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ただの噂なんだけどね @ジェットコースター

「ただの噂なんだけどね」


 と佑馬(ゆうま)は言った。


「この遊園地のジェットコースターに関する噂さ。

その日の最後のジェットコースターの最後尾の一つ前にアベックで座る、かつ最後尾には誰も座っていない状態。

ジェットコースターが動き出したら後ろを見ると、空席だった後部座席に女が座って居るんだ。で、その女に向かってジェットコースターが走り終わるまでにそれぞれが相手の名前を女に言うと、そのカップルは永遠に結ばれる、って噂があるんだ。

な、面白そうだろ?」

「そうねぇ。で、それをやりたいんだ」

「うん。良いだろ」

「う~ん。でも、永遠に結ばれるって。本当に佑馬と永遠に結ばれたら困る~」

「なんだと、こいつ~」


 佑馬は私を抱き締めると、脇をくすぐった。


「あは、あははは、ちょっと、ごめんなさい。冗談、冗談よ。あはははは、やめて、やめて、行くから、行くから、止めて~」


 私は身をよじって降参する。佑馬はこういう子供じみたところがあったが、それも魅力の一つだった。

 私たちは早速、ジェットコースター乗り場へ向かった。


「ところでさ。もしもジェットコースターがつくまでに名前を言えなかったらどうなるの?」


 私の質問に佑馬は首をかしげた。


「さぁ、知らねぇ~」

「えーー、いい加減だなぁ」

「単なる噂だぜ。洒落だよ洒落。

失敗したらそのアベックは別れるとかじゃないのか」

「え、マジ?それ、やばいじゃん」

「やばくないさ。ちゃんと名前を謂えばいいんだよ」


 まあ、それもそうだと思いながら、私たちはジェットコースターの最後尾に並んだ。

 日も暮れかかっていたせいか、ジェットコースターの人気はそれほど高くなく、席は半分ほどしか埋まらなかった。

 私たちは係員に頼んで最後尾の一つ前の席に陣取った。最後尾は空席だ。これで噂の条件はすべて整った。後はジェットコースターが走り出すのを待つだけだ。

 ジェットコースターがゆっくりと動き出す。

 カタン、カタンと乾いた音を立てながらジェットコースターはレールを登っていく。

 レールの頂点に到達して、音が止まった。

 動に転ずる前の一瞬の静寂。この瞬間が一番ドキドキする。


 ガチャン


 金属音と共にジェットコースターがゆっくりと動き出す。最初はゆっくりと、しかし、みるみる加速しながらレールを降りていく。ゴオという風の音と共に目の前の景色が目が回る勢いで後ろへ後ろへとちぎれ飛んでいく。


「……しろ、う…………」


 隣に座る佑馬が何か言っている。耳鳴りのような風切り音とジェットコースターの音で良く聞き取れない。私は聞き返した。


「えっ、なに?」


 佑馬は安全バーに掴んで身をよじって後ろを見て、叫んでいた。


「後ろ、後ろ。後ろ、見て!」


 体を強引にねじり、後ろを見ると最後尾に誰か座っていた。

 動き出した時には間違いなく誰も座っていなかったのに今はどうやら女の人が座っているようだった。白い服に長い黒髪を風にたなびかせている。そのあり得ない光景に私は全身が粟立ち、ぞわぞわした感覚に襲われた。

 女がゆっくりと顔をあげる。

 血の気の失せた土気色の肌。

 肉のこそげ落ちた頬。

 生きている人間ではない。一目見て直感できた。白目のない穴のような二つの眼が私を睨み付ける。

 佑馬が私の膝を叩いた。佑馬はニヤリと笑うとその不気味な女に向かって私の名前を叫んだ。

 なんてこと!

 佑馬にはこの女はどうみえているんだろう?

 私の頭は混乱した。

 いや確かにそれが目的で乗ったのだけれども、それは軽い冗談のつもりだった。女なんていなかったね。で、終わるつもりだった。なのに佑馬はこんな化け物のような女に向かって笑いながら私の名前を叫ぶなんて。

 あり得ない!!正気の沙汰とは思えなかった。

 あまりの気味の悪さに私は胸がむかむかしてきた。

 と、女の口が開く。

 笑ったのだ。血が凝固したような赤黒い口を歪め笑っているのだ。

 そう認識したとたん、恐怖が私の思考を食らい尽くした。

 私は目を固く瞑り、耳を塞ぎ、座席に縮こまり恐怖に全身を震わせた。

 佑馬が頻りに私の肩や膝を叩き、何かを叫んでいた。きっと女に自分の名を告げるように私を促しているのだろう。佑馬の手は次第に強さが増し、最後には殴られるように痛みを帯びた。しかし、私は佑馬の誘いを亀が甲羅に身をすくめるように頭をすくめ断固拒否した。

 それで、佑馬と別れることになったとしても構わない。そう心底思った。





 ガタン


 軽い衝撃と共にジェットコースターが停止した。

 しばらく身動ぎもせずにいたが、意を決すると私は恐る恐る後ろを見た。

 女は居なかった。出現と同じように忽然と姿を消したのだ。

 私はほっとしてた。安心すると佑馬に謝らなければ、という思いが湧いてきた。


「ごめんなさい。でも私、本当に怖くて、あなたの名前を言うなんて絶対にムリだっ……」


 隣に座る佑馬を見て、私は言葉を飲み込む。


 佑馬の首から上がなくなっていた。


 そして、私は理解した。 


 あの女が佑馬を、佑馬の首をねじきって持っていってしまったんだ、と。


 背後で人々の悲鳴や怒鳴り声が遠くの雷鳴のように私の耳にゴロゴロと虚ろに響いていた。





 



2019/10/30 初稿



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