青ですよ~ @乗用車
乗り物の怪 第1部 乗用車
女の子二人が夜のドライブ中に青になっても中々動かない車に遭遇する。
その車は……
「で、結局、ダメじゃんって話になったわけ。
……ね、聞いてる?」
「うん、聞いてるよ」
「ほんと?ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるって」
と言いながらズミちゃんは車をスタートさせる。
何となくあしらった感がお気に召さなかったのか、ひなたんは口を尖らせた。
「んじゃ、今の話に誰と誰が出ていた?」
「え?
う~んと、カナちゃんとちっぱー。それと……」
「もういいよ。運転に集中して」
少し頬を膨らませてぷいっと前を見るひなたんを横目で見ながらズミちゃんはアクセルを踏む。
車は夜の街を疾走する。
特に目的地があるわけではない。
仲の良い女の子同士の『どこかに夕食を食べに行こうプラン』に夜のドライブを加えたと云う所だ。
「それで何食べる?」
「まだ、もうちょっと走ってから」
ズミちゃんの問いに、ひなたんの答え。
実はさっきからほぼ5分置きにこの会話を繰り返していた。
「む~。まだ、決めてないの」
「うん。お肉食べたい気分だけど、お野菜も取らないと良くないし……
食後にケーキとかもいいかなぁっておもうとね。
なかなか決められないのよ」
ズミちゃんは、ふぅと息を吐き、ブレーキを踏む、赤信号だ。
「私、いい加減お腹空いてきたよ」
「私も空いてるよ」
ズミちゃんはひなたんを見た。
ひなたんもズミちゃんを見る。
熱い視線がぶつかり合い、車内には沈黙が訪れる。
信号が青に変わった。しかし、ズミちゃんはアクセルを踏まない。前の車が動かないからだ。
「なに、前の車?
全然動かないじゃん」
ひなたんが口を尖らせて文句を言った。
白いセダン。何か年代物な車だ。
「青ですよー」
助手席からひなたんは前の車に叫ぶ。
「あ、動いた」
ひなたんの声が聞こえたのか、車は動き出す。
少し走って次の信号。赤で止まった。
信号が青になるが前の車がまた動かない。
「むー、何で動かないのよ。
青ですよ~~」
ひなたんが叫んでたっぷり10秒遅れて車はやっと動き出した。
「なに、前の車。カップル?
イチャイチャしてるのかしら」
「さぁ」
ズミちゃんは前の車を伺うが真っ黒で何も見えなかった。
そして、また赤信号。
「ここ信号多い」
苛ついてるのか、ひなたんは色んな事に文句を言い始めた。
余り良い兆候ではないなぁと心の中でズミちゃんは思う。
信号が変わる。
「あーーー、また!
何やってんの前の車。
青ですってば!!
あ、お、で、す、よーー!」
ひなたんはプチ切れして手足をバタバタさせる。
そんなひなたんに恐れをなしたわけではないだろうが、車がゆっくりと動き出した。
「もう!なによ。
今度、動かなかったら文句言ってやる」
プンスカ怒るひなたん。
「えーー、止めなよ。変な人だったら危ないじゃん」
「大丈夫よ。変な人だったら、走って逃げてくるから」
ニコッと笑みを返すひなたんを見て、ああこの娘は本気でやる気だ、とズミちゃんは心の中でため息をつく。
そして、次の信号。
やはり、前の車は青になっても動こうとはしなかった。
「あー、もう!!」
ひなたんはシートベルトを外すと外に飛び出した。
肩を怒らせながらのっしのっしと前の車へ歩いていく。
カラカラ カラカラ
前の車に近づくにつれ、何かが引っ掛かっているような乾いた音が聞こえてきた。
カラカラ カラカラ
前の車からだ。
もしかしたら前の車、エンジンの調子が悪いのだろうかとひなたんは思った。
だから上手く車が動かせないのだろうか?
だとしたら文句を言ったら可哀想だな。
そんな事を思いながら車の横を通り、運転席に近づく。
近づくにつれ、車のフロントが妙な事になっているのに気づいた。
フロントのところが半分以上潰れている。まるで、壁か何かに猛スピードで突っ込んだ事故車のようだ。
うえ?!って感じである。
何でこんな車で走れるのか理解できない。
近づくにつれ、右の前輪もひしゃげてホイールしかなかった。フロントガラスも粉々に砕け散って跡形もない。
ひなたんの歩みが遅くなる。
これは、会ってはいけないものに会ってしまったのではないか、という嫌な予感が脳裏をかすめる。
そっと運転席を覗いてみる。
中年の男がハンドルを握って座っていた。
土気色の肌に、大きく見開かれた眼。
前を見ているが濁った瞳は焦点があっていない。何よりも額の中央に太い木の枝が深々と突き刺さっていた。
(コノヨノカタ デハ アリマセン ノネ)
ひなたんはそっとその場を去ろうとしたが、男は運転席を覗く気配に気が付いたのか、ふいに横を向く。
カツンと軽い音が響く。
頭に突き刺さった枝がピラーに引っ掛かって、男は完全に横を向くことができないでいる。
目玉がぐるりと動き、ひなたんを見た。
「あ……」
目があってしまった。
ひなたんはびくりと体を硬直させる。
何か言わねば、ヤバイ。
そう思ったがなにを言えばいいのか……
「あ、
あ、
あ」
あ、しか出てこない。
「あ"ーーー」
男の口からイライラしたような声が漏れる。
(ヤバイカラ
マジ ヤバイカラ
ナニカ イワネバ)
「あ、青ですよ」
ひなたんは、ビシッと信号を指差すと叫ぶ。
男は顔を前に向け、じっと信号を見詰める。
そして、あぁ、と小さく頷いた。
ガラガラ カラカラ カラカラ
エンジンから一際大きな音を立たせながら車が走り出した。
「どうだったの?」
戻ってきたひなたんにズミちゃんが尋ねる。
「別に」
ひなたんは呆けた顔で答える。
なんだろと小首を傾げながらもズミちゃんは車を出そうとした。
「待って!
右曲がって、右」
「え、右折ラインじゃないよ」
「じゃ、左行って!」
「ひ、左?!
右行きたいの?
それとも左行きたいの?」
「真っ直ぐじゃなかったらどっちでもいいよ!」
ひなたんは泣きそうな顔で叫ぶ。
何か怖い思いでもしたのだろうか、と思いつつズミちゃんはウィンカを出す。
「あ、後、安全運転でお願いね!」
遠ざかって行く前の車を凝視しながら、ひなたんはポツンと呟いた。
2017/11/13 初稿
2018/02/03 誤字修正&文章を一部変更しました
2018/08/17 形を整えました
2018/12/17 誤字修正&文章を一部変更しました
きっかけは本当に何気ない会話から産み出されております。
その会話も会話をしていた本人達ともこのお話は、全く関係がありません。
細部に至るまでみな、作者の創作です。
では、また!