったりしますが……

うん、気を付けよう。

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