ごめんなさいね @タクシー
タクシーです。
タクシーの怪談は既にやり尽くされている感も有りますね。
タクシーの運転手はその男を乗せたことを後悔した。
遠目からもかなり酔っていると分かった。
乗車拒否の単語が一瞬頭をよぎったが車道の真ん中まで体を乗り出して半ば強制的に車を止めさせられた。
男は座席に倒れ込むと、うがぁ、と意味不明の叫びを上げるとそのまま黙り込んだ。
眠ってしまったようだ。
「お客さん、すみませんお客さん……」
何度か声をかけたが男は一向に動く気配がなかった。
せめて、行き先を言ってから眠ってくれよと運転手は思いながら、ため息をつく。
「ごめんなさいね。
この人、酷く酔っぱらってしまったみたい」
すまなさそうな女の声が後部座席から聞こえてきて運転手は驚いた。
バックミラーで確認すると男の横に女が座っていた。
はて、二人だったのか?
と、運転手は首を傾げながらバックミラーに写る女を見た。
歳の頃は20代前半だろうか。
少し影のある美人だった。男が柄の悪い、いわゆるヤンキーの様な格好に対して女はおとなしい服装だった。
不釣り合いだったが、今にも座席からずり落ちそうになって眠りこける男を女が支えているところを見るとカップルなのだろう。
「いや、構いませんよ。
それでどちらまで行きましょうか?」
運転手としては目的地を聞ける相手がいたのが何よりだ。
ほっとしながら目的地を聞く。
女が告げた目的地は存外遠くだった。
タクシーは静かに夜の道を走る。
車内は男のイビキしか聞こえなかった。
「お連れ様、大分酔ってますね」
沈黙に耐えられなくなって運転手は女に向かって声をかけた。
「そうね。酔わないではいられないみたい。
それも私がこの人を追い込んでしまったからだけど」
「……追い込んだ?」
女の言葉の意味が良く分からず運転手は聞き返した。
「私の事で色々苦労をさせたと言う意味です。
ごめんなさいね、心配させて。
でも、もうこれでお仕舞いだから」
口元を緩ませて女は男の頬を撫でる。男はピクリと体を痙攣させた。ショックでイビキが止まる。
その瞬間、運転手は何故か背筋に悪寒が走り、男と同じようにビクリと体を震わせた。
やがて、タクシーは目的地に到着した。
古いが立派な門構えの大きな屋敷だった。
運転手は少し困惑した。と言うのもその屋敷が通夜の最中だったからだ。
「ごめんなさいね、運転手さん。
中に私の父と母が居ますので呼んできてもらえませんか?」
最後に女は自分の名前を告げ、自分が来たといえば、後は両親が取り計らってくれる、と静かに言葉を続けた。
何か違和感があったが、確かに眠り込んでる男を女一人で扱えるものでない。家の人の力が必要なのだろう。
運転手は門をくぐり、女の言った通りの事を告げた。
喪服に身を包んだ年配の男女がすぐに現れた。
「娘が帰ってきたと言うのは本当か!」
年配の男が少し怒った様にそう言った。
運転手は剣幕に気圧されながらもう一度事情を説明して二人を門の前に止めてあるタクシーまで案内する。
後部座席には相変わらず男が横たわっていたが女の姿はなかった。
「や!
コイツ、どの面下げてここに来たんだ!!」
年配の男は寝ている男に気づくやいなや大声で叫んだ。
「出てこい」
一向に目を覚まさない男を年配の男は強引に車から引きずり出そうとする。
「ねぇ、その人おかしくない?」
手を引っ張られタクシーから半分ほど体が外に引きずり出されているのに一向に目を覚まさない男を見て、年配の女性が言った。
年配の男と運転手もさすがにおかしい事に気づき互いに顔を見合わせた。
果たして、男は既に呼吸をしていなかった。
救急車や警察が呼ばれ、辺りは一時騒然となった。
タクシーの運転手は男と女を乗せてここまで来た事、人を連れて戻ったら女が消えていた事を説明した。
女の人相、服装を説明する段になり年配の女性が、息を飲む。そして、皆を通夜の席に引き入れた。
そこにある遺影を見た瞬間、タクシーの運転手は大声で叫んだ。
「この人、この人。
私が見たのはこの女の人です!」
その言葉を聞き、年配の女性は涙を流しながら言った。
「娘はねぇ、自殺したんですよ。
ええ、後部座席で死んでたあの男に酷く騙されてね」
2017/11/26 初稿
2018/02/03 誤記修正&女性の言葉変更
「……苦労をかけた……」 => 「……苦労をさせた……」
2018/08/17 形を整えました
これを書きながら、三つほどタクシーネタが浮かびました。いつか、それも書きたいですね。